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のま
2024-02-11 09:49:51
29550文字
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ストラグルなしじゃ終われない
2024.2.11.灼熱感謝祭合わせで発行した奥武高校オールキャラ短編集の全文です。過去のワンドロ4本(加筆修正済み)と書き下ろし3本をまとめています。
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祭りのあとに
グラウンドの隅のベンチに三人で並んで腰を下ろすと、古びた板はぎしぎしと音を立てた。
日もだいぶ傾いたというのに、頬を執拗に撫ぜる風はまだじっとりとした熱を孕んでいる。
「ふう
……
日本のなつ、あついね」
横のヴィハーンさんがため息を漏らす。
僕は、ほんとうにそうだな、と心の底から同意して、そっとうちわを手渡した。
「わあ、トウイ、ありがとう」
紺地の夜空に鮮やかな花火が描かれたうちわ。いつかの花火大会か何かノベルティで貰ったものだが、ヴィハーンさんはそれをもの珍しそうに受け取ってくれた。
「いえ、風があればちょっとはましになるかなって」
それで仰ぐとちょっと涼しくなるんですよと言うと、ヴィハーンさんはなるほどと頷き、渡したうちわでぱたぱたと仰ぐ。
ゆるやかな風がほんの少しだけ僕の方にも流れてきた。
「ほんとだ。これ、いいね」
ぱあ、と顔が明るくなった。
「俺にも風分けてくれよ、ヴィハーン」
その向かいで、山田さんが暑さにうんざりした顔でそう言った。
ヴィハーンさんが律儀に「これでいい?」と山田さんを仰いであげるから、「そんなことしなくていいんですよ」と耳打ちすると、ヴィハーンさんは「キャプテン、大変だからね。たまにはサービス」と言って僕だけに見えるようににっこりと笑った。
「なんだあ、お前ら。俺のいないとこで仲良く俺の悪口言うなっての」
山田さんは文句を言っているが、その文句も今日ばかりは気だるげで勢いはない。
悪口じゃないよ、とヴィハーンさんは笑って受け流す。
「トウイは今日のこの
……
えっと、なんだっけ、このイベント」
「夕涼み会、ですか?」
そう聞いてみると、ヴィハーンさんは、
「そう! この、ゆう、ゆうすず、ゆうすずみかいには来たことあるの?」と首を傾げた。
どうだったかな、と首を捻って記憶を辿る。尺八や太鼓でが奏でる賑やかな音楽、浴衣や甚兵衛をまとった人々、カラフルで嘘みたいに大きなわたがし、どこか妖しく光る屋台の数々、グラウンドの真ん中に鎮座する御神輿。夕涼み会という言葉から、それらの鮮やかなイメージが脳内にくっきりと浮かび上がる。でもそのイメージが、過去のこの夕涼み会だったのかは少し自信がなかった。
「
……
えっと、たぶん小さい頃に来ましたよね、山田さん?」
そう聞くと山田さんは「んー、どうだったっけな」と言って顎に手を当てて考え込む。それから、あー、と頷いた。
「来たかもな。小学一年生くらいの時だろ。なんか浴衣みたいなの着せられてさ」
やっぱり来たことがあるんだ、と記憶の確かさにどこか安堵しながらも、些細なことが気にかかった。
「たぶん浴衣じゃないですよ、甚兵衛かな」
細部を訂正すると、山田さんは首を傾げる。
「何が違うんだっけそれ?」
「浴衣は上下繋がってるけど甚兵衛は上下分かれてますよ。それから──」
へえ、と山田さんが興味がなさそうな相槌を打ったから、話はそれっきりにした。ヴィハーンさんはまた新しく出てきた単語に興奮気味に食いつく。「ジンベエ! マンガで見たことあるよ!」
たぶん、それは違うものだと思いますよ、と説明すると、ヴィハーンさんは少し残念そうな顔をしていた。
──午後六時。地域のグラウンドで催される小さな夕涼み会。
「よし、大会前のリフレッシュも兼ねて日本の〝お祭り〟ってやつをさ、ヴィハーンにも見せてやろうぜ!」
丸一日続いた練習の後、キャプテンの一声でこの小さな夕涼み会に来ることが決まった。
地域の夕涼み会なんて〝お祭り〟というには、いささか規模が小さすぎないかと心配していたけれども、どうやらその心配は杞憂だったらしい。ヴィハーンさんは学内の国際交流センターで借りた浴衣を着てうれしそうに何度も写真を撮っていたし、グラウンドに散らばったカバディ部員たちも思い思いにこの場を楽しんでいるように見えた。
ここに来てよかったな。
ベンチに座ったままぼんやりとそう考える。
夏の夕方はなんだか不思議だ。昼間とも夜ともつかない曖昧な時間が、いつまでも続いていくようなそんな感覚に襲われる。
永遠に続きそうな時間を破ったのは、先輩の一声だった。
「おい! なーに三人で座ってんだよ」不機嫌をあらわにした声だった。
振り向く前に、後ろから頬に冷たく濡れたものが押しつけられた。
「ヒッ」
思わず飛び上がりそうになって振り向くと、僕の頬にペットボトルを押し付けた橋本さんと矢島さんがケラケラ笑っていた。古典的ないたずらに思わず眉を顰める。
頬に押し付けられたのは透明なサイダーだった。「
……
どうもありがとうございます」
透き通っていて、ラベルの青が目に痛いくらい夏らしいそれを受け取ると、橋本さんは、
「ちょ、霞、あげるとは言ってないだろ」
と僕の肩をつついたが、隣の矢島さんが、
「いいよ、部費の余りで全員分の飲み物買っていい、って山田が言ってたし」
とのんびり笑っていたから、そのまま頂戴することにした。
爽やかな青のふたを捻ると、ぷしゅ、という心地良い音が鳴った。口の中で炭酸がぱちぱちと小気味よく弾ける。
矢島さんはわくわくとした顔で隣のヴィハーンさんに話しかけた。
「なあ、ヴィハーン。あっちにかき氷あるってよ」
「カキゴオリ?」
首を傾げるヴィハーンさんに、橋本さんが説明を試みる。
「あー、かき、って英語でなんて言うんだ? えーと、取り敢えずアイス、アイスだよ!」
やや雑な説明を見かねてか、山田さんがよぉし、と声を上げて立ち上がる。
「かき氷はお祭りにはマストなんだぜ。行くぞ、ヴィハーン」
山田さんは、〝百聞は一見に如かず〟だろ、なんてそれらしいことを言って、駆け出していく。ヴィハーンさんも、橋本さんも、矢島さんもそれに続く。
「冬居もおいでよ!」
という矢島さんの一声で、僕もベンチから腰を上げる。
飲みかけのペットボトルの蓋をぎゅっと締め直すと、結露がてのひらをほんのり濡らした。
色とりどりのかき氷を堪能したあとは、屋台や出店をぶらぶらと歩いて回った。
小さな祭り、と思っていたけど、思ったよりもたくさんの屋台や出店が立ち並んでいて、少年野球ができるほどの大きさのグラウンドには多くの人がひしめいていた。
僕たちもお祭りの定番、射的に立ち寄ったり(そういえば昔から山田さんは射的が異様にうまい)、フリーマーケットを冷やかしで回ったり(ヴィハーンさんは桜の柄がついた扇子を買っていた)、お面を買って遊んだり(港さんが美少女戦士のアニメキャラお面を付けると周りにたいそうウケていた)、束の間の休息を楽しむ。
いつの間にかあたりは暗くなっていた。あれだけの熱を含んでいた風も、今は優しく心地の良いものになっている。
「おし、そろそろ帰るとするか」
そう切り出した山田さんの表情も、昼間、体育館で声を張り上げていた時とは打って変わってだいぶ和やかだった。
「そうだな、明日もトレーニングしたいし」
「お、さすが港。気合い十分じゃん。大会前だしオーバーワークはすんなよ」
「わかってるって。でもちょっとでも強くなっときたいだろ」
「港ォ、もう筋肉はいいだろぉ」
いつもよりも賑やかさを増した三年の先輩たちの掛け合いを聞きながら、僕もグラウンドの出口に向かって踵を返す。
その瞬間、腰くらいの背丈の男の子とすれ違う。
緑の甚兵衛を着た男の子。紺色の甚兵衛を着た同じ背丈くらいの男の子と並んで二人で歩いていた。
ふと思う。昔、僕が山田さんと一緒にこの夕涼み会に来た時と同じくらいの年齢だろうか。
その男の子は、隣の男の子に向かって声を弾ませた。
「ねえ、また来年も絶対来ようよ、やくそくだよ」
なんてことない一言が、やけに心に引っかかって足を止めた。
──また、来年も。
ひとつひとつ、繰り返して、それから気づく。
これは今の僕には決して言えない言葉だ。
夏の夕方はこの時間がいつまでも続くかのように錯覚させてくるけど、心地よい時間はいつの間にか終わりを迎えていて、それは決して取り戻すことができない。
時間にしてほんの数秒、立ち止まっていると、雑踏の向こうから山田さんが振り返った。
「おーい、冬居! 帰るぞ」
山田さんはあたりまえのようにそう言って、手を挙げる。
ヴィハーンさんも、振り返った。
「トウイ、おいでよ、はぐれちゃうよ」
艶やかな黒髪がふわりと風に揺蕩う。
「霞、チェーン組むか?」
船井さんが冗談交じりにそう言って、手を差し出してくれる。
僕は先輩たちの並んだ背中を、ただ順々に見つめた。この背中は来年には決して並ぶことがないんだな、と気づくと、手の中の空のペットボトルがぱきり、と乾いた音を立てた。
今この瞬間も、これから迎える三年生最後の大会も、その先の時間も、決して取り戻すことはできない。だけど、それはここにいる誰にとっても──来年の〝やくそく〟を取り付けていた小さな男の子だって──同じことだ。
だから僕ができることは、
「
……
ちゃんと行きますよ」
そう答えて、足を一歩進める。
暑さのゆるんだ風が、やわらかに背中を後押ししてくれるようだった。
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