のま
2024-02-11 09:49:51
29550文字
Public CPなし
 

ストラグルなしじゃ終われない

2024.2.11.灼熱感謝祭合わせで発行した奥武高校オールキャラ短編集の全文です。過去のワンドロ4本(加筆修正済み)と書き下ろし3本をまとめています。





とういくん

 ぼくがこの家にクリスマスプレゼントとして初めて来た時、君はわあ、と心底嬉しそうな顔でぼくを抱き上げてくれた。
 少年の名前は、冬居くんといった。
「パパ、ママ、ありがとう! すっごくかわいい!」
 そう言って、冬居くんは僕に頬ずりをしてくれた。
 冬居くんのお母さんは「冬居がいい子にしてたから、サンタさんが来てくれたんだよ」、と穏やかに笑っていた。お父さんはあんまり喋らない人みたいだけれども、隣でにこにことしながらその様子をカメラに収めていた。
 冬居くんはぼくをひとしきり抱きしめて、それからぼくの顔をじっと見つめた。
「ねえ、きみはなんて名前なのかな」
 ぼくは答えることはできない。だってぬいぐるみだから。
 でも、ぼくを見つめる冬居くん色素の薄い瞳がきらきらとしていてすごくきれいだなと思ったことをよく覚えている。
 それが、君とぼくの出会いだった。

 冬居くんとぼくは、ずっとずっと一緒だった。
朝は冬居くんがお母さんに起こされるのを隣で見ていた。冬居くんはたまに幼稚園に行きたくない、と言ってぼくの手を握ってぐずったりする。早くいかなきゃだめだよ、と思いはするんだけど、内心ほんの少しだけうれしい気持ちになっていたりもした。でも、なんやかんやで毎日、冬居くんは幼稚園に行く。
 そして、帰ってくるとすぐにぼくと遊んでくれた。寝る前にはお母さんから一緒に絵本を読んでもらったり。
 君の膝はぼくの特等席だった。
 冬居くんは夜寝るときに電気が消えるのが、こわくて少し苦手みたいだった。だから毎晩おやすみと言ったあと、ぼくをぎゅっと抱きしめる。しばらくすると、すうすうと、規則正しいちいさな寝息が聞こえた。それがぼくと冬居くんの一日のおわりだった。
 
 君はどんどん大きくなったね。
 ぴかぴかのランドセルが部屋に来てすぐに、冬居くんの部屋には大きな勉強机が置かれた。ぼくの居場所も、部屋の真ん中からちょこっと端っこに追いやられた。
 それでも君は学校から帰ってくると一番にぼくの顔を覗きにきてくれる。
「ただいま」そう言って、幼稚園の時と変わらない表情でぼくの頭をなでる。
 頻繁に遊びにくる幼馴染の少年──しゅんくん、と冬居くんが呼んでいた──も、ぼくのことを大事にしてくれた。
 しゅんくんは結構やんちゃな少年らしく、頭に葉っぱをつけたり、変ながらくたみたいなものを持ち込んで、時折冬居くんのお母さんをぎょっとさせている。なんで冬居くんと仲がいいんだろう、と最初は思っていたんだけども、すぐに理由は分かった。しゅんくんはやんちゃだけれども、ぼくに対してはたまにこわごわと頭を撫でるくらいで、とっても大事に扱ってくれていたから。

 小学生って、びっくりするくらい毎年毎年大きくなるんだね。
 冬居くんの読む本も、絵本のようなものから、次第に分厚くなっていったし、あれだけ大きく見えたランドセルもすぐに背中に馴染んでいった。電気が消えるのだって、平気になっていた。
 それでもたまに、ぼくのことを力いっぱい抱きしめて寝る夜があった。
 多分嫌なこととかがあった日だったのかな。ぼくには理由を聞くことはできないからよくわからないけれども、冬居くんにまだ必要とされてるんだと思うとなんだか誇らしかったな。

 中学に上がると、君はめきめき身長も伸びて、〝カバディ〟というスポーツを始めたみたいだった。
 僕はカバディのことは知らないけれど、練習から帰ってきた冬居くんは、よく怪我を作っていて、ちょこっと泣きそうな日もあった。ちゃんと続くのかな、辞めちゃわないかな、とぼくはこっそり心配していたけれども、それは杞憂だったみたい。
しばらくすると、JAPANの文字が入ったユニフォームが壁にかけられた。それを君がちょっと誇らしげに見ていたのが忘れられない。
 カバディに打ち込みながらも、勉強も頑張っていたよね。
 入りたい高校があるから、と眠たい目を擦りながら机に向かう君のことを、ぼくはひそかに応援していたよ。

 念願の高校に入って、学ランを身にまとった冬居くんは、すっかり大きくなった。もう冬居くん、なんて呼んだら怒られてしまうかもしれない。
 部活にもいっそう励んでいるみたいで、冬居くんの部屋はがらりと様子を変えた。
 思い出の写真や、かわいい柄のカーテン、昔読んでいた本とかは一掃されて、かわりに新しいシューズ、トレーニング用品、エナメルバッグ、スポーツ用のTシャツやサポーターなんかが部屋の多くを占めるようになった。冬居くんは部屋に帰ってきてからも、せっせと筋トレしたり、プロテインを飲んだりしていた。たぶんカバディをすごく頑張っていたんだと思う。
 それでも相変わらず可愛いものは好きなようで、すっかりスポーツマンになった君に似合わないシャツが、ちょっとおかしかった。
 ぼくのことを抱き上げてくれることも、ほとんどなくなった。
 ぼくの役目は、部屋の隅っこからそっと君を見守ることだけになっていた。

 ある日、ダンボールを部屋に持ち込んだ冬居くんは呟いた。
「このダンベル、置く場所ないな」
 冬居くんはキョロキョロと部屋を見渡して、それからぼくと目が合った。ダンボールを足元に下ろして、昔みたいに優しい笑顔で微笑んだ。
それから、ぼくをそっと抱き上げると、愛おしむみたいに撫でてくれた。
 その時、分かった。ぼくの役目は多分終わりなんだな、と。
 冬居くんはぼくを抱いたまま、クローゼットへ向かう。
 ほとんど天井に頭がついてしまいそうな高さまで持ち上げられる。クローゼットの上の棚は、今までいたところに比べればとても狭くて暗い。こんなに高いところ、いつのまにか届くようになっていたんだね。
「ごめんね、ここにいてね」
 冬居くんは少し申し訳なさそうにつぶやいた。
 クローゼットの引き戸がゆっくりとしまっていく。光が消えて、君の顔は見えなくなった。

 何も見えない。真っ暗闇が身を包む。
 だけど、ぼくはそれが恐ろしいものだとは思わない。
 ──冬居くん、ありがとう。君と一緒にいられた時間は、とっても楽しかったよ。これからの冬居くんの人生が、幸多いものでありますように。
 祈りをこめて、ぼくは君にさよならを言った。