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南篠
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エガキナマキナ
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「ショウメイのヒ」
エガキナマキナ
/ 見上深雪・見上透夏・ヒガン
/ Event:自戒予告
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03-「証明の火」
止まるつもりはなかった。喧騒はとうに遠い。
デモだからだとか、無免だからだとか、創務だからだとか、そんなしがらみは頭からすっぽりと抜け落ちて、ただ発火したように熱い心臓が、全身に血を走らせているだけだった。いつものように血の味がした。昂揚すると流れる鼻血が、口元にまでこぼれている。
ひとつ息を吸う。ひどい顔をしているのだろうことはわかる。それでも目の前の男は変わらず、頭から血を流してもなお、冷ややかな眼差しでこちらを見つめるばかりだった。
抵抗もしない。逃げもしない。それがまた、俺の激情を煽る。
揺らぎ始めた視界の中で、俺は気付けば、腕を振り上げて
――
「
――
待って!!」
血と濁った空気が充満する路地裏に、その声はよく響いた。
ヒガンは反射的に腕を止め、そして咄嗟に顔を上げる。その表情には見咎められたという恐怖は一切なく、ただ、驚きと困惑が浮かんでいるばかりである。
「せん、っ
…………
あ、
……
」
名を呼ぼうとして、思い出したように口を噤む。しかしヒガンにはその先の言葉も紡げなくて、何度かはくはくと唇を動かすことしかできなかった。
視線の先、路地裏の入り口に立っていたのは、ヒガンの数少ない友人
――
仙条流河だった。
彼はデモの喧騒を背にしながら、その場に立っていた。彼の青い瞳と、ヒガンの赤い瞳が交差する。仙条が一目でこの状況を把握したのか、あるいは十二分には理解しえなかったのかはわからない。しかし名を呼ぶ代わり、自身の変装を晒すようにカチューシャを外した姿に、ヒガンはすっと頭の冷えていく感覚を覚えた。
そういえば今はデモの最中だったのだと、徐々に冷えていく理性の中で思い出す。彼を無免の人間として危険に晒すわけにはいくまい。先ほどまで燃えたぎっていた怒りが、じわじわと上書きされていく気がした。
互いに名は呼ばない。しかし仙条はヒガンの眼鏡越しの視線を受けて、自分だと気付いたのだと察し、無言のまま、半ば乱雑にカチューシャを元に戻した。それから焦ったように見上とヒガンを見比べた後、しかし走ることはなく、早歩きでつかつかと二人の元へと近寄っていく。走ったほうが大事になる。考える前に、直感的にそう判断していた。
その様をやはり、見上は冷静に眺めていた。
(
……
無免連の人間だ。加勢に入ってくるなら、二人まとめて拘束できるかもしれない)
自分の胸ぐらを掴むヒガンの手から、指先から、じわじわと力と敵意が抜けていっているのはわかっていた。
見上はその隙を見計らいながら、何度か右手を握っては開く動作を繰り返す。問題は無い。出血のせいで視界が狭いばかりで、身体は構わず動けそうだ。
だが、見上が行動に出るよりも、仙条が振り上げたままのヒガンの手を取るほうが早かった。
ヒガンの体温に比べればいささか冷たい手が、包帯越しに手首を掴む。それは急いてこそいたものの乱暴な動作ではなかった。
躊躇なく血を滲む手をとられ、ほんの少し狼狽したヒガンだったが、そのまま倣うように見上を掴んでいた手も離す。するりとほどけていく。見上は何をするでもなく、それを見ていた。
見上が眺めているあいだに、仙条は少し唇を噛みながら、ヒガンの手を引くようにして路地をそのまま通り抜けようと直進する。そう。通りかかっただけだとでも言うように、見上には一瞥ばかりをくれただけだった。
一瞬。その瞳が微かに震えていることに、見上ばかりは気づいていた。焦燥と悩みと恐怖。慣れもしない現場にやってきて、仲間を助けて、見事だと思う。見上はすでに追う気をなくしていた。
ろくでなしの仲間ごっこに付き合うつもりはなかった。
ヒガンの赤い視線だけは、まだ憎らしげに見上から外れようとしない。見上もそれを睨み返していた。足早に去ろうとする中、その視線の絡まりだけが膠着している。
足音がした。
「深雪
……
!?」
どうしてこの折に路地を覗き込んだのか。創務省の職員
――
廣瀬蒼汰が、壁にもたれ掛かった見上の姿を認め、声をあげた。
「蒼汰、」
それに気付いた見上がはっと廣瀬に近寄ろうとし、ふらりとたたらを踏んだ。駆け寄った廣瀬がすぐに片手で支える。その拍子に、流れていた血が廣瀬の手のひらについた。
「怪我してるじゃないか!」
どうしたんだ、と続けるよりも先に、廣瀬の視界が逃げていこうとする無免連の二人を捉えた。
振り返ったままだったヒガンが一度、足を止める。それにつられて仙条も立ち止まる。
路地の対極で向かい合う。
「
……
あいつらか?」
「ああ、
……
間違いなく無免連だ。二人ともね」
潜めた声で行われた短い会話だったが、それでお互いに察しはついた。見上はちらりと横目に廣瀬を見る。目が合った。廣瀬は幾度か逡巡するように眉間に皺を寄せ、そうして無免連の二人をにらみつけた。
見上もそれに倣う。この場での判断を廣瀬に委ねることにしたからだ。このまま二人を追うにはいささか疲れてしまったが、見逃すには惜しかった。なにせ現行犯二人だ。特に赤目の方には、自分をこんなにも殴った分くらいは報いを受けてほしい、と思う気持ちもなくはない。
そうした二人分の視線を受け、仙条はついと一歩後退る。代わり、ヒガンは仙条の前に出ていた。そのヒガンの行為に特別な考えがあったわけではない。ただ、仙条さんは戦うのが嫌なのだろうと、そう薄ぼんやりと感じていただけだ。
(ここで顔を覚えられんのはよくねえけど、捕まるほうがもっとよくねえし
……
)
それならば自分がと思い至った頃である。
しかし、そんなヒガンの肩を仙条がやんわりと掴む。諫めるような手つきだ。
そして、互いにしか聞こえないような音量で声をかける。
「
……
いったん逃げよう、あっちに撒けるルートがあるから」
「わ、
……
わかった、仙条さんに任せる」
仙条の言葉が嘘なのか本当なのか、それを判断する間も、意味もなかった。
ヒガンにとってはその行為を信じることが全てだった。撒けるかどうかは重要ではなく、どうにかしようとしてくれること、それが全てだったのだ。だから彼が逃げようというのなら、そうするべきだと思った。
身体を退いたヒガンに、仙条は少し安堵の息をもらしながら「うん」とだけ返した。その表情は本物だった。
それから何秒かのにらみ合いの後、仙条はもう一度ヒガンの手を取るようにして、くるりと踵を返した。ヒガンは背後を気にしながらも、手を引かれるままに、同じように路地を離れていく。
廣瀬と見上は、それを追うことはしなかった。正確には、廣瀬がその場を離れようとはしないので、見上も大人しくその隣に立っていた。
「
……
いいのかい? 逃がしてしまって」
「
…………
怪我の治療が先だよ」
「え、ああ
……
そういうことなんだ。ごめんね、血が出てるだけで大した傷じゃないけど
……
」
「それでも残ったら大変だろ」
有無を言わさない空気に、見上はもう一度ごめんねと呟く。廣瀬のどこか焦ったような、あるいは安堵したような気配には気付いていながらも、何も言わないことにした。
とりあえず応急手当だな、と準備を始める廣瀬の様子をどこかぼんやりと眺めながら、見上はちらりと路地の先に視線をやった。
(
……
無免許でも創作をする人間は、ああやって
……
)
胸中には、まだ火が燻っている。赤い瞳が灯していった炎だ。その火が残していったものが、鬱陶しくて仕方がなかった。
……
人混みを抜けていく。
前を行く仙条の動きは淀みなく、それを追うだけで必死なヒガンは、その背に場違いにも感心していた。
しかしそれを口にすることはない。互いに無言のまま、後ろを振り返ることもなく、するするとデモの隙間を縫っていく。創作の声がする。検挙の声がする。没の声がする。先ほどまでなぜ耳に入らなかったのか不思議なくらい、この場所は騒がしい。
そうして幾分か歩いた先、人気のない路地裏にするりと逃げ込む。息を潜めて様子を窺うが、先ほどの創務省職員たちが追ってくる気配はなかった。どちらともなく、知らずのうちに止めていた息を吐く。とはいえ、体力のないヒガンはまだぜえはあと息を荒げていたが。
「
…………
大丈夫?」
仙条のその言葉に、そうした容態を心配する以外の意味がこめられていることくらい、ヒガンにもわかっていた。何度か深呼吸を繰り返したあと、ゆるゆると軽くかぶりを振る。
「ああ、
……
俺は全然、大丈夫
……
。迷惑かけて、悪かった
……
」
吐き出すように話しながら、ヒガンは下げていた視線を上げる。その瞳は何度か彷徨って、今まさに逃げ出してきた路地の方を一度見やった。
(
…………
そうだ、仙条さんがいなかったら、俺は今頃
……
)
今頃、どうしていただろう。口の中に滲み続ける血の味が、慣れたはずなのに怖かった。自分の中で煮えたぎった火が、紙面以外に向くことが、怖いと思った。
火が灯る。生き様の証明だった。
―――
お借りした方
仙条流河さん(@Jin__kikaku さん)
廣瀬蒼汰さん(@jiujiukik さん)
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