「ショウメイのヒ」

エガキナマキナ
/ 見上深雪・見上透夏・ヒガン
/ Event:自戒予告



閑話-「潮流に焦がれる」



 潮流、とはうまく言ったものである。

 大通りからひとつ逸れただけなのに、ずいぶんと人気のない路地裏だった。
 不用心なことに鍵のかかっていない非常階段をいくらか登れば、その踊り場からは、賑やかなパレードが一目瞭然だった。
 免許持ちも無免許もひっくるめたツクリテたちが、認可も不認可もひっくるめたニジゲンたちが、望むとも望まれぬとも生まれてきた没たちが、みなただこの通りをうねるように進んでは戻り、時には消えていく。
「人波…… というとヒトガタではないニジゲンに 当てはまらないのか。いい表現が見つからないな……
 手すりに肘をかけ、ぼんやりと眼下を眺める。さらりと髪を弄れば、青と茶が冬の近づく空に透けて見えた。
(せっかくなんだ 波には身を任せるべきだ。 傍観者を気取るにしろ、それなら最前列がいい)
 自由を、権利を叫びながら生み出される創作のエネルギーを、どうしてか知ってしまったから。地上とはずいぶん距離があるのに、その熱が皮膚を焦がしてやまない。
 惹かれているのだろうと思う。そうした創作活動に。描かなければと、突き動かす何かに。ぼくはずっとそれを探しているのだから。
 なにか、見つかるかもしれないな。
 迷いはなかった。
 一度ぐい、と伸びをして、登ってきたときと同じように、軽やかな足取りで階段を降りる。
……おっと、?」
 そのとき視界を掠めたのは、自分と同じ亜麻色の髪に、創総省の腕章。いつの間に来ていたのだろう。こんな路地で遭遇するなんていうのは、さすが血のつながりといったところか。
 わずかな逡巡があったが、すぐに思考は放棄した。
…… 仕事中なら 邪魔できないしね)
  ヒールが鳴る。大通りへと戻ろうとするそのひとに気づかれないよう、ふらりと一度、反対側にと路地を出た。また別の道を使って戻っていけばいい。
 ぼくは養殖の芸術家だ。たまには大海に揺蕩ったって、いいだろう。


* * *


 潮流。そうか、なるほど。
 うまく言ったものだ。

 人混みを掻き分けて、ようやくのことで路地へ出る。人気のない細い道で一息をつきながら、そんなことを考えた。
 大通りは、それこそデモ隊による行進のためのメインストリートと化していた。おかげで歩くのもやっと、摘発するのもやっと、没のもとへ急行するのもやっとである。
……業務妨害とかじゃ一斉摘発できないんだろうか……
 いくらか寒くなってきた季節だというのに、頬を一筋だけ汗が伝ったので、そっと手の甲で拭った。熱気と疲労が体を芯から疲れさせる。思わず、そばの壁に手をついてもたれかかった。
 目を閉じる。まだ大通りからひとつ脇道に逸れただけだ。あちらこちらで筆の走る音が、叫び声が、狂喜が、歓声が、悲鳴が聞こえている。
 そしてそのどれもがリズミカルな音楽と混じり合い、不気味なほどに楽しげな雰囲気を演じさせようとしている。
 あれは波だ。ツクリテ――ニンゲンと、ニジゲンによるうねり。時の潮流。耳を覆うような潮騒、目を奪うような、絶えず移ろいゆく水面。
 だから、あんなにも息苦しかったのだろうな。
 その波の奥、海底では炎が揺らめいていることを知っている。
 その瞳を視界に掠めるたび、なにかか燻っては、黒い塊のようなものが心臓の内の内からせり上がってきて、喉を塞ごうとする。
 不快だ。
 ふと脳裏に浮かんだ単純なその一言が、一番、腑に落ちるような気がした。
 瞼を開けば、知らずのうちに下がっていた視線の先、自分の靴が汚れていることに気がついた。
……サボってる場合じゃない。働かないと……
 幾度か深呼吸をする。その時、背後で足音がした。
 高い音――響き方からして、階段を降りてきている音だろう。路地に面した、どこかの非常階段に違いない。仮に一般市民であれば、屋内待機をと誘導する義務がある。
 そう考え、音の方向に視線を向ける。……向けようとする。その中途で、大通りの行進が視界に入る。
 吸い込まれる。引き込まれる。いや、そんな良いものではない。
 血管から肌を焦がすような熱を、飲み干しきれない。
 ふらりと、足が大通りへと勝手に向かっていく。
 働かなければ。正義は、勝手に用意されている。