「ショウメイのヒ」

エガキナマキナ
/ 見上深雪・見上透夏・ヒガン
/ Event:自戒予告



01-「正命の燈」



……参ったな……

 深々と溜息を吐くも、周囲の勢いに飲み込まれ、その嘆息は誰に届くこともなかった。
 以前、海では見失ってしまったから、今度こそはと思っていたのに。同じ無免連で知人でもある濡羽さんとまたはぐれてしまった。
 今回は手だって繋いでいたのに、それでも駄目だったというのは、完全に俺の監督責任ではないか。
……いや、まあ、そのとおりなんだけど……
 今回ばかりは俺のせいだった。
 インスピレーションが湧くたびにペンと紙を握っていたら、それこそ手を繋ぐどころではないし、周囲だって見えはしないのだ。行進できていること、それ自体が奇跡のようなものである。
 いくら周囲を見渡しても、頭一つ低いその子のことを見つけることはできなかった。特徴的なマキナの牛刀の音も聞こえない。
 がしがしと頭を掻くものの、その実、あまり深刻には考えていないというのが正直なところでもある。
 あの強かな少女はなんとかうまくやっていくだろう。俺の目の届かないところでいなくなってしまうのは、少しばかり、惜しい気もするので、それは避けてほしいところだが。
(まあ、また後日謝りゃいいか)
 そうやって開き直るのもよくはないんだろうな。
 そんなことを考える思考もすぐに脇に寄せ、また原稿用紙に向かい合う。インクで汚れた紙面には、俺の最新作が綴られている。駄作ではあるかもしれない。それでも、どんな一文にでも、俺は魂をこめているつもりだった。
 頭の中には次々に情景が浮かんでくる。こんな冬のはじまりの日、乾燥した空気の中、少女の構えた冷え冷えとしたナイフが光る絵が、脳内に鮮明に描かれた。
 それにしよう。やはり刃物は書いていて気分が上がる。
 構想もなにもないまま、ただひたすらにペンを紙面に滑らせようとした瞬間。


「創作免許を確認させてもらおうかな」
 声をかければ、フードの向こう、眼鏡の奥の瞳がすぐさまこちらを捉え、驚いたように見開かれた。自分は大丈夫だろうとでも思っていたのだろうか。
 包帯がぐるぐると巻かれている彼の手元を一瞥する。開かれた原稿用紙なんと記されているのか解読するのは難しいほどの乱雑な字だったが、創作活動であることには変わりない。現行犯だ。
「聞こえなかったかい。 創作免許を、提示して。免許がなければ創作してはいけないと、そのくらいは知ってるだろ?」
 ペンを持っている方の彼の腕を掴み、わずかに引き寄せる。人の流れに乗って逃げられてしまえば意味がないからだ。
 露骨に嫌そうな顔こそされたものの、無理矢理に振りほどかれることはなかった。ただ、反抗的な眼差しだけが、こちらを見据えている。
……い、嫌ですけど。離してください」
「そんなことを言える立場じゃないよ」
 自分の声が異様に冷たい。自分のものではないような気さえする。
 何か、得体のしれないものが、体を勝手に動かしている感覚だ。
「君はもうデモに参加している。免許がないのなら、問答無用で無免連の一人として見なすだけだよ」
…………
 男の視線がきょろ、と辺りを彷徨う。しかし何も見つけることができなかったようで、そろそろとそのままこちらへと眼差しは戻された。
 わずかに路地に足を踏み込んでいることもあってか、あるいはあちらこちらで頻発していることだからか。期待していたらしい助けの気配は皆無だ。


 参った、という科白は、これで二度目だろうか。
 周りの奴らは自分のことにいっぱいで、今まさに捕まりそうなこちらのことなど気づいていないようだった。
(まあ、俺があいつらでもそうするだろうけどさ)
 いつかはこんな日が来るのではないかとは、半ば覚悟はしていた。
 それでもなお、創務省の腕章が視界に入るたび、胃が縮むような思いがする。
 腕を掴んでくる手には然程力は籠もっていないはずなのに、食い込んだ指先からなにかしらの負の感情が伝わってくるようだった。
 眼前にいる男と目を合わせるのが嫌で、しかし目を逸らすのも負けた気がして、なんとか視線を向ける。
 ぶつかった黄色の瞳は、その色合いとは裏腹にひどく冷たく、こちらを突き刺すようだった。
 背格好も年もそれほど変わらない男だ。とはいえ、どこか漂うエリート感は、さすが公務員といったところか。
 そんな公務員に人生を滅茶苦茶にされるなんて、まっぴらごめんだった。執筆中ほどではないにしろ、脳内の回路がぐるぐるとフルアクセルで広がっていく。
「て、……抵抗したらどうなるんすか。実力行使ですか?」
 そのくせ、口から出たのはそんな、なんの意味もない時間稼ぎだった。小馬鹿にして笑おうとして、しかし引き攣った頬が情けない。
「そうなるね。 これも職務のうちだから、ごめんね」
 男は少し目を丸めて、しかし大して表情筋を動かすこともなかった。言葉の上では謝罪を浮かべているものの、瞳は全てを物語っている。
 注がれる眼差しに湛えられていたのは、いっそ冷たすぎるほどの憐れみだった。
「たかだが創作程度で、これ以上罪を重ねない方が利口だろう?」