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南篠
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エガキナマキナ
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「ショウメイのヒ」
エガキナマキナ
/ 見上深雪・見上透夏・ヒガン
/ Event:自戒予告
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00-「消明の日」
昔、絵を燃やしたことがある。
その記憶が何故かたった今思い起こされ、なんとも言い難い苦味が口いっぱいに広がった。
やけに愉快な音楽をバックミュージックにしながら、その集団は声高に自由を叫んでいる。
様々な人間がいるのだろう。
創務省の理念が許せない者がいれば、単に権力者という存在をよしとしない者もいるのだろうし、あるいは免許を取ろうにも取れなかった者も、それともただただ暴れたいだけの者も、この濁流のような騒音と熱の中にはいるのだろう。
主義主張。敵意。満たされない何か。そしてあまりある創作意欲。
そんな多種多様な想いを焚べながら、粛々と燃え続けるのが全日本無免許作家連合の者たちだ。
許されない、正しくもないことをしているというのに、こんなにも眩い目をした者たちだ。
(
……
ああ、それが、炎に似ているのか)
ふと自分で納得して、それから彼らを一瞥する。
炎。
どうしようもなく自身の内で燻り続ける感情を、僕は確かにいつの日か、炎のようだと思ったことがあった。
延焼し、何もかもを呑み込む炎。それに焼かれたのは、僕の絵と誇りだ。
* * *
――
あれは学生の頃だった。
卒業式が終わったその足で、僕は電車に揺られたのち、人気のない海辺に立っていたのだった。
どうしてあの日を選んだのか、どんな思いであの場所に行ったのか、今となってはさほど思い出せない。どうせそれほど大したことではなかった。傷つけられ、出口のない自尊心を弔ってやりたかっただけなのだ。
美術室から持ち帰った自分の絵はひどく重かった。先生と部員に絶賛された風景画だ。冬の季節の海を描くのが好きだった。そこにしかない静けさと、寂しさと、絶望にも似た荒涼と、その向こうにある春への祈りが愛しかった。
それに似た感情を、僕も抱いていたからなのだろうか。
コンビニで買った安っぽいライターを、何度かかちかちと鳴らす。まだ春の遠い潮風が勢いよく吹きつけては、指先をわずかに震わせる。寒かった。体よりも孤独で痛んでいた。
(
……
透夏は、こんな思いはしたことないんだろうな)
脳裏を過るのは
――
違う、頭に四六時中こびりついて離れないのは
――
たった一人の妹のことだ。
彼女は正しく天才だった。
あなたはすごいわ、素晴らしい逸材よ、絵を描くために生まれてきたのね。母がそううっとりと笑っているのを、当の本人は黙々とスケッチをするばかりで、一言も聞いていなかった。そんな子だ。
(透夏が絵筆を持つようになってから、僕は、どうしたらいいのかわからなくなった。 母さんと父さんの期待が彼女に傾いていくのを肌で感じても、才能の差は埋められなかった)
ライターの先に火が灯る。僕はしばらく、風に揺れるそれを眺めている。
絵を傷つけるのはそれが初めてではなかった。
透夏が優秀賞を取った日、同じコンクールで佳作になった自分の絵にナイフを突き立てたことが最初だった。あの時の、まるで自分の心臓に刃が食い込むような感覚を、僕はきっと忘れやしないだろう。
キャンバスが抉れると同時に、僕はそっと息をついた。それまでずっと息ができなかった。
(透夏に負けていることなんて、とっくの昔にわかっていた。 わかっていたくせに、それを目に見える形で突きつけられたことに、耐えられなかった)
情けないことだ。けれどそれで心が幾分か楽になってしまったことも事実だ。両親に見つかりやしないかと怯えながら、それからも時折、描き上げた絵を台無しにしていた。
そうすれば、よく眠れた。 そうすれば、食事にも味がした。 そうすれば、頭の中に鳴り響く怨嗟を聞かずに済んだ。
ああ、生きるのが下手なんだと、赤い絵の具で滅茶苦茶になった自画像を見て自嘲していた。
今までのそんな自傷行為は息継ぎだった。 けれど、今回は違う。
小さな火を見つめながら、僕は不思議なほど、自分の心が凪いでいることを知っていた。
(もう僕は、絵を描くことをやめよう)
これはその決意の証だった。別れの、弔いの火だ。
覚悟を決めれば決めるほど、僕の心を燃やしていた情動はひとつひとつ、ろうそくがの火が消えるように空へと還っていくようだった。
嫉妬。憎悪。愛情。執着。自己愛。自己肯定。承認欲。
心臓を食い破ろうとしていたそれらが消えていく。
最後の一欠片として、僕は手に持っていた火を、自分の絵に
――――
* * *
海の絵はよく燃えた。僕の海の絵が、不完全だったからだろう。
あの時の燃え滓を思い出したのは、今まさに、目の前で炎が燃えているからだ。芸術の炎。どんな目的であれ、彼らは描くことをやめることはないのだろう。法を犯してまで、反社会の存在に身を落としてまで、彼らは。
「
……
芸術に、それほどの価値はある?」
知らず口をついて出ていた声は、自分でも驚くほどに冷たく、低く、そして、言いようのない感情に満ちていた。
心臓が脈を打ち始める。血管を通り抜けていく血が、何事かを叫ぼうとしている。
咄嗟に拳を握り締めれば、爪が手のひらに食い込んで、ぎりぎりと音を立てるようだった。
何かが燻っている。
かつて消えた炎が、また俺を燃やそうとしている。
それを押し殺すように、僕は腕章をそっと撫でた。
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