はりぼて自家発電所
2024-01-21 18:21:55
65045文字
Public カイオエ長編
 

軟派な彼と難攻不落 最終章








 今日が特別な日になる話 






 オーエンはカインの肩に寄りかかってすっかり寝入っていた。起きていて欲しくて「もう寝るのか?」と何度も問うた時は「寝ない」ときっぱり口にしていたし、眠気を殺そうと凶悪な表情を浮かべていたのだが、結局睡魔には抗えなかったらしい。今はすやすやとあどけない寝顔を晒している。起こすのが忍びないほどだった。

「オーエン、オーエン」

 とんとん、と肩を叩いたりして、自分の横で無防備に眠る恋人を揺り起こす。オーエンは不機嫌そうに顔を顰めた。

「オーエン」
「なに……

 目を閉じたまま、低い声でオーエンが返事をした。カインは苦笑してから、機嫌を取るようにキスをする。

「おはよう」
……信じられない。まだ夜になったばかりなんだけど」

 真っ暗な窓と時計を一睨みして、オーエンは舌打ちをした。よっぽど気持ちよく寝ていたようだ。寝ていたのでいつもより体温の高い体を、子供をあやす様にぎゅっと抱きしめて、カインは悪びれなく「ごめんごめん」と謝る。オーエンは体を完全にカインに委ねて、そのまま二度寝しようとする。カインはそれを、キスで阻止した。

「んむ……、んっ、っもう、なに……
「日付が変わったら伝えようと思っていたんだが」

 さっきまで早く教えろとうるさかった癖に、オーエンはそれを忘れてしまったかのように鬱陶しそうにした。

「それ、絶対今じゃないとダメなの?」
「ああ、絶対今がいい」
……もしかして、別れ話?」
「そんなわけないだろ!」

 カインが思わず怒鳴ると、オーエンは黙り込んでしまった。その無表情は、なにを考えているのか分からない。なんにも期待していないような、諦めたような顔をなんとかしてやりたかった。これから受けるのは、絶望ではなく、祝福のはずなのに。その自信があるのに、どうして、こんなにも、苦しい。
 告白をした時よりも、カインはオーエンの反応を恐れている。

「ふうん……。聞いてあげるから早く言いなよ。くだらないことだったらどうしてあげようかな」

 繕ったように緩く微笑むオーエンに頷いて、カインは懐に隠しておいた物を取り出す。

「まずは、これを受けとってくれないか」
「なに?」

 祝われるのを嫌うというオーエンを混乱させないよう、祝福をゆっくりと受け入れさせるために、ラッピングはしなかった。シンプルで小さな四角い箱を差し出して、パカリと開ける。そこには、オーエンの細くて白い指に似合いそうな、華奢なシルバーのリングが二つ、収まっていた。サイズは寝ている間に余裕で測れた。

……なにこれ」
「指輪だ」
「見ればわかる。頭がおかしくなったの?」
「おまえな……
「だって、こんなのまるで、プロポーズみたい」
「そういう文化はちゃんと知ってるんだな」
「馬鹿にしてる?」
「してない。プロポーズはもうしちまったけど、もう一回言うか?」
「いい、いらない……

 どうしていいか分からないであろう、恋人の困ったような視線を感じながら、カインはふっと笑ってケースから指輪を取り出した。オーエンの左手を取り、力の入っていない薬指にそっと通す。

……
「誕生日おめでとう、オーエン」

 オーエンはどこか呆然と、自分の左手を見つめていた。カインがもう一つの指輪を自分の手の、同じところに嵌めて見せると、恐る恐る右手を持ち上げて、カインの指を撫でる。

「なんで今日……僕の誕生日って」
「双子社長に聞いた」
「誕生日なんて、なんの意味もないのに」
「あるさ。おまえが生まれてきたことを、感謝する日だ」
……

 オーエンはカインの手を握って、ただ指を動かして、小動物を愛でるみたいに、すりすりと手の甲をさする。

……一応聞くが、嫌じゃない、よな?」
「嫌、じゃない。……でも、」

 こくん、と頷くオーエンの頭を見ながら、カインはホッと胸を撫で下ろす。そして、そわそわと落ち着きのないオーエンの言葉を、じっと待った。

……ど、どうしたら、いい?」

 漸く口を開いたオーエンは不安そうにカインを見た。

「胸が、熱くて。ぎゅってなって……。わからない。こんなの、……しらない。どうしてこんなに苦しいの……? 僕は、きみといたいのに」

 まるで、一緒にいることを咎められているみたい。
 と、オーエンは弱々しく呟いた。身を潜めるみたいに小さくなっている体を、どうにかしてやりたくてたまらない。もっと、カインのことを考えて、おかしくなって欲しいと思った。

……遠いからじゃないか?」
「どういうこと?」
「手が触れるくらい近くても、まだ、遠いんだよ。だから、オーエン。俺に、おまえに触れる許可をくれないか?」
「なんでわざわざそんな……、あっ」

 カインの手がオーエンの手を艶めかしくするりと撫でると、オーエンは感じ入ったように小さく喘いで、手を引っ込めた。

「や、だめ、なんか、今きみに触れられたら、……っ」
「ずっとそのままでいいのか?」
「っあ、……う。さっきも、やったのに……?」
「オーエン、……どうして欲しい?」

 今日は、オーエンの誕生日。だからオーエンの望むことをしてやりたい。その望みを、その口から伝えて欲しい。
 耐えかねたように薄い唇からため息が漏れる。

「触って、……ほしい……

 オーエンが絞り出すようにその言葉を口にした瞬間、カインはオーエンを押し倒していた。キスをして、体に触れると、びくんっと細い肢体が跳ねる。

「ん……っあ、」

 自分から言った手前、反射的に拒絶しないようにしているのか、固く握った拳を自分の体に引きつけているのが、なんともいじらしい。その体を解すようにじっくりと撫でて、体を拓いていく。

「好きだ、オーエン。生まれてきてくれて、ありがとう」

 オーエンのぎゅっと閉じられた瞳から、涙がこぼれ落ちた。無意識に幸せになってはいけないと思っているのではないかと、カインは考えた。
 だから、オーエンがそう自覚する前に。カインは分からせてやろうとしていた。

「おまえが幸せになることが、俺の幸せなんだ」

 オーエンは応えられない。
 だけど、愛されることを拒みはしなかった。





 ★





……きみの行きたいところっていうのは、僕が絶対に行きたくないところだろ」

 愛し合って、朝起きて、出かけよう! と言うカインに大人しく着いてきていたオーエンは、ふと足を止めてそう言った。彼の疑うとおり、カインはスノウとホワイトに言われ、彼の職場に向かっている。

「安心しろ。別に仕事をさせようとしてる訳じゃない」
「ちっ……。最近大人しかったから油断した。どうせ馬鹿みたいに浮かれた飾りや言葉で迎えるつもりだろ。そんなのごめんだよ」
「祝われるのは嫌なのか?」
「嫌だよ。背筋がぞっとする。見て、鳥肌が止まらない」

 ずい、と袖を捲って見せてくるオーエンの腕を掴み、カインは「まぁまあ、」と宥めながら無理やり連行していく。オーエンは怒り出した。

「絶対に行かないよ。浮かれて作った罠に獲物が引っかからないのは馬鹿みたいで可哀想だから、おまえが一人で行けばいい」
「罠って、おまえな……。それじゃ意味ないだろ」
「知らないよそんなの……離せってば……。っあ!」

 カインにずりずり引きずられていき、事務所が見えてきた所でオーエンが声を上げた。慌てたようにカインを引き止める。

「ま、待ってカイン。やっぱり行ったらだめ」
「俺じゃなくて、おまえが行くんだよ」
「そうじゃなくて、ちょっと……

 あからさまに態度が変わったオーエンに構わず、カインはどんどん進んで行く。強すぎる力に、オーエンは青ざめた。このままではいけない。どうにかして、カインの足を止めなければならなかった。

……っ、カイン、お願い。逃げないから、ちょっとだけ待ってよ……

 必死に縋り付くように言うと、カインは漸く足を止めてくれた。オーエンの切実な態度に驚いている。

「なんだ? 演技、じゃないよな」
「なんのためにこんな虫酸の走る演技をするんだよ」
「いや、かわいいからいいけど」
「きみの趣味が悪いのはもう諦めたよ」

 オーエンはため息を吐いて、緩んだカインの手を振り払い、スマホを取り出して電話を掛け始めた。相手はワンコールですぐに出た。

『はぁーい。どうしたの?』
「いるんだろ。降りてきなよ」
『あはは。熱烈なラブコールだな』
「ふざけるな。これみよがしに車で来るなんて、あなたらしくないんじゃない」
『こんなめでたい日にお酒が飲めないなんて、ほんと酷いよね。誰かさんがなかなか会いに来てくれないからさ』
「いいから降りて来い」
『分かった分かった。そんな凄まないで。美人が台無しだ』
「車に傷をつけられたいの?」

 オーエンの電話の相手は、そこで飄々としていた態度に焦りを見せた。「ちょっと出てくる!」と言いながら電話が切れる。

「一体誰が降りてくるんだ?」
「何も聞いてない?」
「俺は今日ここにオーエンを連れてこいって双子社長に言われただけだよ」
「そう」

 オーエンはカインのその返事を聞いて、溜飲を下げたようだった。暫くして、ビルから一人の男性が出てきた。彼は二人の姿を認めると、人懐っこそうに片手を上げて笑った。

「久しぶりだね。オーエン、誕生日おめでとう」
「その言葉、僕が嫌いって知ってて毎年言うの止めてよ。嫌がらせ?」
「きみがそう思うなら、そうかもね」

 男は困ったように言ってから、カインに目を向けた。

「彼は?」

 どう切り出すか迷っているオーエンに、助け舟を出すような問いだった。オーエンは心の準備が出来ていなかったのかびくりと震えた。

「カイン。……こっちは、フィガロ」

 なんの説明もない。ただ、名前を並べただけの簡素な紹介に、けれどオーエンは満足そうに鼻を鳴らした。

「え、それだけ?」
「初めましてカイン。フィガロだ。会えて嬉しいよ」

 くすくすと肩を震わせて笑いながら、フィガロは片手を差し出した。カインは反射的にその手を掴んだ。

「ああ、よろしく……。えと、オーエンとお付き合いをさせて貰ってます」
「オーエンがお世話になってるようで……
「ちょっと、なにその気持ち悪い挨拶。最悪」
「おまえがちゃんと紹介してくれないからだろ」
「照れちゃってまあ……
「虫唾が走るから帰っていいよ、もう」

 オーエンは嫌そうに顔を歪めながら吐き捨てると、さっさとビルに向かってしまった。取り残された二人は顔を見合わせる。

「えーっと、俺達も……
「今行ったら怒らせちゃうだろうし、少し、話さない?」

 真意の読み取れないフィガロに微笑まれて、カインはたじろぎながらも頷いた。その話の内容は、穏やかで、懐かしげで、そして暗い音をしていた。

「あの子は今日、この日、病室で目が覚めたんだ」

 カインの瞳孔が少し開いた。
 あの日。一人取り残され、生活能力がある筈もない幼いオーエンは、ただ馬鹿みたいに両親の帰りを待っていた。忘れ去られていると、薄々は気づいていたかもしれない。それでも、目が閉じるその瞬間まで、彼は信じていた。
 今か今かと、玄関の扉が開くのを。

「見つけたのは、その時住んでいた部屋の管理人。家賃を取り立てに来て、ドアを開けたらやせ細った子供が一人、玄関の前で倒れてた。意識を失うまで、玄関の前でお腹を空かせて眠いのも我慢して待ってたみたいだよ。一晩どころじゃない。何日か、何週間か。健気だと思わない?」

 友達が出来たと、不器用に報告に来てくれたあの時を思い出した。カインが風呂から上がるのを、大人しく待っていた、あの時だ。着替えてソファに座るまで、雛鳥のように着いてきた。いい子だと抱きしめてキスをしてやりたいと思ったほど健気な、あの姿を思い出して、胸が痛んだ。

「そんな子がさ、目覚めて一番に『最悪だよ、死ね』って言ったんだ。俺はもうびっくりしたよ。いい子でいるのを止めたんだと思った。でも、それでいい。だから、正真正銘、今日が彼の誕生日。天邪鬼に生まれ変わった、今のオーエンの誕生日だ」

 その事実には、ありのままの彼を肯定しようとする、フィガロの優しさが込められていた。その意味を噛み締めて、そっと胸にしまう。そして、ずっと考えてきたことが口からこぼれ落ちる。

「オーエンにとって、今日はどんな日なんだ?」

 フィガロなら、わかるような気がして。

「なんでもない日、だろうね。普通の日と変わらない。彼にとって、どんな祝日も、世間の行事も、意味が無いものだ。どこか別の世界の出来事で、自分には関係ないと思ってる」

 やっぱりそうか、とカインは肩を落とした。仕事で一緒になった日も偶然を面白がっただけ。コンテストでクロエが優勝した時も、一歩下がって相応しくないと呟いて。

「でも、本当は羨ましいんだとは思うよ。だけど、あの子は受け入れられない。誰かと一緒の過ごし方を知らない。いい子の自分を殺しても、受けた傷は癒えない。いや、殺したからこそ、かな」
……
「けど、初めてだよ。オーエンが自分から、恋人を紹介しようとしてくれたのは。見ただろう、あのドヤ顔。ぜんぜん紹介出来てないのに」

 可笑しそうに、フィガロは笑った。笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭う。だけどそれは、なんだかわざとらしくて、笑いで零れた涙ではないんだなとカインは思った。
 誤魔化すようにフィガロは話し続ける。

「今まではミスラやブラッドリーに「ろくでもない奴と付き合ってる」って聞くくらいだったよ。だけど今回は、オーエンがわざわざ会わせたい人がいるって言うんだ。だから楽しみに待ってたのに、待ってるうちに、双子社長にパーティーするから来いって言われてさ。きみが来るとして、鉢合わせたらあの子、不機嫌になるだろうなって。そしたら案の定、慌てて電話してきちゃってさ。あはは、かわいいだろ?」
「ああ、すごく慌ててたな。さっさとビルに入ろうとしたら、待ってって、珍しくお願いされちまった」
「惚気かい? 来るのも嫌がってただろ」
「すごく嫌がってた」
「目に浮かぶよ。けど、自分から上がって行ったな。今頃クラッカー浴びて変な顔してるよ」
「そりゃいいな」

 カインとフィガロはオーエンの話で盛り上がり、笑い合った。あの建物の中で、容赦なく祝われているのだと思うと、なんだか酷く安心する。

「これからもよろしく頼むよ。もしなんかあったら遠慮なく連絡して。オーエン、何も教えてくれないからさ」
「こちらこそ……。あ、そうだ。なら、両親の件は知ってるのか?」
「両親? まさか会ったの?」
「いや、俺は会ってないんだが、オーエンが会ってたみたいで。あんたたちにそのこと言ってなさそうだからさ」
「嘘。俺と双子社長が目を光らせてるのに!?」
「たまに遭遇するらしいです。その度に、お金を渡してたらしくて……
……

 フィガロは険しい顔をして考え込んだ。やがて、ため息を吐いて、呆れたように呟く。

「はぁ、やっと大人しくなったと思ってたら、そういうことか……。対策は、なにかしてるの?」
「出来るだけ一緒にはいるんだが、一人の時にまた遭遇しても、何も言わないだろうな……
「だろうね。様子が可笑しくなったりとかは分かる?」
「連絡が取れなくなった時はあった。その時に俺もオーエンが両親に会って金を渡してるって聞いたんだ。けど、その後は正直、分からないな」
「まじか……。何処で会ったかってのは聞いた?」
「あまりよく覚えてないって。突然会ったから、金を渡して、気づいたら家にいたと」

 平気な顔をして言っていたが、前後の記憶がないなんて相当ショックを受けているはずだ。それも、一回じゃない。カインと連絡が途絶えていた間に、何回も、だ。

「あいつら、オーエンの顔を覚えてないはずなんだけどな」
「あ、それは目が……
「目?」
「それぞれの目が両親の目の色なんだそうだ」
「ああ、そりゃそうか……

 フィガロは、自嘲気味な無力感のある表情を浮かべた。それからやるせなさそうに力なく笑う。

「これからも出来るだけ一緒にいてあげてくれる? こっちでも目を光らせておくよ」
「ああ、もちろんだ。助かる」
「さ、俺達もあがろう。今日はとてもいい日だ。面白くない話は、また今度」

 フィガロと連絡先を交換して、カインは賑やかで明るい方へ目を向ける。賑やかな話し声が聞こえるドアの前、その中心にオーエンがいるのだろう。

「あっ、来ましたよ! 彼が恋人のカインさんですか?」

 きゃーっ! とカインを歓迎してくれたのは、金髪の優しげな青年だった。

「オーエン。初対面も多いんだから、きみが紹介してよ」

 フィガロがケーキを口いっぱいに頬張っているオーエンに言った。睨み返しながらもぐもぐとケーキを咀嚼して飲み込み、紅茶で喉を潤し、その間視線が集まっていることをたっぷり時間をかけて確認してから、オーエンは答えた。

「なんで僕が」
「この場にいる全員のことを知っておるのは主役であるそなただけじゃ」
「そうじゃそうじゃ、皆そなたの口から紹介を聞きたいし、紹介されたいと思うておる」
「いや、俺らは全く思わねぇけどな」

 双子のセリフに意義を唱えたのは、ブラッドリーだった。近くにはミスラもいた。奥のテーブルに二人してどっかりと座って、料理を貪っている。

「あはは、いいよ。紹介してあげる。彼等は僕の同僚で、大親友のブラッドリーとミスラだ」
「げっ、気持ち悪ぃ紹介の仕方すんなよ」
「どうも、大親友のミスラです」
「おまえはもうちょっと嫌がれよ。つまんないな」
「「オーエンちゃん、その調子で我等のことも!!」」
「スノウとホワイト。上司」
「「えっ、それだけ?」」
「嫌がらせをしても、おまえたちは喜ぶだろ」
「オーエンさん、私達のことも紹介してくれませんか?」
「に、兄様。ぼく達、多分迷惑をかけてると思うので

 双子の次に名乗りをあげた金髪の青年の後ろから、栗毛の少年がこっそりと顔を出して、心配そうに兄の服の裾を引いていた。その姿を冷たく一瞥するオーエンに、小さな体がビクリと震える。

……

 一気に嫌な空気が漂う。この二人の兄弟は、フィガロがオーエンよりも優先するべき、親友の忘れ形見。弟の方が言う迷惑とは、彼等もそれを自覚し、引け目を感じていることからくる言葉だろう。
 ひやり、とした空気の中、オーエンは薄い唇を開いた。

……ルチルにミチル。……弟、みたいなものかな」

 沈黙の中、その言葉が響いた瞬間、花が咲いたようにルチルが笑った。

「やったー! 弟だって。嬉しいね、ミチル」
……っ!」

 返事はないが、ミチルの顔も照れたように綻んでいた。嬉しそうな兄弟に、オーエンは驚いて、目を逸らした。逸らした先にいたのはフィガロだった。

「二人が弟なら、俺はやっぱりパパかな?」
「フィガロ。僕の身元保証人」
「なんだいその他人行儀な関係は……。お父さん、寂しいな……
「気持ち悪い。借金する時くらいしか役に立ちそうにない」
「お、オーエン! 俺の紹介も、して欲しいな……っ!」

 やや緊張して上擦った声の持ち主に、オーエンの視線が移動する。ぱちり、と目が合うと、オーエンは顔を逸らした。その頬はほんのりと桃色に染まっているように見える。

「クロエ。……大嫌いな、友達。わざわざ来るなんて、馬鹿みたい。誰に呼ばれたんだか」

 大嫌い、という装飾が着いた上に悪態まで吐かれたのに、クロエは何故か嬉しそうに笑った。

「俺が呼んだんだ。是非来て欲しいって。最後は俺だな、オーエン」

 愛しげに見つめてくるカインを、オーエンは忌々しげに睨んだ。けれど、その頬には血の気が通っていて、重たげに唇を震わせる。

「カイン。……僕の、恋人」

 きゃー!!
 ルチルとクロエが喜んだ。にやにやと笑う双子やブラッドリーの視線が刺さっていることに気づいて、オーエンが舌打ちする。

「最悪」

 その言葉は、あまりにも甘く響く。

「今までで一番、最悪な日だよ。一生夢に見そう」

 なんでもない日だった今日が、特別に変わった日。
 今年、カインが連れてきたこの日を、
 オーエンはきっともう、忘れない。