ツキシキ
2023-07-01 22:24:00
38840文字
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★悠遠物語まとめ

3作品。二次創作。原作ネタバレ前提。


ぷてぃぱに(マリネ→ピア←エル)


 目が覚めると俺は一匹の蝶になっていた。
 ……などという都合の良い話はない。見慣れた天井を眺め、ため息を一つ。重たい気分を引きずりながら適当に朝の準備をする。いっそこの悠遠大陸にこもっていたかったが、そんなことをすれば事態がますますマズくなるのはわかりきっていた。
 こういう時に頼りになるのはカーネルだ。あいつのお固い頭と弁論術はこういう時のためにあると言っても良いくらいだ。あいつさえいれば何事もなく今日を過ごせるだろうと、半ば祈るような気持ちでミッションボードを確認する。空欄なら予定はなし、一時は場が収まるはずだ。しかしながら肝心の頼みの綱はわりと面倒な調合を任されているようだった。薬草だのポプリだのならまだしも、最上級の復活薬とくればさすがのカーネルでも手間取ることだろう。となれば俺の実に個人的な問題に関わる暇があるはずもなく、到底助けは呼べそうにない。
 ついで、俺の一番の癒しであるミミーは山に素材集めへ出かける予定のようだ。それでもせめてエレナが、いや、この際誰でもいいから第三者がいてくれればと思うが、生憎エレナもミミーと共に出発しているらしい。
 がっくりとうなだれる、ついでにため息がまた漏れた。



◇◇◇



「だからねマリネちゃん────あっ、エルさんおはよう!」
「おう、おはよう」

 特製の通路を通ってポルトフィーナのほうへ向かえば、ピアがにこやかに朝の挨拶をしてきた。俺も笑顔を向けて挨拶をする。ああ。そうだ、朝の挨拶は清々しく素晴らしい、一日の始まりに期待や希望を見せてくれる。
 が、むっっっつりと黙りこんで仏頂面を晒している奴が隣にいるのなら話は別だった。

…………

 体温がないはずの人形の身体だが、その内に抑え切れない熱気と怒りがふつふつ湧いているのが俺にはわかる。まして、厳しい目つきでキッと睨まれてしまってはやる方なしだ。
 原因はわかっている。昨日のあれだ。寝て起きたら全てまるっと水に流されました、などという考えはやはり甘過ぎたらしい。
 まあ、俺にも反省すべき点は大いにあった。それは認めよう。だからこそ俺はこうして気まずい想いをしているのだし、やるべき償いもしたつもりだ。
 けれども、こうして完全にお断りの態度を取られてしまってはどうすることもできない。それに、相手の意固地な部分に納得がいかないのも事実だった。敵意に対しては同じものを返したくなるのが心情というもので、俺も俺で自分の眼差しが冷ややかになるのを堪え切れずにいた。

…………もぉ~」

 爽やかな朝に似つかわしくない険悪な雰囲気を察してか、ピアが不満の声をあげた。俺と睨み合っていた相手はその声に一応は罪悪感が浮かんだのか、身をこわばらせたはしたが、険しい眼差しを和らげることはなかった。
 正直、ピアには悪いと思う。渦中にいるにも関わらず事件に対して潔白というのはある意味、事を起こした俺達二人よりずっと居心地が悪いに違いない。案の定ピアは困ったように辺りを見回していた。
 が。

「朝市閉まっちゃう!」

 すっかり明るくなった窓の外を見て息をのみ、くるりと向きを変えて勢いよく荷物を掴み、棚にぶつかりかけて身体をよろけさせつつ、足は止めずに階段へと一直線、最後に一度振りかえり、

「マリネちゃんごめん、あとお願い! エルさんも、仲良くしてね! いってきまーす!」

 ……一連の流れはまるで嵐のような勢いだった。後に残された俺は呆然と、ピアが立ち去った後の階段を見つめるばかりだった。
 そのまま少しばかり停止していた俺の身体は、ようやく何があったのか理解してぎこちなく動き、俺と共に取り残されたもう一人に目を向ける。同時、目が合ったがすぐに逸らされてしまった。前途多難である。

 俺はついにマリネと────昨日ケンカしたまま仲を修復しきれていない、あまりに気まずい相手と二人きりになってしまったのだった。



 話は簡単なようでいて、しかし何故か一捻りしてこじれてしまっている。
 事の発端は、プリンだった。



◇◇◇



 それは王都で店番をしていた時のこと。客足が途絶えたもんだから、俺は息抜きがてら表でも掃除してこようかと家を出た。
 すると何やらしゃがみこんでいる可愛らしい、実に可愛らしい子どもがいた。こちらからは顔こそ見えなかったものの、丸まった背中やその体躯の小ささ、見えるつむじの愛らしさ、短めの髪に添えられたカチューシャ、その他色々なものが俺の庇護欲を刺激した。あれで声をかけずに取って返すような奴は男じゃない。鬼だ。悪魔だ。ゆえに俺はことさら優しい声音でその子に話しかけたのだった。

「お嬢ちゃん、どうした?」

 声をかけるとその子はぱっと振りむき、俺の姿を見るなりじわじわと涙を目に溜めていった。そんな怖い顔してたか、いやむしろ極上の笑みを向けたはずなんだが、と考えている間にその子の口がわなないて、震え声とともに目から雫が、ぽたりと。一度零れてしまえば決壊するのはすぐだった。

「おかぁさん、どこぉ…………

 そう言って顔をぐしゃぐしゃにしたその子を放っておくなんてことはできるはずもなかった。

「迷子か。よーし、お兄さんが探してやろうじゃないか!」
……ぐすっ」

 そう言ったが女の子は泣きやまず、すんすんと鼻をすすり続けた。泣いている子を連れて歩くのはまずいが、かといって俺一人が探しに出てもその子の母親の顔がわからない。詳しい話を聞くにしてもまずは泣き止ませないとどうにもならなかった。
 無理やり元気づけるために高い高いをやろうとしたが、持ち上げようとしたところでさらに泣き声が大きくなり。ならばと思いキャンディを差し出せば、返ってきたのは微妙な表情だけ。代わりのチョコレートもお気に召さないらしかった。
 今にして思えばなかなか難易度の高い子だった。子どもはあやし方を間違えると逆にヒートアップするというのを改めて学ばされたもんだ。
 なすすべなく俺が一人でばたばたしていると、その子がぽつりと呟いた。

……プリンなら、すき……

 なんとか宥めようと一人芝居していた俺を見かねての言葉だったんだろう。気遣いのできる良い子じゃないか。俺はそう思いながら家に引き返し、特別製の貯蔵箱を開けた。
 無事にプリンはあった。
 しかも事前に用意していたかのようにたった一つだけ、ご丁寧に奥へ仕舞いこんであった。これはその子にプレゼントするために置いてあると考えるのも自然なことだろう。だから俺はその導きのままにプリンを与えた。スプーンでプリンを震わせながら幸せそうに一口食べる、あの姿は俺の人生史の一頁として色濃く残ることだろう。
 そしてようやく泣きやんだその子と共に母親を探し、無事に再会できた親子に頷きながら俺は放棄していた店番に戻ったのだった。


 と。ここまでなら良い話なんだが。

 帰ってきた俺を待ちかまえていたのはマリネだった。


「ねぇ、ここにとって置いたプリン知らない? 容器の底にマリネって書いて……

 マリネの言葉は途中で途切れた。
 それもそのはずだ。その時俺の手には丁度、子どもに食べさせた後の空容器とスプーンが握られていたのだから。



 即座に始まったカルテットの詠唱を留めてなんとか事情説明ができたのは奇跡に近かったのかもしれない。実際、子どもを泣かせたままでいるというのも良くないわけで、俺の説明と謝罪に対してマリネのほうも、不本意ながら納得するそぶりは見せていた。だからそれでこの話は終わるはずだった。
 けれども、話がこじれたのは急だった。

「────つまりだ。泣いた子どもを笑顔にさせるためだと思えば、プリン一つくらい安いと思わないか?」

 事情を全て話した後、確か俺はそんなことを言ったように思う。
 それが引き金になった。

「一つくらい、って。だいたい、それならわざわざ人のを取らなくったって自分で作れば良かったじゃない」
「おいおい。だから、俺はあれがマリネのだと気づかなかったって言ったろ? それにそのことはさっき謝ったじゃねーか」
「そうじゃなくて! 仮にもピアのお師匠様でしょ? “プリンの一つくらい”、自分で作れないわけ?」
「あのなー、可愛いちっちゃな子どもがぐすぐす泣いてるのほっぽってお菓子作りって?すぐそこに完成品があるってのに? いいじゃねーか、今からお前のぶん俺が作るからさ。それで」
「違うの! あれはピアがっ」
「ピア?」
…………もういいっ!!」

 と。おおまかこんな流れで、俺はマリネの機嫌を損ねてしまったのだった。



◇◇◇



 そしてその日、すっかり太陽が落ちて遠出をしていたピアが帰ってくる頃になっても、マリネの不機嫌オーラはふつふつと周りに渦巻いていた。

「ねぇエルさん、マリネちゃんと何かあったの?」

 人の気持ちに関しては抜群に察しの良いピアがそれに気付かないわけもない。俺達は一度揃って席を外すことにした。そしてすぐさま俺はすがるような気持ちでピアに事の顛末を語った。
 一通り聞き終わったピアは怒りこそしなかったものの、半ば呆れ気味に俺をたしなめた。

「エルさん、それは駄目だよー……。ちゃんともう一回謝らなきゃ。それにさりげなく言ってたけど、お店番をほっといちゃうのだっていけないんだからね?」
「ピアだって泣いてる子どもがいたら店も調合も放って助けるだろ?」
「う、それはまあそうなんだけど……でもそれとこれとは話が別!」

 その場のノリで流されてくれやしないかと思ったが、残念ながらピアは単純であっても馬鹿じゃなかった。あそこまできっぱり言い切られてしまえば俺も少しは反省せざるを得ない。
 そもそもマリネがプリンに執着していたのも、特別な訳があったそうだ。ピアが言うところによれば、あのプリンは元々ピアが作ったものだったらしい。ただでさえマリネはピアにことさら懐いているのに、大事なピアからのプレゼントを俺が横取りして見ず知らずの子にあげたとなればそりゃ怒りもするだろう。その話を聞いて、俺の中で浮かんでいた疑問符はようやく消えた。

「よし、となれば解決法は一つしかないな。すまんがピア、頼む。あいつにプリン作ってやってくれ!」
「え、ええ? うん、マリネちゃんのためなら喜んで作るけど、それで良いのかな……
……なにかマズいことでもあるのか?」
「うーん、上手く説明できないけど……
「んー? 解決しないはずがないだろ、俺も謝った、プリンも戻ってくる。マリネにとっちゃこれで元通りだぜ?」
「ホントにそうかなあ……

 結局のところ、正しいのはピアの方だった。
 再度俺が謝って、ピア作のプリンを渡しても、マリネの機嫌は悪いまま。そのくせしっかりとプリン自体はたいらげるのだからなおさら納得がいかない。これで解決といくはずだったのに、俺の頭には再び疑問符が浮かぶのだった。



◇◇◇



 こうして成り行きを思い返してみると、まあ、反省すべき点はある。売り言葉に買い言葉でキツイ態度を取ったのは良くなかったし、茶化したのも悪かった。けども、正直俺に出来る詫びは全てしたわけだし、これ以上を求められても打つ手なしという他ない。
 それに、こうしてかたくなな態度を取られたらこっちとしても下手に出続けることはできそうになかった。俺にどうしろって言うんだ、と反抗心も起こる。マリネが俺にばかり当たりを強めている気がするのも不満に拍車をかけていた。
 しかしながら、二人してバチバチと火花を散らしていても迷惑なのはピアのほうで、それを思うとさっさと和解してしまいたいのも本心だ。何より、ひたすら気まずい沈黙に晒されるのはけっこうキツイものがある。

………リル……ましたー!」

 階下からピアの元気な声が漏れ聞こえた。どうやら朝市には間に合ったらしい。店はそれなりに繁盛しているようだった。
 賑わっていればいるほど、この場の沈黙が重くのしかかってくる。マリネと俺の二人で取り残されてからしばらく経ったが、まだ互いに一言も言葉を交わしていない。黙々と作業をこなすのは立派な仕事人とも言えるかもしれないが、そう前向きなものじゃないことは自分がよく知っていた。
 作業の合間にちらりとマリネのほうを横目で見る。今日の仕事は弓づくりらしく、大量のツタツタ草を丁寧により合わせている。根気はいるが、今のマリネの技量ならそう手間取ることもない作業だ。声をかけても支障はないだろう。
 今を逃したらいつまでも重い空気を引きずることになる気がして、俺は口を開いた。

「なぁ、マリネ」
…………
「なぁ、おい!」
……なによ」

 第一歩からしてこれだ。早くもうんざりしかけた自分に気づき、なんとか気を奮い立たせる。

「俺が悪かった。だから機嫌直してくれよ」
…………そんなこと、言われたって」

 マリネは半端に言葉を止めて、むっつりと黙りこむ。こちらが殊勝な態度を取っているのに、あちらさんに歩み寄りのつもりはないらしい。もやもやとしたものが腹の奥に溜まっていく。

……あー。許せなんて偉そうなことは言わねーよ。お詫びに何かしろってんなら何でもする。だからせめてそれ、何とかしてくれ」

 つい漏れた声にやるせなさが混じってしまう。もっと前向きな気で話しかけたはずなのに、いつの間にか気持ちは沈殿している。徒労感ばかりが妙に大きい。
 俺の気持ちを知ってか知らずか、マリネの態度は変わらないままでつっけどんに返してくる。

「それってなによ」

 とうとうため息が漏れた。

「それだよ。その態度。不機嫌なのも俺にイラついてるのもこの際仕方ないとして、周りまで巻き込んだら一番困るのはピアだろ」
「っ、もう!!」

 カッカッ、と硬質な音、揺れる金色。何が癇に障ったのか次の瞬間、マリネは手にしていた草をこっちに向かって投げ捨ててきた。といっても所詮は草、俺のほうまでは届かずに半端なところで床に落ちる。落ちた草は作業の途中で放り出されたせいで先端だけがくたびれていて、子どもが雑に遊んだ後のようにも見えた。

「なんだよ急に……

 まだ魔法でなかったぶんましかもしれないが、癇癪を起されて良い気分がしないのは確かだ。マリネとはそれなりに長い付き合いになるというのに、未だに俺はこいつの引っかかるところがわからないままでいる。唯一わかるのはマリネをまた怒らせてしまったということだけだ。
 マリネは我慢しきれないとばかりに強く頭を横に振ってから、叫ぶ。

「なんでそこでピアが出てくるの!」
「は、はぁ?」
「だからっ……っう~~!」

 言いたいことが言葉にならないのか、それとも最上級の罵倒の言葉を考えているのか、はたまた急に腹の調子でも悪くなったのか、とにかくマリネは一人であうあうと悶絶していた。人形独特の足音を響かせながら、右に行っては首を振り、左に行ってはしゃがみこみ、またすぐ立ち上がって天を仰いで俯く。
 おそらく自分でも何をやっているのかわかってないんじゃないかと思う。だとしても、落ち着きないその様は正直、うん、面白い。知人の奇行は何でも愉快なもんだ。さすがに口にはできないが。
 何にせよ、こっちも毒気が抜かれてしまったのは事実だった。

「ちょっと落ち着けって、な? ほら飴食うか? ほぉ~れ甘くてうまいぞ~」
「こっ、子ども扱いするなぁ!」
「おうおう、わかったわかった。とりあえず座ろうぜ」

 俺の小粋なジョークのおかげか、とりあえずマリネは落ち着きを取り戻したらしい。動きを止め、改めてその場に座り込んだ。突っ込みついでに荒くなっていた呼吸もしだいに穏やかになっていく。
 俺のほうもいったん大きく深呼吸して、少し気合いを入れることにした。いい加減、押しては引いて謝っては怒っての連鎖を断ち切らなければ。このままだとおかしな方向に転げ落ちる気がしてならない。とりあえず、俺はアプローチの方向を変えることにした。

「正直なところ、だ。プリンに関しては本当に悪かったと思ってる。本心だ。けどそれ以上に、俺はおまえが何をそんなに怒ってるのかがわからん」

 むっとマリネがまた不服そうな表情をしたので、俺は慌てて付け加える。

「いやすまん、言葉が悪いな。つっても俺もどうしたらいいのかわからないんだよ。代わりに何かしてマリネの気が晴れるなら良いが、そういうもんでもないんだろ? 何言っても怒らすなんてのは俺は嫌だし、マリネにもはっきり、俺のどこが引っかかってるのか言ってほしいわけだ」

 ここまで言って、いったん一息つく。ひとまず言いたいことは言った。これで向こうが譲歩してこないのなら、もう俺にはどうすることもできない。覚悟を決めてマリネのほうを窺う。と。

「ぅおう!?」

 その表情はまるで泣きだす直前のように沈んでいた。こっち方面の覚悟はしていなかった。最悪恨みがましい目線が来るか怒られるかはすると思ってはいたが。油断を突かれてすっとんきょうな声が出てしまったのは勘弁して欲しい。

……ずるい」
「え」
「わ、私だってわかってるの本当は……。こんなのやつ当たりみたいなものだって、でも、ど、どうしたらいいのか私だってわかんなくってどんどん自分が嫌な子になるし、たぶんこんな私ピアは嫌いになるだろうしって考えたらもっと嫌になっていっそ泣けたらすっきりするのに私はできないしっ!」
「ま、待て待てちょっと、落ち着けって」
「う、うう~……

 マリネはいっぱいっぱいで暴走したらしく、再びうめき声をあげた。何が何だかわかっていないのはマリネ自身も同じだったらしい。
 一度言葉が途切れると、階下のざわめきが耳に届くようになる。店が繁盛しているらしいのは幸いだった。もし店が閑古鳥の鳴くような様だったらマリネの混乱っぷりが下にも伝わって、すぐさまピアが飛んできただろう。
 ピア。
 ふと意識にのぼってきたあいつが、頭の中で何かと繋がる。
 そうだ、マリネが引っかかってるのはむしろ俺じゃなくてピアなんじゃないのか。思いついた途端、これだという予感がする。こじれた糸の先が見えた気がして、俺は一人頷いた。そして、未だに混乱から立ち直れていないらしいマリネを宥めにかかる。

「よし。よしわかった。整理して考えようぜ、なっ?」
「うん……
「じゃあ、あー……とりあえず、だ。これは推測だが。おまえが気にかかってんのは、ピアのことか?」
…………

 声にこそしないものの、マリネはこくんと頷いた。初めの一歩は上々らしい。ただわからないのは、俺とピアがどう繋がってくるかということだ。
 切り口に悩んでいると、今度はマリネのほうが口を開いた。

「ピア、私と居てもしょっちゅう言うの。『エルさんがね、』って」
……へ?」
「良い採取場所に着いたと思ったら『エルさんが知ってた』、新しい道具を持ってると思ったら『エルさんに教えてもらった』、クッキーをプレゼントしたら『そういえば前エルさんがね』、エルさんエルさん、そればっかりで!」

 マリネは語気を荒くして、その指を俺にびしっと突きつける。


「先にピアと仲良くなったのは私なんだからっ!!」


 あまりの勢いに俺もたじろいで、つい後ろ向きにのけぞる。それで出てきた言葉は、

…………し、知ってる」

 なんていう気合いも何もない一言だった。
 その呆然とした言葉で向こうも我に返ったようで、指差しを止めてまたしょぼくれる。

……ごめん。またやつ当たりしちゃった」
「や、それはいいけどよ。なんだ、つまり、」

 一緒に居るのに他の奴の話をするだとか。自分が先だとか、一番だとか。複雑に見えていた問題は一つの言葉にまとまった。

「────やきもちってやつか」

 ここまで言えば隠すこともないんだろう。しかしマリネの反応は微妙だった。

「まあ、言っちゃえばそうなんだけど……
「うん? ピアに、それとなく言えば済む話なんじゃないのか? 俺の話はやめてくれって――
……やってみたの。そしたらピア、私達がまだ仲悪いんじゃないかって心配して」
「あー……

 まあ、確かに俺達はたまに口論もしているし、何より初対面からの印象が強いのもありそうだ。勿論マリネのことは良い奴だと思っているし、喧嘩だってそれなりに仲が良くなきゃできないことだとも思っている。が、ピアはそういう争い事に敏感だ。別のとられ方をされていると考えてもおかしくはない。
 言われてみれば思い当たる節はいくつもある。そもそも今日こうしてマリネと二人にされているのもピアの采配だ。他にも、採取で同じところに回されたり二人で似たものを調合するよう頼まれたりする機会が最近多かったような気もする。

「それでか」

 俺が察したことに気づいたんだろう、マリネも素直に頷く。

「そうなの。なんだか誤解されてるのはわかったけど、自分で言っても説得力がないし。そうやってやきもきしてたらあの、えっと……プリンのあれがあって」
「気持ちが爆発しちまったと」
…………

 話を聞いた今でも、友人に対する嫉妬だとか、やきもちだとかはあまりピンとこないのが正直なところだった。自分のこととして考えてみたが、仮にカーネルが誰かの話を持ち込んでこようとも俺の対応は変わらないだろう。理解ができても、共感は難しい。となると、俺からできることは少なくなってしまう。
 どうしたものか、と腕を組んでいると、

「ごめんなさい」

 ぽつりとマリネが呟いた。

「あんたに怒ったって筋違いだしもっと悪いことになるって、なんとなくわかってたの。でもどうしても我慢が効かなくって、……本当にごめんなさい」

 小さな身体を震わせてマリネは続ける。これまでの態度に何も思わなかったと言えば嘘になるが、だからといっていつまでもねちねち気にするほどのことでもない。むしろ、事情がわかった今は逆にすっきりしていた。

「いや、なんだ。俺も悪いところあったしな、お互い水に流そうぜ」

 ぽん、とマリネの頭に手をやる。調子に乗るなと返ってきそうな気もして少し勇気がいったが、向けられたのは笑顔だった。

……えへへ。ありがと」
「おう、気にすんなって。じゃ、次はピアをどうするかだな」
「ええ? どうするって言っても……
「このままだとまた同じことの繰り返しだろ? ピアに妙な心配かけっぱなしってのもよくないだろうし」
「そりゃそうだけど、私達が自分で仲良しですって言ったって信じると思う?」
「ピアなら信じる」
………………ひ、否定できない」
「よし、ならピアの店番が終わったら早速実行だ。そしてその前に、」
「前に?」
「作業のノルマをこなすべきだな。俺達はこのままだとサボりだ」

 俺の言葉に、マリネは投げ捨てたツタツタ草を慌てて掻き集める。そして大急ぎで弓に張る弦を作り始めた。焦っているせいか手元は危なっかしいが、かといって俺もぼうっとはしていられない。俺達は残る時間を黙々と作業に当てたのだった。



◇◇◇



 気づけば日も暮れ、辺りもうす暗くなっていた。俺達はどちらからともなく部屋に灯りをともす。それとほぼ同時に、階段をぱたぱたと駆けのぼる足音が聞こえた。

「二人とも、お疲れ様ー!」
「おう、お疲れ」
「ピアもお疲れさま!」

 口々に挨拶を交わしたところで、ピアがきょとんと俺達を見つめてきた。先に反応したのはマリネのほうで、

「どうかした?」

 と小首をかしげて尋ねる。それにピアは満面の笑みで返す。

「二人とも、仲直りしたんだね!」

 その言葉に俺はピンと来た。
 今この時が好機であると────!


「そうさ、俺達は超超超仲良しだぜ! なあマリネ!」


 そう言ってすかさずマリネの身体を持ち上げる。だがまだだ、まだ足りない。親愛を表明すべく、俺はマリネを抱えたまま思い切りその場で回転する。

「えっえっ!?」

 困惑の声が聞こえる気もしたが、おそらく照れくささからだろう。気にしてはいけない。ここで躊躇っては俺達の仲良し度が伝わらなくなってしまう。俺は構うことなく回転の速度をあげる。

「ま、待って、待ってエルバーク、待ってぇえええええええ」
「はははははは楽しいなマリネーーーーー!」
「どどどどうしようエルさんがおかしくなっちゃったー!?」

 回る視界と風の音、それらに紛れて二人の驚きを聞きながら、俺はマリネと共に加速し続けた。




 結局。
 妙な熱でも出たのかとか、俺が壊れたとか色々言われてしまったが、とにかく誤解は解けた。不本意ながら、あの大回転によってではなかったが。目を回した俺達はピアに介抱されつつ、事の次第を全て説明してしまうことにしたのだった。
 ピアのほうもそれで納得してくれたようで、少なくとも変に気を回すことはしないと約束してくれた。

「それに私だって、二人と一緒にいたいもん」

 そう言ったピアにマリネが抱きつこうとして、危うくベッドから落ちかけたのはまたご愛嬌。



 俺も安堵の息をつき、かくして。
 プリンを────もといピアを巡る大騒ぎは、幕を閉じるのだった。



~END~