ツキシキ
2023-07-01 22:24:00
38840文字
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★悠遠物語まとめ

3作品。二次創作。原作ネタバレ前提。


空席のロンド 5/5


 それからまたしばらくして。
 研究で顔を出せない時期もありはしたが、私達の交流は今も続いている。
 が、最後に一つ、ピア君について書き残すべき事柄を挙げておこう。
 あの黒板。私が拭き清め、エルの手によって新たな予定が書きこまれるようになった、その隅。顔を寄せて観察しなければ気付けないような位置にその書きこみはあった。控えめに、まるで秘め事を耳元で打ち明けるかのように。

『私もしあわせ ありがとカーネルさん』

 その字体はエルのものと違い柔らかな丸みを帯びたものだった。
 当然、それを見た瞬間驚いたし、ピア君の息遣いがこうして現実のものとなったことに震えもした。一方で意地悪く、その文字を意図的に作り出す方法も思い浮かびはした。だが私は全てを頭の奥に収めて頷くだけに留めた。



 ────ピア君は今も存在しているのか?

 この疑問とて、今となっては瑣末なものに過ぎない。答えすら必要のない疑問である。何よりそんな無粋な問いかけをしてしまえばきっと、掴みかけた彼女の残滓は溶けてなくなってしまうのだ。
 私も、あの心優しいケーキ屋のお嬢さんも、きっと誰もが。ピア君を認めたその瞬間からエルの世界の住人になっていた。納得は与えられるものではなく、編み上げるものだった。



 ────彼らが幸福であるならば、それだけで。

 ゆえに私はここに自らの納得を形作った。これまでの不可思議も恐怖も好奇心も不安も言葉の刃で都合よく組み直した。削ぎ落された枝葉は語るべくもなく、遍く全てが無事に過去のものと変化した。理論の体すら成し得ていない、過去の私と今の私が納得し言い訳するためだけの粗末な言葉がここに完成したのだ。

 したがって私はここで頁を捲るのを止め、最後の行に「めでたし」と綴れば良い。そして代わりにあの二人の物語が広がっていくのを、見守りさえすれば良いのだろう。




 彼らの物語の読み手になること。
 それがエルバークの友人たるカーネルにできる、唯一のことなのだった。




 [彼らの幸福に添えて。めでたし、めでたし。]