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黒竹
2022-05-30 21:09:37
18238文字
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七センチは高すぎる?
【ルカミク】
「ワンルームでも広すぎる」の続編。察するなんて難しすぎるよね、というお話。
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後片付けに時間を取られて、図書館を出る頃にはすっかり暗くなっていた。冬の昼は短い。
「ごめん、おまたせ」
入り口前で待っていてくれたミクに声をかける。振り返ったミクは両手でミルクティの缶を包んでいた。ここで飲むのかと思ったが、彼女はそれをバッグのポケットに滑り込ませた。単にカイロ代わりにしていただけらしい。
「おつかれさまです」
「遅くなってごめんね。もう少し早く出られるかと思ったんだけど、折り紙が散らばってて」
メイコが丹精込めて作った星やハートは、朗読会終了後に子どもたちへ配られ、館内でおもちゃとして重宝された。遊んでから持ち帰ってくれれば良いのだが、その場に置きっぱなしにして帰る子どもが必ず現れる。閉館後にそれらを片付けるのに手間取ったのだ。
「実はけっこう楽しいんだけどね。宝探しみたいで。たまにいたずらっこが本棚の隙間に入れちゃったりするのよ。そういうのを見つけるの」
「へえ」
「別の『宝探し』は終わっちゃったし」
「
……
えーゴホンゴホン」
わざとらしい咳払いをするミク。もちろん、ルカの言う宝探しが、本の間に挟まれた秘密の手紙だということに気づいてごまかそうとしているのだ。
手紙もしばらく受け取っていない。クリスマスプレゼントについてきたカードは手書きだったが、それ以来、彼女から直筆の何かはもらっていなかった。まあ続けてたらそのうち飽きるよね、と考えてから、こういうのがいけなかったのだと思い直す。
「
……
手紙、私はもらえると嬉しいんだけど。ミクはもう書きたくない?」
歩き出しながら恐る恐る水を向ける。ミクはきょとんとして「あ、そういえば最近書いてないかも」あっさりとしたものだった。
「や、この頃けっこう気まずい感じだったし、手紙書こうとすると必ず約束破りについて書くことになっちゃうから、なんか書きにくかったっていうか」
謝るならちゃんとしたかったし。またミクがシュンとしてしまう。まさかキス一つがここまで重圧になるとは思いもよらなかったので、ルカもなんとなくドギマギしてしまって有耶無耶にしたくなる。
子猫がソファから飛び降りようとしている光景が、周囲から見てどれだけ微笑ましかろうと、子猫自身にとっては一大事なのだ。
「ルカさんの誕生日、バースデーカード書くよ」
「あ、ああ、うん。ありがとう」
無自覚に取り繕うような笑顔になってしまって、ミクもそれに気づいた。
訝るような視線を受ける。
「なに?」
「
……
もしかしたらお祝いしてもらえないかもって思ってた」
「はあ!? なんで? わたしそんなに薄情に見える?」
「そうじゃなくて
……
」
すごく言いづらい。
つないでいる手に力がこもる。物理的な圧力と、隣から届く視線の圧力。
脂汗でも流れているような気になりながら、ルカが口を開く。
「
…………
ふ、フラれるのかなって
……
」
「はあぁぁ!?」
素っ頓狂な声が上がって、痛いくらい手を掴まれた。耐える。
「なんで! ありえないんですけど!」
「
…………
」
「えーないない、ありえない。なんでわたしがルカさんふるの? 逆ならともかく」
「え、そっちもないよ」
「
…………
」
二人で照れた。
冬の夜は空気が張り詰めていて少し息苦しい。緩んだ手のひらにぬくもりが宿る。
駐輪場にはもうミクの自転車しかなかった。他の利用客はとっくに帰っている。ミクの手を離そうとしたら、少しだけ抵抗にあった。「?」訝しげな視線を送ると、ミクの眉が下がっているのに気づく。
ふいにミクがあたりを見回した。どうしたんだろうと思っていると、満足したのか首の動きを止めてルカのコートを掴んでくる。導かれるままに駐輪場のかげへと移動したあたりでミクの思ってることが読めた。
たぶん、ルカが思っていたことと一緒だった。
「ルカさん、もうお仕事終わったよね」
「そうね。帰るところだし」
周囲に人の姿はない。
「ということは、今は司書のルカさんではないわけだよね?」
「そういうことになるわね」
駐輪場のかげは薄暗くてひと目につきにくい。
「つまり、わたしが独り占めしてもいいルカさんってことだよね?」
「もちろん」
華やぐかと思われた彼女の表情はしかし、喜びを噛みしめるように瞑目していた。
胸に飛び込んでくる。お互いにコートを着ているからぬくもりや柔らかさは伝わらないけれど、それでも「触れている」と思える抱擁だった。
子猫のグルーミングみたいに頬をこすりつけてくるミクを、ルカは羽毛の軽やかさで受け止めた。
「好き」
「うん」
「そばにいたいよ」
「うん」
「離れたくない」
「うん」
「ちゃんとわたしの言ってること聞いて」
「わかった」
彼女が子どもの領分をはみ出さないように気をつけていた大人たちは、実際にはずいぶん彼女を馬鹿にしていた。
「ごめん」
「許す」
ふふ、と小さくミクが笑い、つられてルカも同じように笑った。
「わたしも約束破ってごめん」
「ううん」
なんであんなに焦ってたんだろう。彼女は日々こんなにも成長しているのに。
きっと追いつかれるのなんてすぐなのに。
愛しくて愛しくて、腕の中にいる少女が消えてしまわないように引き寄せた。
「フラれることを怖がるなんて、初めてだったの」
「そうなの?」
「うん。ミクが私から離れるかもしれないって思ったら、怖くて仕方なかった」
ミクはルカの臆病を責めなかった。信じろとも言わなかった。
ただ、ただ、首にまわした腕の強さを確かにした。
「どうしたらいいか、分からなかった」
「わたしも」
「ちゃんと言えば良かった。離れたくないって」
「うん」
死がふたりを分かつまでと宣言することに意味はなかった。
雪のない冬、二人はただそばにいたいと願っていた。
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