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黒竹
2022-05-30 21:09:37
18238文字
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七センチは高すぎる?
【ルカミク】
「ワンルームでも広すぎる」の続編。察するなんて難しすぎるよね、というお話。
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「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。」
読みながら声が震えていないか心配になる。たった一人の視線が痛い。拍手が上がって、彼女の手も打ちつけられているのを横目にとらえて肩の力を少しだけ抜く。膝の上の子どもは寝てしまっている。母親が礼を言いながら子どもを抱き上げる。膝がずいぶん軽くなって、ソファの柔らかさにやっと気づく。
朗読会は第一部がセロ弾きのゴーシュ、第二部がよだかの星だ。間には二十分の休憩を挟む。そのまま帰る親子連れもいるし、外の喫食スペースで一息入れる人もいるし、絵本コーナーに向かう子どももいた。
ミクがその間を縫ってルカの前までやって来た。「こんにちは」「こ、こんにちは」まさか来るとは思ってなかったので、様々な感情が渦巻いて声が上ずる。ひっくり返らなかっただけ上等だと思いたい。
メイコに叱りつけられてから、ルカは図書館での振る舞いを決めかねていた。始まりからして身内のノリが強かったからついそのつもりでいてしまったが、メイコの指摘ももっともなのだ。ここはどれだけ気安くてもルカの職場であり、ルカは職員としての振る舞いを求められる。分かっていたつもりだった。
数日に一度程度の逢瀬だった己がこうなるのだ、社内恋愛とかしている人はいったいどうしているんだろう、などと益体もないことを考える。ミクとは目を合わせない。ある種の逃避行動だった。
ルカはにげだした!
しかしまわりこまれてしまった!
ぐいっと頬を包まれた。むすっとした顔が眼前七センチに据えられている。ルカはまだ態度を決められない。
「別れるつもりとかないから」
「えっ、は、はい」
「だ、だから、ルカさんも他の人好きになったりしたら駄目だから
……
」
強気だったのは一言目だけで、そこからどんどん声が小さくなって、しまいには消えてしまった。特にそういう予定もなかったので、いきなり心変わり禁止を言い渡されたルカはぽかんとするしかない。
七センチなんて至近距離だ。彼女のまつげが震えているのさえ見える。
少し前のめりになるだけで触れられる距離。
前のめりになったせいで失敗した巡音ルカは、それを教訓にむしろ引いた。
とりあえず、別れる羽目にはならないらしいので安心する。
「だいたい、みんなずるい。なんでわたしだけルカさんに会っちゃいけないの。わたし、ルカさんの、かっ、彼女なのに」
「ああ待って待ってミクちゃん、周りに人がいるのね、小さい子もけっこういるし、ちょっとそういうプライベートな話は後にしてもいいかな?」
「こっちが子どもだと思って勝手なことばっか言わないで。大人の都合でわたしを振り回さないで。自分のことは自分で決めたいし、ルカさんとのことだってルカさんと話して二人で決めたい。そうできるように頑張るから、勝手に決めないで」
わたしだってちゃんと謝りたい。湿ったつぶやきが耳元に落ちて、ルカは喉の奥で音を押しつぶした。
彼女は子どもだ。まだ十六歳で、はじめての恋で、社会の都合なんて知りもしない。
それでも、生きていて、考えていて、ルカの恋人だった。
彼女はずっと怒っていた。ルカは自分が怒らせているのだと思っていたけれど、本当はそうではなかった。
本当に彼女を怒らせていたのは。
「
……
そっかあ」
抱きしめる代わりに彼女の長い髪を梳く。「そうだね。私たちで決めれば良かった」言いたいことを言えずにいたり、言うべきことに気づかずにいたり。
それならもっとちゃんと話し合って自分たちで決めれば良かったのだ。そうしていたらたとえ結論を間違えてもこんなふうに傷つきはしなかっただろう。
「大人なんだから」と非難されて傷ついて、「子どもなんだから」と許されても傷ついて。
それでちょっと、お互いに痛くて進めなくなって、足並みが揃わなくなってしまったんだろう。
ミクの髪に指先をすべらせる。その感触すらなんだか懐かしかった。
「ちゃんと話そう? 私ももう背伸びしてなんでも分かってるような振りするのやめる。ミクが何を考えて、どう思ってるか、本当はぜんぜん分かってなかったから」
「背伸びしてたの
……
?」
「うん」
「それじゃますます追いつけないじゃん
……
」
「ごめん」
ぐずぐずと鼻を鳴らすミクを慮って事務室を開けようかと提案してみたが、彼女はこのままここにいたいと言うので、ひとまず朗読会の隅に座ってもらった。
休憩していた子どもたちも戻ってきて思い思いに座ったり立ったり歩いたりしている。
離れる前、湿った声でミクが言った。
「よだかの星、宮沢賢治で一番好きなの」
そんな事も知らなかったのだ。
「ルカさんの声で聞きたい」
そんなふうに言われたら、些細な羞恥心など打ち捨てて良い。
『すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。
そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています。』
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