黒竹
2022-05-30 21:09:37
18238文字
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七センチは高すぎる?

【ルカミク】
「ワンルームでも広すぎる」の続編。察するなんて難しすぎるよね、というお話。

 巡音ルカが初音ミクちゃんとお付き合いを始めて六ヶ月を数えようとしていた。ルカは就寝前の歯磨きをしながら、何度目かも分からないが「はて」と首を傾げる。
 ここ数ヶ月、就寝前だけではなく朝昼と念入りに歯磨きをしている。もちろん日々の身だしなみとしていつもするべきことだが、歯磨きから口臭ケアスプレーから胃で効くタブレットから、やや過剰気味なほど手入れを続けて幾星霜。言いすぎだがルカの気分的にはあながち遠くない。
 口をゆすいでタオルで拭う。鏡に不本意そうな自分の顔が映っている。
──いやいや、いくらなんでも心狭すぎでしょ。
 ほんのり浮かびかけた不満が形になる前に打ち消す。大人なので自分のテンションは自分でコントロールするのだ。大人なので。
 バスルームの中におまけのように取り付けられた洗面台へ両手をついて、目を閉じる。テンションをコントロール。
──一ヶ月の約束じゃなかったっけ?
 大人だからといってなんでもできるわけではない。
 考えまいとしていたセンテンスがうっかり頭に浮かんでしまって、ルカは瞑目したまま胸のもやもやに支配された。
 四ヶ月ほど前にミクとした約束は未だ果たされていない。無論、ルカとてあの約束が子供じみたものだという自覚はあった。恋愛指南書ではキスは三回目のデートで、などと書かれているらしいが実際にそんなものに倣う必要はないし、生まれてこのかた倣ったことなどない。わざわざ「このへんでキスをしましょう」なんて合意を取り付けることなどないのだ。ただ自然にまかせてお互いの気持ちを通じ合わせれば良い。
 悪手だった。そうすればよかったのに。
 つまり、なんというか、「待ちきれなかった」のだ。ルカが。
 十六歳というのは微妙なお年頃である。初めてのお付き合いだと言っていたからそこはやはりこちらがリードするべきだろうとやや張り切ってしまった感は否めない。
 張り切りすぎて前のめりになり、むしろ相手に引かれてしまった。
 そしてその距離を縮めることもできず、ハグと手つなぎデートだけで年をまたいだ。
 こちらが思っていた以上に彼女はそれを意識してしまって、約束していた期限の前後一週間は顔も見せてくれなかったし、メールもなかったし、やっと会えたかと思ったら二人きりになるのを避けるし、クリスマスが近づくにつれて募っていったルカの焦りといったらなかった。このままでは「家族でパーティーをするから」みたいな理由でデートを断られるんじゃないかと思ったくらいだ。幸い、パーティーは夜からで、日暮れまで一緒にショッピングしたりカフェでお茶をしたりできたし、帰り際にプレゼントももらえたけれど。
 でもやっぱりなんだかギクシャクしている。
 部屋に戻り、ベッドへ仰向けに倒れ込む。
「つら……
 とうとう声に出てしまった。
 つらい。
 キスができないのがつらいのではなく、己の浅慮な行動のせいでミクを困らせてしまったのがつらい。
 十六歳。
 ルカはとうに過ぎ去ったその頃を思い出す。
 違いすぎてなんの目安にもならなかった。
 なんならキスとかその頃には済ませてたし。
「やっちゃったなあ……
 大人だ大人だと自分で言うなら、最後まで大人らしく振る舞えば良いのに。それは子どもが思う大人、ということだ。それができないなら最初から背伸びなんてしなければ良かったのだ。
 そうだ。
 背伸びしていた。彼女に対して。
 別に社会人だからって完璧な大人なわけじゃない。間違えるし寝坊するし叱られて涙も流すし恥もかく。それらを隠してなんでもできると思わせておいて、いざ自分の思い通りにならないことが起こればこの体たらくだ。
 キスなんてお互いの気持ちが通じたらすればいい。
 ミクはなにも悪くない。
 ピカピカの歯の間から、暗く澱んだため息がもれた。