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黒竹
2022-05-30 21:05:34
20516文字
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ビブリオテイクは狭すぎる
【ルカミク】現パロ。
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「ルーカーさん。ブログ見てくれた?」
弾んだ声に顔を上げてみれば、期待に胸を膨らませた(ただし物理的影響は皆無の)ミクがこちらを覗きこんでいた。「もちろん」頷いてみせると彼女の笑顔がさらに輝きを増した。
「すごくしっかりした文章を書くのね。読書量って書く方にも響くんだってしみじみ思ったわ」
「そうかな?」
ルカは読んでいた文庫を閉じた。休憩時間なのだが利用者が一人もいなかったので、閲覧ブースでのんびり読書をしていたところだったのだ。初めて読んだのだけどなかなか面白くて、ミクが近づいているのにも気づかないほど熱中してしまった。
ちょうどいい、とルカは持っていた文庫本を掲げて見せる。
「ミクちゃんがブログで褒めてたから読んでみたけど、本当に面白いわ。ミステリって詳しくなかったけど、他のも読んでみたくなっちゃった」
「あっ、その人のわたしも大好きなのっ。こないだ出た短編集も良かったですよ」
ミクの口調が先日より親しげになっている。本という媒体を介して距離が縮まったのだろうか。
それからブログにいつもコメントをくれる人のことだとか、ミクの学校での様子などを話の種にして語り合った。今日は補修を受けていたそうだ。そのため制服姿である。「成績悪いの?」「違いますっ。苦手科目の復習のために補講入れただけだもん」
じっと座っていても暑いのか、ミクが制服のネクタイを緩めて、ブラウスのボタンも二つ目まで外した。汗で頬に髪の毛がはりついている。ルカは何の気なしにそれを指で払ってやった。「わっ」静電気でも走ったみたいに首をすくめるミク。
「あ、ごめんなさい」
「ううん、ちょっとビックリしただけ」
「触られたりするの苦手?」
「
……
そういう、わけじゃないけど」
いきなりで驚かせてしまったか。ポケットからハンカチを取り出して、彼女の額に当ててやる。ミクは伏し目がちになって動かずにいた。少し顔を上げている。
うぅん、とルカは胸中だけで唸った。
「ミクちゃんって天然?」
「へ?」
「あまり人前でそういう顔しない方がいいわよ。キスでも誘われてるみたい」
ミクが派手な音を立てて椅子ごと後ずさった。「な、なななっ、い、そん
……
っ」何言ってるんですか、そんなことしてません、といったところだろう。引きつれたぶつ切りの抗議にルカが喉を鳴らす。
深い呼吸を何度かして落ち着きを取り戻したミクが、軽く唇を尖らせながら睨んできた。
「もー、ルカさん、さっきからビックリさせすぎ」
「ミクちゃんって意外とからかい甲斐あるのよね。つい楽しくなっちゃって」
「そーゆーからかい方禁止ー。慣れてないんだから」
冗談交じりに両手を合わせて謝ると、彼女はふっと小さく吹きだした。
じゃれあいながら、内心ではルカもビックリしていた。
ほんとにしたくなった自分に。
ははは、いやそんなまさか。高校生の、しかも女の子に。
「いつも丁寧に結ってるわよね。お手入れとかも大変そうだし」
さりげなく、そんな気の入らない台詞で、彼女の警戒を解こうとする浅ましさ。
ツインテールの片方に指を差し込んだけれど彼女は嫌がらなかった。
「特になんにもしてないけどなー。ルカさんこそツヤツヤで綺麗じゃないですか」
いやいやそんなはずは。寂しい司書の話相手をしてくれているだけの無邪気な女の子に。
ボタンの外されたブラウスから鎖骨が覗いていて、思わず目をそらした。
「あのね」
「なんですか?」
「ガラスを引っかく音って好き?」
「はい?」
ミクが困惑気味に首をかしげる。「好きじゃない、っていうか、苦手ですけど。ぞわーって鳥肌立っちゃう」
そうよねと首肯するルカに、彼女はますます不思議そうな顔をした。
「私、紙に何かを書いてる時の音が苦手なのよ。何か理由があるわけじゃなくて、生理的に苦手」
ペン先と紙の擦れる音。昔からそれが嫌で堪らなかった。テストの時など苦痛でしょうがなかった。それから、夏休みの図書館。みんなで集まって勉強会をしよう。そんな提案を誰かがして、延々と何時間もあの音に囲まれた時などは倒れるかと思った。
だからルカにとって、高校生はあの音と密接不可分だった。受験生が朝から夕方まで居座ってひたすらペンを走らせている光景に耐えきれず、その音と無縁のここへ異動願いを出したのだ。
「でも、ミクちゃんはあの音とイメージが重ならないのよね」
「あはは。書くより読んでる方が多いからかな?」
苦笑するミク。「そうかも」ルカは彼女の長い髪をずっと梳いている。
話し方がフランクになったせいで彼女との間にあった薄い殻が剥がれたように思えた。だからこんなにあっさりと触れることができる。
衝動。
どうしよう。
うなじとか耳とか首筋とかにさわりたい欲求を大人の理性で抑えこみ、そっと手を離す。
「あ、休憩もう終わりだわ。それじゃミクちゃん、ごゆっくり」
「はーい」
椅子から腰を上げて事務室へ戻る。上司は奥のデスクで書類になにか書きこんでいた。こちらを気にもしない。うら若き女性職員と二人きりだというのに誘いをかけても来ない彼は愛妻家である。
給湯室に逃げ込んで、深い深い溜め息をついた。
「
……
可愛い子だとは思ってたけど
……
」
まさかそういう意味の好意だったとは驚きだ。女の子にそんな感情を抱くなんて生まれて初めてである。
だからどうしていいか判らない。経験はなんの役にも立たない。これではまるで恋に触れたばかりの中学生だ。
役に立たない経験は、けれどそれが気の迷いでないと判断する材料にはなってしまう。
色々と思い返してみる。
初めて彼女が来たときのこと。少し緊張気味に登録用紙を差し出して来て、小さく会釈をされた。流麗な大人びた綺麗な字で、『初音ミク』と書かれたそれ。
名前の響きが似てるね、と話しかけたら一瞬きょとんとして、こちらが名乗るとどこか嬉しそうな笑顔になった。
宿題が難しいと愚痴をこぼす姿とか、たまに飲み物を差し入れてあげた時のふにゃりとした笑顔とか。
音のしない静かなたたずまいとか。
こうしてみるとブログの一件だって無意識の打算が働いていたように思える。打ち込むのが面倒だなんて言い訳をして、彼女とのつながりをほしがった。
「これから、どんな顔で会ったらいいのかしら
……
」
どんなふうに笑ったらいいのだろう。どんな声で話したらいいのだろう。どんな距離感でいればいいのだろう。
答えは出ない。
コーヒーを入れてから給湯室を出ると、上司はまだ書類に向き合っていた。
席について、はああぁぁっと重苦しい息を吐いたら、さすがに彼も怪訝そうな顔でこっちを見てきた。
閉館を知らせるアナウンスが流れる。今日の来館者は二十人ほど。まあ通常営業だ。
ミクはあれからずっと読書をしていたようで、最後の方に本を抱えてやってきた。
どさりとハードカバーの山を置いて、「お願いします」いつものように言ってくる。
「こんなに持って帰るの大変じゃない?」
「自転車のかごに入れちゃうから平気」
眩しいほどに健康的だ。電車移動に慣れてしまったルカは、自転車など乗らなくなって久しい。
貸出処理を終えてから、「あ、そうそう」思い出して真新しい名簿を取り出す。
「名簿が古くなっちゃったから、新しいのに転記することになったの。ここに名前と生年月日だけ書いてくれる? 前は私が書いてたんだけど、最近はこういう署名って本人じゃないと駄目なんだって」
「え
……
」
なぜかミクの表情に影が差した。
「ミクちゃん?」
怯えにも似た面差で名簿を凝視するミク。ルカは訝しげに呼びかけるが、彼女は応えない。
別に難しい要求ではない。ただ名前と生まれた日を書き込むだけだ。キャッシュカードの暗証番号を書けと言っているわけでもないのに、どうしてそんな顔をするのだろう。
「あ、あの
……
」
「どうしたの? あ、ペンならここに」
「ごめんなさい!」
カウンタに置かれたままの本をそのままにしてミクは走り出した。「え、ちょ、ちょっと!」慌てて追いかけようとするがカウンタが邪魔してすぐには動けない。その隙を突いてミクはあっという間に見えなくなってしまった。
残されたルカは呆然とする。
「どういうこと
……
?」
最後に叫んだ『ごめんなさい』が、意図が判らないだけにまるで自分の気持ちに対して言われたようでショックだった。
想いを告げたらあんなふうに逃げ出すのかもしれない。
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