黒竹
2022-05-30 21:05:34
20516文字
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ビブリオテイクは狭すぎる

【ルカミク】現パロ。


 少なくとも週二回は必ず訪れる少女がいる。
 ここから自転車で三十分ほどの高校に通う子で、自宅もその近くらしいといつかの世間話で聞いた。
「こんにちは」
 返却カウンタにやって来た彼女がルカを見つけてぺこりと頭を下げる。「こんにちは」上限八冊の本を受け取った時、彼女の前髪が汗で張り付いているのに気がついた。
 夏はもう盛りだ。
「ミクちゃん、少し焼けたんじゃない? 日差しが強いし、ここに来るだけでもそんなふうになるのね」
「んー、日焼け止めとか、なんかベタベタして好きじゃないんですよね。でもルカさんの美白っぷりを見てると、ちょっと考えちゃうかも」
「私は外に出てないだけだけど」
 軽く苦笑する。ルカが暮らしているマンションは駅から徒歩五分、図書館前までは地下通路が通っているから日光にさらされることもなく、仕事中はほぼ屋内業務だ。本たちでさえ週に一度の虫干しで太陽の下にいるというのに、少々不健康だと思わなくもない。
 それに比べたら彼女のうっすら焼けた肌の方が、よほど健康的で美しい。
……はい、返却承りました」
 昔ながらの貸出カードをミクに返す。彼女はそれをパスケースに入れると、借りる本を探しに書架の列へ消えていった。
 巡音ルカと初音ミク。彼女とはなんとなく名前の印象が似ていることがきっかけで仲良くなった。あのくらいの年代の利用者は少ない。最新刊や人気の小説などを求める人はみんなもう一方の図書館を利用して、ここに来るのは建物自体に愛着のある人か、向こうでは遠すぎる、つまり一人で遠出するのが難しい年配者か、あとは古い資料を探しに来る一見さんくらいだ。
 だから彼女は目立つ。溶け込んでいるのに、いるとすぐに判るくらいに。
 あちらの図書館ならミクくらいの子を対象にした少女小説なども扱っているのに、と以前尋ねたことがある。そういうのは買っちゃうから、と彼女は答えた。確かに、いつもミクが借りていくのは値段の張るハードカバーや全何十巻とかの長編ばかりだ。
 そういえば、と貸出記録を引っ張り出して見返してみる。今は全部で三十冊ほどの時代小説を追っているようだ。この前はルカが生まれる前から続いている児童小説のシリーズだった。いまいち好みが掴みにくい少女である。
 ただひとつ確かなのは、彼女が大変なビブリオマニアだということだ。
 ルカも人並み以上に読む方ではあるが、彼女には敵わない。貸出カードは二ヶ月もすればいっぱいになる。
「若いのにすごいわよね……
 うっかり呟いて、なんだか自分が老けこんだように思えて軽く自己嫌悪した。
 はあ、と溜め息をひとつ。
「年なのかしら」
「なーに聞き捨てならないこと言ってるの?」
 不意に届いた声に慌てて顔を上げる。悪戯な笑みでこちらを見つめてくるメイコと目が合った。彼女はルカより何歳か年上のはずだ。
「い、いえ、大した意味があるわけじゃ」
「まー女子高生にはどう頑張ったって太刀打ちできないわよねー。あの瑞々しいお肌。あたしはもう取り戻せないわ」
 自重気味な台詞ながら、そんな感情はつゆほども見えない口調だった。
……メイコさん、なんだか楽しそうですね」
「さっきちょっとね」
「何かありました? 今日は特に展示もイベントもありませんけど」
 「そういうんじゃないのよ」パタパタと手を振るメイコ。さて、それでは気の置けない知人とでもいたのだろうかと見回してみるが、今日はあの老人もいないし、誰かと連れ立っている様子もない。
「宝探しみたいなもの。この間は後れを取ったけど、今回はあたしの方が早かったみたいね」
「なんのことですか?」
 首をかしげるとメイコは一冊の書名を口にした。
「それがなにか?」
「暇があったら見てみて。他にもあるから探してみるのもいいかもね」
「はあ……?」
 他にもあるとはどういう意味だろう?
 メイコはそのまま帰っていった。彼女にとってここは休息場のようなもので、本を借りていくことはほとんどない。常々音の中にさらされているから、こういう静かな場所が逆に心地よいのだと言う。
 メイコがドアの向こうに消えた直後、ミクがとてとてと寄ってきた。「なんの話?」通りがかりざま耳にして興味をひかれたようだ。
「私も良く判らないんだけど、宝探しがどうとか」
「ふぅん? シャッポさんと見つけたとか見つからないとか話してるけど、そのことかな?」
「シャッポさん?」
「メイコさんがよく話してるおじいさん。いつも帽子かぶってるから」
 これはまた、古い言葉を知っているものだ。近代文学も読む子だから、まあ知っていても不思議はないけれど。
「それにしてもメイコさん綺麗ですよねー。芸能人なのにそういうの全然鼻にかけないし、こないだなんか新曲のCDもらっちゃった」
「へえ、良かったわね」
「大人!って感じだし。いいなあ、憧れちゃう」
 べた褒めである。別にその言葉に異議はないのだが、なんだかちょっと、その屈託のなさに落ち込む。
 こちらといえばひなびた図書館で本の整理か老人の茶飲み話の相手をしているしがない司書。抜けるような、と言えば聞こえはいいがただ外に出ていないだけの生白い肌。対抗できる部分といったら胸の大きさくらいだが、そんなことで張り合いたくない。
 それはまあ、司書のお姉さんに憧れる要素などないだろうけど。
「ルカさん? おでこにしわ寄ってますよー」
「え? あ、ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて。ぼーっとしちゃった」
「変なの」
 ミクが微笑する。花開くような少女の笑み。
「でも、ミクちゃんだって充分かわいいと思うわよ」
 誤魔化したい気持ち半分、本心半分で告げると、ミクは予想以上に大きな反応を見せた。「ええぇぇぇ!?」
「かっ、可愛くなんてないですよ! 本の虫であんまり友達いないし流行りの服とか着ないしお化粧とかもしないしっ」
「ミ、ミクちゃん、もう少しだけ静かにしてね。他の人もいるから」
 両腕を振り回しながら強弁するミクを慌ててなだめかかる。ミクもすぐに気づいて腕と口を止めた。
 しゅんとうな垂れる。
「すみません……
「まあ、みんなあまり気にしてないみたいだから、大丈夫」
 羞恥心のためか、ミクは足早にテーブルへ向かうと、バッグと本を持ってルカのもとへ戻り、カードと一緒に本を差し出してきた。「これ、お願いします」
「また八冊? よくそんなに読めるわよね」
「遊びに行く時は電車の中で読んだりもするし、結構時間取れるもんですよ」
 少し自慢げに言う彼女に微苦笑が出た。ルカの場合、なんとなくダラダラしている時間などがあるものだが、彼女はそういう時間にいつも本を開いているんだろう。
 先ほど返したばかりのカードを受け取って書き込み、保管ラックに差し込む。
「じゃあ、期限は再来週の水曜日ね。といっても、ミクちゃんのことだから週末には来るんでしょうけど」
「へへー」
 もちろんミクは否定などしない。
「帰ったらすぐに読むの?」
「いえ、こないだ借りたので、まだ感想書いてないのがあるから、そっちが先かな」
「感想文?」
 ミクが照れくさそうに頷いた。「ブログに書いてるんです。けっこう参考になるって言われるんですよ」
「そうなの? 読んでみたいけど、だめ?」
「全然いいですよ。えっと、アドレス……
「あ、じゃあこれに」
 ルカがメモ用紙とペンを取り出して渡そうとすると、彼女は少し困り顔になった。
「ごめんなさい、さすがに覚えてなくて……。携帯に入ってるからそっち見てもらえます?」
 言われてそれもそうかと納得した。あんな英数字の羅列をいちいち覚えたりはしないか。
 それなら、とルカは自分の携帯電話をポケットから引っ張り出して示した。
「打ちこむの大変だからメールで送ってくれる? ミクちゃんの携帯、赤外線通信できるわよね?」
「あ、はい……。いいんですか?」
「なにが?」
「いえ……
 無事にメールアドレスと番号を交換し、ブログのURLも教えてもらえた。便利なツールだ。
 後でゆっくり見るつもりでブログをブックマークしていると、なにやら口をもごもごさせていたミクが意を決したような表情になって、ずいっとルカの方へ身を乗り出してきた。
「あの、ルカさん。時々、メールとかしてもいいですか?」
「もちろん。でもミクちゃん、本を読むのに忙しくてあんまりメールくれなさそう」
「そんなことないですっ。もうめっちゃくちゃメール送りますよ。スパム扱いされるくらい送り倒しますよ」
 プンと頬を膨らませてミク。それなのに、「……嘘ですけど」自分でも子供じみた反論だと思ったのか、わずかに顔を赤らめながらすぐに訂正する。
 可愛らしいな、と単純に思った。彼女はあの、シャーペンを走らせながら青春を謳歌していた学生たちとどこか違う。彼らが持っていた圧倒的なパワーを感じない。
「じゃ、スパム扱いされない程度にね」
 彼女の髪へ手を伸ばして軽く撫でると、ビブリオマニアの少女は小さく首をすくめた。
「それじゃ、失礼します」
「はい。ご利用ありがとうございました」
 空調が効いていないせいでこの季節はいつも蒸し暑いが、彼女と話していると感覚的に涼やかだ。心地良さを感じながらルカは彼女の背中を見送った。