外伝 バスカヴィルの魔犬【中編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。
前編→ https://privatter.me/page/6596ce95596b9
後編→ https://privatter.me/page/659d3ad0c5cc4

2024/1/9追記 終わりそうなので数字消しました。後編の量おかしいやん?とか言わないで。泣くぞ。22歳成人のガチ泣き披露するからな。
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スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さまのお名前や一部語録などをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


***



日が傾き始めたので私たちはバスカヴィル邸に戻った。ハイドヘカチェリーナとフィニアは山積みになっていた書類を全て片付けたようで、少し疲れた様子で食卓についている。先日の言葉通り、食客と新参者の私たち四人とで長いテーブルを囲み晩餐会となる。
昼間に会った瀬川迅一、ジョージ・ステープルトン、ステープルトンの横には気の強そうな顔立ちの女性がいた。彼女はヒトである。ベリルと呼ばれていた彼女はステープルトンの恋人らしい。彼女もまた学者であり、植物学を専門にしていると自己紹介をした。
昨日一切私の舌は味を感じてくれず(それが霊薬を盛大に盛られていたせいであるとしても)、随分と寂しい食卓だったが今日はそうではない。流石貴族家の晩餐であると言うべきか、メインは手の込んだジビエ料理、細やかな処理で舌触りが良く柔らかい味わいのポタージュスープ、どれをとっても最高に美味だった。
私はできるだけ顔に出さないよう務めたが、執事のバリモアが赤ワインを注ぎに来た際に「お口にあったようで何よりです」と微笑まれてしまったので、盛大に顔が緩み切っていたことだろう。

私の左斜め前に座るベリル・イライザは険しい表情を浮かべていた。ステープルトンはその様子を少し気にする素振りを見せるが、下手に彼女を刺激すれば怒られるだけだろうということを理解しているようで、チラチラ見るだけで話しかけることはしない。フィニアもまたベリルの様子を気にしてこわごわと彼女を見ていた。

……。何よ。言いたいことがあるなら言いなさい」ベリルは美しい顔を顰めてフィニアに言い放つ。「私、そうやって遠巻きに見られるのは嫌いなのよね」
「あ……、そ、その……気に障ることをしてしまったでしょうか……?」

フィニアはか細い声でベリルに問いかけた。食卓の空気が澱み、ずしりと重くなり始める__見かねたハイドヘカチェリーナが仲裁に入ろうとしたが、シャルルマーニュがそれを視線だけで制した。

「あんた、そんなので当主が務まるわけ? どういう思惑でバスカヴィル家の遺産を相続しようなんて思ったのか知らないけど、そんなひ弱なんじゃチャールズ卿の二の舞になるだけよ。さっさとアメリカに帰る事ね」
「ベリル! いくらなんでも失礼だろ」ステープルトンが声を荒げた。「フィニアはサー・チャールズの姪だ。それに面識もあると言っていた。彼が大事にしたものを守ろうと、彼女なりに……
「あんたとは話してないわ、ジョージ。少し黙っていて」冷たく言い放つベリル。取り付く島もないとステープルトンは肩を竦めた。
「あんたがどう思ってるのか知らないけど馬子の貴族家ってめちゃくちゃなのよ。特に貴族の連中は純血へのこだわりが尋常じゃない。原種返りできない奴を『脚足らず』とか『雑種』とか罵る連中も普通にいるし、あんたは見た目から馬子じゃないし、絶対悪意に晒されて摩耗してボロ雑巾になるのがオチよ」

ベリルは一息に言って鹿肉を乱暴に口へ入れた。
シャルルマーニュもハイドヘカチェリーナもこの意見にはどこかで同意しているのか、黙ったまま付け合わせの野菜を口に入れては噛みを繰り返して、見たことがないほど暗い顔をしていた。

「そ、それは……そ、かも、しれませんが……」フィニアは苦し紛れに声を出す。反論したいのだろうが言葉は出てこないようでそのまま黙ってしまった。
……今それを議論する場合ではないでしょう、ミス・イライザ」私は赤ワインを飲み干して口を開いた。
「どういう意味? ミスター・ワトソン」
「今彼女がバスカヴィル家の当主に適格か、ということは余計な話。問題はチャールズ卿を殺害した犯人がまだ捕まっておらず、フィニア嬢を殺害する可能性があるという事です」
「な、何よ! 私の言うことが余計な話って!」
……率直に申し上げて、今フィニア嬢が遺産を相続しないと選択しようがしまいが、犯人には関係ない。『バスカヴィル家の人間を消したい』という目標である場合、遺産相続を放棄したところでその目的が変わることは無いのだから」

私は左手のフォークで鹿肉を押さえ、右手の肉用ナイフで切り分けながら呟いた。

……ミス・イライザ。貴方がフィニア嬢を案じていることは理解しています。ですが悪戯にダートムーアから遠ざければ良いという話でもありません。仮にこの中に彼女を狙わんとする犯人がいたならば犯行を煽る可能性もある」

私は一口大に切り分けた鹿肉を口に含み、数度噛んで飲んだ。

……故に、貴方が言う当主の資格を議論することは、今に限っては無意味なのです」
「っ!」ベリルは言葉に詰まって立ち上がったまま固まった。
「それに、チャールズ卿の死には不審点が多すぎる。それらすべてを明かしてから、彼女が当主足るかどうか議論しても遅くはないでしょう?」ここで瀬川が援護射撃をした。ベリルは頭が冷え始めたのかゆっくりと椅子に腰をおろす。
……悪かったわ。……頭に血が上っていた」

渋々、と顔に書かれていたが、彼女は自分の非を認めた。明日になれば多少は納得して飲み込めているだろうとは思うが。
私は四杯目の赤ワインを胃に流し込み、出されたカシスジェラートを二口ほどで平らげた。甘過ぎない果実の味わいが口の中で解けていく。未だ残るワインの渋みが妙に舌の上で主張を繰り返していた。