外伝 バスカヴィルの魔犬【中編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。
前編→ https://privatter.me/page/6596ce95596b9
後編→ https://privatter.me/page/659d3ad0c5cc4

2024/1/9追記 終わりそうなので数字消しました。後編の量おかしいやん?とか言わないで。泣くぞ。22歳成人のガチ泣き披露するからな。
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スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さまのお名前や一部語録などをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


***



「犬の足跡にミイラ化。犯人はバスカヴィル家の魔犬伝説を知っていて、それになぞらえてチャールズ卿を殺害した。フィニアちゃんに警告したやつはこの犯人の行動をよ~~く知っていると見て間違いないんじゃないの」
……同感だ。だが……ならばなぜ私の魔力を封じる? 私の正体を知っているのはこの場でお前だけのはずだぞ」

部屋に戻った私たちは伝承が記された黒い本をテーブルに置き、用意されていた軽食をつまみながら情報を整理する。シャルルマーニュは「そうだよな」と短く返事をして頭を捻った。

「俺が犯人とグルで薬をお前に盛ったってならまあ分かるよな。俺はお前がアンシーリーコートだと知ってるから」
「だが実際問題としてそれはあり得ない。私に魔力封じの霊薬を盛れたのは、昨晩あのテーブルにいなかった人物だけだ」
「食客、コック、メイドのアンナ。ずっと会場にいて給仕をしてた若いメイド二人は除外として、執事のバリモア……そういやあのおっさん、昨日夕食会場にいたかよ?」

シャルルマーニュは天啓得たりという顔で私を凝視した。確かに彼の姿は時折消えていたが__。

「確かに彼は何度か会場を離れていたが……料理を運ぶために厨房へ向かい、すぐに皿を持って出てきていた。あの短時間で薬を誰にも見られず盛るのは困難と思うが」
「じゃあコックか?」
「私の事は後回しで構わない。今は何よりも、チャールズ卿殺害の犯人を見つけねば。フィニアにもその魔手が伸びる可能性は大いにある」
「その前にお前が大爆発したらどうすんだよ」
…………何とかするさ」


屋敷を出て周囲を散策していると、やはり昨晩の暗くどこまでも広がる暗闇と鴉の鳴き声、不安と焦燥感を掻き立ててくるような空気感は全く感じられない。私は道の端を横切っていく猫を見つける。猫はこちらをじっと見て立ち止まったので、そっと頭を撫でてやれば喉を鳴らして手に擦り寄った。随分ヒトに慣れているらしい。この広い地域全体で可愛がられているのかもしれない。
ここよりも上に行けばダートムーア国立公園へ出る。野生馬が群れを成して走っていくのが少し見えた__乗馬が楽しめる観光客向けの施設もあるようで、シャルルマーニュはそれを見て子供のように「馬だ! 馬いる!」と騒いでいる。騒いだせいか同族と思われているようで、野生馬たちがどやどやと彼の顔を見にやって来た。実際馬子は馬と同族……のようなものだから、間違ってはいないのかもしれないが。

『お、昨日やって来たヴィヴィアンの仔!』
「は?」

私は思わずその声の方向に勢いよく振り返った。黒い馬体に一部白い鬣を持つ馬がいる。サラブレッドのように細くすらりとした足ではなく、丸っこくて体高は大きくない。ポニーだ。その馬はトコトコと可愛らしい音を立ててこちらへ向かってくる。

「お! ポニーだ。めんこいなあ」シャルルマーニュはポニーの顔を撫でまわし始めた。
『わ~~』わ~、て。ポニーの馬子は体が小さいためか精神年齢も相対的に下がる。馬子なのかも正直妖しい所ではあるが。
「ポニーだな。……逃げもしない」
『それにアンシーリーコートもいる! ヴィヴィアンの仔とアンシーリーコート!』
……シャル。お前、このポニー喋っているぞ、と言ったら信じるか?」
「え!? 嘘、俺もポニーと喋りたい!」そういうやつだったな、と思い私は杖を取り出そうとした。
「しまった。今は魔術が使えないのだった」

私とシャルルマーニュのやり取りをポニーは逃げずに見ている。傍から見れば変人か気が狂っていると思われかねないだろうが、このポニーは何かを知っているような気がしてならない。下手すれば馬が証人という可能性もあるのか__と軽い頭痛がしてきた。
動物は夜目が効く者が多い。馬子は馬に形質が近い事もあり夜目がヒトよりも遥かに効き、地面と瞳孔が平行になるよう回転する者もいる(これは原種への変態能力を有している馬子に多い)。

「お前、馬子なのか?」
『そうだよ』ポニーは一言短く告げて、ずるりと溶けるように体を変化させた。「……よく分かったね? さすがはアンシーリーコートと言うべきかな」

存外にポニーは背の高い青年の姿に変わった。少し薄い色素の黒髪に白い毛束が混ざっている。白いカッターシャツにサスペンダー付きのスラックス、靴は山登りにも耐えうる安全靴だ。

「おお~……俺の友達にも原種返りするやついるけど、実際見るのは初めてだぜ」
「ホント? 光栄だよ、ヴィヴィアンの仔よ」
「その『ヴィヴィアンの仔』というのは一体何だ?」私は堪えきれず質問した。
「ああ、言葉の綾さ。馬子はみんなヴィヴィアンの仔。最初の馬子と言われている、迷信みたいな……ある種の信仰のような存在だよ。で、馬子だけが存在した文明がこのダートムーアにあったんじゃないかって言われていてね」青年は楽しそうに語った。「見えるかい? あの山の縁にある岩の室を__あれの室内の壁には未だ解読できない古代文字があるんだ。さらに言えば、あの周辺から石板や蹄鉄のようなものが出土している。でもやっぱり、馬子が馬子だけの文明を築いていたという証拠は未だに無いんだ」
「ほお~~……まあでも、古代エジプトやメソポタミア、イングランドでも馬子の王はいたんだ。馬子だけの文明があっても可笑しくはねえな」
「だろう!?」青年はシャルルマーニュの手を思い切り掴んだ。「いやあ、学会で言うと大抵鼻で笑われるんだが、実際同族にそう言われると嬉しいものがあるね! ……って、すまない。いきなり無粋だったね。僕はジョージ。ジョージ・ステープルトン。考古学者だ」
……ジェームズ・ワトソンだ。こっちはシャルルマーニュ・ハイドノーブル」

ジョージ・ステープルトンと名乗ったその馬子は、サラブレッド系の馬子の母親と人間の父親の間に生まれた半馬子だという。
私とシャルルマーニュはステープルトンと共に暫く周囲を散策し巨岩群と岩室、草原を駆ける野生馬を見て回った。私たちは膝ほどまである草を掻き分けながら、バスカヴィル邸を見下ろせる小高い丘に移動する。彼の知識と文明の謎に挑まんとする熱量は凄まじく、私は時折気圧されながらも彼の話に耳を傾けた。
話を聞いている所によると、ステープルトンもまたバスカヴィル家に食客として世話されているらしい。三ヶ月ほど前からここに滞在しており、今度こそ馬子の文明がここに在ったという証拠を掴もうと、邸宅を拠点にして周囲を調べまわっているらしかった。

「サー・チャールズには持病があったんだ。心臓が悪かった」

丁度良い高さの岩に腰かけてジョージは話し始めた。私たちも傍の岩に腰を降ろす。

「チャールズ卿の直接死因は心臓発作だった……?」私は独り言つ。ステープルトンの耳がくるりとこちらを向き、私のつぶやきを捉えた。
「僕はそう思ってる。だって呪いとか魔犬とか、非科学的だろ」
「馬子の原種返りも十分、非科学的と思うけどなあ」シャルルマーニュは耳を掻きながら言う。「でもなんでチャールズ卿の心臓が悪いのを知ってたんだよ」
「医者がよく出入りしてるのを見てたんだ。食客として同じ屋敷にいるんだから、迅一も知ってる事だ。勿論警察にもこの証言はしてる。まあ、どこまで警察がそれを信じているかは分からないけどね」
……そうか。他に何かチャールズ卿の事で気にかかることや、事件当時の状況など、知っていることがあれば教えてくれないか」
「そうだな……。チャールズ卿は酷く犬に怯えていた。バスカヴィル家に伝わる魔犬伝説のせいなんだろうけど、とにかく元々心身共に健康じゃなかった。特に精神を病んでいたし、尋常な状態だったかと聞かれればそれは違う。だから魔犬が嘘八百でも誠でも、それへの恐怖が死への一押しをした可能性は否めない」