外伝 バスカヴィルの魔犬【中編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。
前編→ https://privatter.me/page/6596ce95596b9
後編→ https://privatter.me/page/659d3ad0c5cc4

2024/1/9追記 終わりそうなので数字消しました。後編の量おかしいやん?とか言わないで。泣くぞ。22歳成人のガチ泣き披露するからな。
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スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さまのお名前や一部語録などをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。



3



__午後7時
ダートムーア バスカヴィル邸





「に……二度と乗らない……

私は生まれたての小鹿の如く細かく全身を震えさせてふらふらになりながら、ポルシェの後部座席から転がり下りた。
ハイドヘカチェリーナは『ええ! 無事故・無違反ですもの!』と、百点満点の笑顔で己の運転技術を誇っていたが、実際のところ私からしてみればクソ運転手以外の何物でもなかった。

「ミス・アマネセール!」
「__は、はい!!」思ったよりも大声が出てしまったようで、ハイドヘカチェリーナはびくりと肩を震わせた。
「帰りの、運転は、私に、一任して……くださいね」
「は、はい……

あまりにも私の形相が恐ろしかったのか、ハイドヘカチェリーナは細かく震えながらぶんぶん頭を振って頷いた。

バスカヴィル邸はプリンスタウンという街から少し先の丘の上に建っている。幸い道がしっかり通っているのでそこを車で行けば良いのだが、いかんせんハイドヘカチェリーナの運転は荒く、小石と砂利でガタガタしている道なのに高速で四方八方へ三半規管を揺さぶられ、私は完全に正気を失っていた。
三人の顔をちらりと伺ったが、皆けろりとした顔で玄関ホールへ入っていく。
何故か私だけが死にそうな顔をしている。おかしいのはやはり彼らの方らしい。

私の様子を見かねたシャルルマーニュが荷物を代わりに持ち、肩を貸してくれる。その優しさは有り難いが、こいつもこいつで運転はめちゃくちゃだ__以前助手席に乗せられた際の地獄を思い出して胃が痛んだ。
運転手役にホークアイを引き摺ってでも連れてくるべきだったか。ホークアイは流石に警察官なだけあって運転が上手い。時折法定速度を平気な顔でオーバーして走るが。

「皆様、フィニア様、お待ちしておりました。当館の執事をしております、バリモアと申します」老執事は丁寧な口調で恭しく礼をした。「こちらは妻でメイドのアンナです」
「ご夕食の準備、お風呂の準備もできてございます。食客の皆様は各自お取りになるとの事でしたので、明日の夕方に食客の皆様とで晩餐会をと、考えておりますが……

アンナは柔らかい語気でフィニアに提案した。先日から思っていたがどうやら彼女はかなり優柔不断で、周囲の意見を優先するきらいがあるようだ__純血貴族の当主が彼女に務まるのか、少し心配になってくる。

「駄目だぜ、フィニアちゃん」シャルルマーニュが唐突に声を上げた。
「え……え、えと、すみません」
「あー、そうじゃなくてだな。いい? フィニアちゃんは今この場において一番偉い人なわけよ。バスカヴィル家の新しい当主なんだからな」シャルルマーニュはそう言って腕を組み、わざとらしく咳払いをした。「当主ってのは時にはこう、ビシッと決めるのも大事なわけ。フィニアちゃんがどうしたいか、でいいんだ。俺たちはそれに従うよ」
「癪ですけど、ここはシャルの言う通りです。フィニアさん。ちょっとずつ慣れていけばいいのですからどうか気兼ねなく」

ハイドヘカチェリーナの言葉の後、フィニアは少し考える素振りを見せた。そう言われてもやはり慣れないのだろう。彼女を待っていると、先に彼女の胃袋が根を上げてしまった。

「は、恥ずかしい……
……確かに、五時間ぶっ通しで高速ドライブは堪えるものがあったでしょうね。パーキングエリアにも寄らず、飲まず食わずでしたし」


私も正直なところ胃に何か入れておきたかった。日が完全に落ち切る前に屋敷を調べておきたい気持ちもあったのだ__面倒事は早々に片付けるに限る。

食卓は随分と静かで、壁やカーテンの色調とも相まって妙な不安感を掻き立てられた。長いテーブルに置かれた燭台、天井から吊るされたシャンデリア。壁に掛かった人物の油彩画が嫌に威圧感を感じさせ、急に息苦しさを覚える。
私はシャルルマーニュの右に座って運ばれてくる料理を味わったが、部屋の雰囲気のせいなのか、それとも疲れのせいか味が全くしなかった。給仕からワインを勧められるが丁重に断っておく。
凄えうまいわこれ、と感動の声をあげるシャルルマーニュをチラリと横目で見るが、やはり味を感じないなどと無粋な感想を抱いているのは私だけらしい。フィニアも、ハイドヘカチェリーナも和やかに談笑しながら料理に舌鼓を打っている。
全てのコースが終わった後出されたデザートはジェラートとムースケーキのセットだった。私はコーヒーを貰い口にする。コーヒーの味はわかるし、ジェラートとケーキの味もしっかりと認識できている。


……何かがおかしい)

私の舌が馬鹿になってしまったのか、それともこの料理そのものに何かが仕込まれているのか。考えすぎか、と思考は隅に追いやる。

夕食後、案内された個室の柔らかいベッドに身を投げれば、私の意識は深海へと潜っていった。