外伝 バスカヴィルの魔犬【前編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。

始まったぜ~~!!!!!! バスカヴィルの魔犬です!!!! ずっと書こう書こうと思っていたのですが行けるという確信を得たので見切り発車で書きはじめました。原作のバスカヴィル家の犬に割と忠実……です。今のところは。今の、ところは。どうなるかは作者も知らん。一応前編・中編・後編の三部構成の予定ですが、中編がどうなるか……という気持ちです。
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3
感想良ければ→https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/

スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さま、アイドアさんをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。




「ところで、お話は変わるのですけれど__フィニアさん、あの件についてワトソン先生にお話ししてもいいかしら」
「あ、そ、そうですね……

フィニアは自分の鞄から紙片を取り出して私たちの前に置いた。そこには新聞を切り貼りしたような文字列が並んでいる。

『生命が惜しいと感じるならばアメリカに行け』

文字通りの解釈をすれば「アメリカに帰れ」という事だろう。フィニアに対して何らかの警告をしている? なんの理由があってこのような怪文を。私はその紙を手に取り、ひっくり返したり貼られた単語の字体を眺めたりして調べてみた。英国には数十社の新聞社がある。それ全てと照らし合わせて調べる事は難しい。
だが私はこのフォントに見覚えがあった。朝ブラックドッグが咥えて持ってきた朝刊である。このホテル内部に手紙を出した者がいるのか? だが客室のゴミ箱全てを確認することは不可能に等しい。それにここは五つ星ホテルだ。そのような調査が認められるはずはない。したくもないが。

「文面通りに受け取るならば、ダートムーアに危険があるからアメリカに帰れ、という事でしょう」
「で、でも私は誰にも、ダートムーアに行くことは話していないです」フィニアは不安そうにハイドヘカチェリーナと私を交互に見つめた。
「だったらあれか? フィニアちゃんの行動を見張ってるやつがいる、とか」
……同感だ。細かく見張っていなければ、ダートムーアに行くことを知り得たとは考えられない。ホテル従業員に監視者がいるか、あるいは宿泊客ならば……
「けど宿泊客ったって。数百人以上いるぜ? 従業員はもっとだ。つか今時火曜サスペンスみたいな、こんなの物証が残るし足がつきやすすぎるだろ。捨てアカでメアド作ってメールする、とかの方がよっぽど現実的だ。なんでこんなやり方でわざわざ」
「読まれない可能性を考慮したんだろう。絶対に無視できないように、リスクを冒してもこの警告を彼女へ届ける必要があった」
「う~~ん……

シャルルマーニュは頭を捻っていた。私は紙を眺めながら一つの仮説に思い至る。この警告をしてきた人物がチャールズ卿殺害の犯人を知っている可能性だ。そしてその殺人犯は、フィニアまでもを殺さんとしている。だからこそ目につくやり方で警告を送った。

……一先ず、ここロンドンでフィニアさんが襲われる可能性は低いと考えて良いでしょう。この手紙を出した人物はチャールズ卿を殺害した者とは別人と思われます」私は紅茶を一口含み、軽く口腔を湿らせてから続きを話す。「もしもチャールズ卿殺害の犯人がフィニアさん殺害を目論み、ロンドンに来ているとすれば、このような回りくどい手紙を寄こさずさっさと殺害してしまえばいい。だがそうはしていない」
「そうですね。確かに私が犯人ならさっさと殺しますもの」ハイドヘカチェリーナはあっけらかんとそう言った。
「身も蓋もねえ~」
「だってそうでしょう。邪魔な存在がいる。排除したい。そう考えた時、回りくどい方法を取るよりさっさと殺してしまえばいい、となるのは……一度殺人という一線を超えた存在は、二度目に躊躇がなくなるはず」
……他に何か気になる事はありましたか?」私は三人を見回しながら問いかけた。
「あ、その、靴が……

フィニアは恐る恐る零した。靴? 今履いている靴に何か問題があるのだろうか。私はそっと視線を足元へ向ける。銀色の低いヒールのパンプスだ。

「今履いていらっしゃる靴に何か、問題が?」
「あ、いえ、これではなくて、アメリカから持ってきたもう一足があるんですけど、それが片方なくなってしまって……。緑色の五センチヒールです。足首にストラップが付いているデザインのもので」
「片方だけ? 両方じゃなく?」シャルルマーニュが目を丸くして言った。
「そうです。左足だけ、なくなって……
「え~? 片方だけ盗んでどうするってのよ」
「高価なものに見えて盗んだのであれば、両足持って行くのが自然だ。片足だけというのはかなり引っ掛かるな。……その靴は何度か履かれたんですか」
「一回ほどです。でも、それも軽く履いて室内を数歩歩いた程度です。一週間前に買ったばかりで、その……ば、バスカヴィル家の当主になる、ってことで、奮発して買った高い靴で……履く気が中々……
「そうでしたか……失礼します」

私はフィニアから見せられた、なにやらカードを受け取る。靴のブランドはブルガリだった。これは相当な、と思いスマホで検索を掛けてみた。

……三千五百ポンド…………

血の気が薄っすら引いた。私が履いている靴はブラックフライデー・セールで買った二十ポンドの合皮製。桁が二つも違う。
私とシャルルマーニュは視線を合わせて、うん、と頷く。初めて意見が一致した。絶対に探し出そう。

「ホテルスタッフに聞いたりした? 靴がなくなったってこと」シャルルマーニュは気安い態度でフィニアに聞いた。
「は、はい。芳しいお返事は得られませんでした」フィニアはしゅんと語尾を弱めた。「でも探すのを辞めたら出てくることって、よくあると思うので、一回探すのは辞めてみようと思います」
「そっか。なあヘカチェ、とりあえずバスカヴィル家にいつ向かうか決めておこうぜ。そうしなきゃ俺たちも準備が出来ねえ」
「どうしてあんたが仕切っているの!? …………はぁ……明日の午前十一時にチェックアウトの予定よ。その後に車でダートムーアに向かうわ。車はベイカー・ストリートに回します」
「五時間程か。……昼に出れば夕方にはつく。……その。ミス・アマネセール、一つ事前に聞いておきたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」驚いたようにハイドヘカチェリーナは目を丸くした。

……車の運転は、お上手ですか?」

私は苦々しい顔で問いかけた。
総じて馬子は皆なまじ足が速い故に、運転がめちゃくちゃ荒いのである。










続く