外伝 バスカヴィルの魔犬【前編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。

始まったぜ~~!!!!!! バスカヴィルの魔犬です!!!! ずっと書こう書こうと思っていたのですが行けるという確信を得たので見切り発車で書きはじめました。原作のバスカヴィル家の犬に割と忠実……です。今のところは。今の、ところは。どうなるかは作者も知らん。一応前編・中編・後編の三部構成の予定ですが、中編がどうなるか……という気持ちです。
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3
感想良ければ→https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/

スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さま、アイドアさんをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。




「じゃあとりあえずヘカチェに会いに行った方がいいよな。イド、ヘカチェが今どこにいるか知ってたりしねえ?」
「お駄賃」そう言ってアイドアは手をひらひらさせた。シャルルマーニュは馬鹿なのか、まるで犬が『お手』をするようにその手の上に自分の手を重ねる。
「え~。友達だろ~? 友達優待でなんとかしてよ~」
「おいおい、シャル。俺たちは慈善事業じゃない」アイドアは手を振り払った。
「ん~……お願い♡」
「気色悪……」私は思わず本音を口走った。
「ちょっとジェームズ!? しっかり聞こえてるけど!? 酷くない!?」
「失敬。お気になさらず、続けてどうぞ」

私は体裁を取り繕いながら言った。何故かアイドアは苦虫を嚙み潰したような顔をして唸っていたが、結局シャルルマーニュのウザさに白旗を上げたようで「連絡するから、待ってろ」と言い残して221Bを出て行った。
この牡馬、いつもこうやって市場で値切ってるのね。何となくそんな気がしてくる。
マダム受けの良い顔立ちをしているのだ__その証拠に、一階のカフェでは店主のマーサにすっかり気に入られ、しょっちゅうサービスでチョコレートドリンクを貰って帰ってきていた。

「その、ハイドヘカチェリーナって。何者なの」
「ヘカチェ? 俺の従姉妹」シャルルマーニュは勝手に私の淹れた紅茶を飲みながら答えた。
「そうじゃないわ。遺言の執行を見届けるってことは……バスカヴィル家に近い、そういう事じゃないのか、って聞いているのよ」
「ああ。いや、それはちょっと違う。ヘカチェは弁護士なんだ。馬子一族の遺産相続の調停とかが主な仕事でな……ほら、馬子って未だに割と近親交配多いだろ? だから遺産問題で結構拗れんのよ。フロントの法律を上手く適用できない場合が多くってさあ」
「成程ね……嫁いだとか言ってたけど__」
「嫁ぎ先は『渡りの一族』アマネセール家。古来はランカスター公爵家にゆかりある、超絶優良血統な一族だな。なんつうか、今は走り屋で運び屋だけど」

運び屋。その単語を聞いて真っ先に思い浮かんだのは麻薬の売人の姿だった。私が思い浮かべているものを察したのか、シャルルマーニュは慌てて「違うそうじゃねえって!」と訂正する。

「要するに飛脚……飛脚分かる? 江戸時代のさあ」
「郵便配達人ということかしら」日本史には大して明るくなかったが、飛脚という言葉はぼんやり知っていた。確か、リレーマラソンの要領で手紙を運ぶ職業だったはず。
「その認識でばっちり」

シャルルマーニュはそう言って私が残しておいたスコーンを勝手に食べた。流石にイラっと来たので、ペナンローヤーで脛を小突く。

「痛ぁい! 美味しかったです!」
「感想は求めてない。そのスコーンと紅茶、私の朝ごはんなのだけど」
「ごめ~んって、ってかそれより! バスカヴィル家だよ__なあジェームズ、お前バスカヴィル家のこと何か知ってんじゃねえの?」
「私が何でも答えられると思ってる節があるわね、お前」

私はSiriじゃないのよ、と思いながらも記憶を手繰る。少なくともホームズと共に解決した事件の中にバスカヴィル家に関するものは無かったと思われた。
現代において、純血であり尚且つ変態能力を持っているような馬子は本当に少なくなっている。それどころか純血の馬子という存在自体がレアもレアだ。だからこそ純血を固く守っているバスカヴィル家で事件が起きれば、必ず覚えているはずだ、と私は独り言つ。
第一に馬子は人間よりも数が少ないので、当然ながら純血主義を固く守ろうとすれば近親交配必須となる。結果血が濃くなりすぎて結果、家系が断絶__というような一族を腐るほど見てきた。早々に馬子の純血性に見切りをつけた日本の藤澤家は優秀といえるだろう。何せ馬子は別に、人間同士の夫婦から突然生まれるケースも無くは無いのだから。

「だって実際生き字引みたいなもんじゃん」
「そんなこと言われても困る」私は眼鏡を外して拭きながら言った。「バスカヴィルなんて家名の馬子一族、今日まで知らなかったわ。よっぽど閉鎖的なのか、排他的な一族なのか……
「うちも大概閉鎖的な一族だとは思うけどなあ」
「ハイドノーブルはまだマシなほうでしょ。マスグレイヴ家っていう純血家、調べてみなさい。すごいから」私は自分で自分の傷口に塩を塗ったくっている気分になった。
「う……うわあ……」青ざめているシャルルマーニュはそっとスマホの電源を落とした。「……しかし、純血の馬子をそんな容易く殺せるもんかあ? イドが言うには熊みたいにでかい犬の足跡があったらしいけどよ。犬が? 馬子を? いくら犬がデカくても無理だろ」
……そうね。正直私も、そこは引っかかった」

大概の馬子殺しの犯人は馬子だ。稀に人間が殺害へ至るケースもあるが、その場合は決して通り魔的犯行ではなく、パートナーや家族である場合が相当な割合を占める。さらに言えば殺害方法は殆どの場合毒殺か絞殺だ。

「バレル、この件の情報とか持ってると思うか?」
「報告は上がってきているでしょうね。一応貴族なわけでしょう、ヤードでも問題視されてるんじゃないかしら」私は他人事のように呟く。ヤードに行くのが正直面倒くさいと思っていた。「お前、やけに気にするわね。この事件」
「いやぁ、だってさあ……もしこの件を解決出来たら、イドに……ひいては『鳥の一族』にどでかい貸しが作れちゃうな~~って♡」

なんだこいつ。内心に留めておくはずの言葉は口から駄々漏れだったようで、シャルルマーニュは「なんでよ!?」と再び抗議の声を上げた。