外伝 バスカヴィルの魔犬【前編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。

始まったぜ~~!!!!!! バスカヴィルの魔犬です!!!! ずっと書こう書こうと思っていたのですが行けるという確信を得たので見切り発車で書きはじめました。原作のバスカヴィル家の犬に割と忠実……です。今のところは。今の、ところは。どうなるかは作者も知らん。一応前編・中編・後編の三部構成の予定ですが、中編がどうなるか……という気持ちです。
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3
感想良ければ→https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/

スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さま、アイドアさんをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


***



熊のように大きい犬の足跡、という言葉に私は嫌なものを感じ取った。黒犬の伝説はいくつか思い当たる節があるが、その中でも人を呪い殺す類ともなれば数は限られてくる。
真っ先に考えたのはバーゲスト__即ち黒い犬の妖精だが、この犬は死者の予言をする存在であって、死の呪いそのものとは少し異なっている。だとすれば私が契約しているブラックドッグのほうか。こちらは死の前触れとされ、呪いそのものを運ぶ。死の気配を嗅ぎつけて現れるのだ。時たまに人を助ける個体もいる。私と契約している仔がそうであるように。

「熊みたいな犬の足跡って、もうそれは熊じゃねえの? だってダートムーアって何もねえじゃん」
「熊が住むには何もなさすぎる、だろ」アイドアはシャルルマーニュに言う。「大体、そんなもんがあんな草原にいたらすぐ猟師に駆除されるだろうが」
「まあそりゃあそうか……でもその足跡って一か所にしか無かったのか? だったら見間違いの可能性も」
「シャル。俺は別に現場を見た訳じゃない。ただ使いから聞いたことを話しているだけだよ。そもそもこの件とおじい様の領地へ侵入した『猟犬』との関連があるかどうかすら分からない」

だからこちらとしても不本意ではあるが、名探偵__その代理人の知恵が必要なんだよ、そんなことを言いながらアイドアは煙草に火を点けた。
不本意ながら、ということはやはりこの牡馬の言う『おじい様』は、あの馬子なのだろう。霞色をしたあの馬子。銀色に輝く月光のような、静けさと恐ろしさを兼ね備えたあの馬子。
〝ヘルメスの鳥〟という名前を持つ、幻想の内へ還ったあの馬子の顔を私は思い出す。あれが手こずるということは相当に厄介な相手であることは間違いない。

「ヘルメスは……
「おや、その名を教えてはいないはずだが?」
「知っているのよ。昔ある事件で対立したから」私の脳裏で鳥籠がカタカタ音を立てて揺れていた。「それは今いいでしょう。ヘルメスは何か言っていなかったの」
「何か、とは?」
「お前はヘルメスの使いでここへ来たのでしょう? 何か言伝を預かっていないかと聞いているのよ」
…………シャルになら、ある」不機嫌そうにアイドアは口を開いた。
「俺!?」予想だにしていなかったらしくシャルルマーニュは素っ頓狂な声で叫び、自分を指さした。「え、何で俺……? イド……俺なんかした……?」
「いや、悪いことは何も? ただあれだ__バスカヴィル家の当主が死んだから、その遺産相続の手続きなんかをしなくちゃならないだろう。お前の従姉妹だったか……確かヘカチェとかいう名前の牝馬」
「ハイドヘカチェリーナ? あいつなら別の一族に嫁いだけど」
「そう、その牝馬が見届け人として、バスカヴィル家のお嬢さんと共にロンドンへやって来る事になっている」ふう、と紫煙が吐き出された。私はすっかり冷めてしまった紅茶を一口飲む。
「彼女たちと合流してバスカヴィル邸に行けっつうことか?」
「ざっくばらんに言えば。まあ、諮問探偵たるワトソン女史に対する依頼、そう捉えて貰っても構わない。前金は弾むが……如何かな?」

私は考える。バスカヴィル家で起きた不審死と、ヘルメスの領地へ侵入した猟犬。接点があると断じるには情報が少なすぎるが、バスカヴィル家の当主__チャールズ・バスカヴィル氏の死には明らかに不審な点がある。
第一、馬子という存在をそんな簡単に殺害することは不可能だ。
馬子は人間を遥かに凌ぐ膂力を持つ。それだけではなく、原種の馬の姿に変態する能力を持つ個体もいる他、元が幻想由来の存在である故に特殊な能力を持っている者も多くいる。だからこそ馬子の殺害は困難を極める。魔術で殺害するか、毒殺か、どれを取っても人間を殺すのに比べれば数倍の手間と時間がかかるのだ。
チャールズは純血貴族、即ち純血の馬子である。仮に原種への変態能力も併せ持っていたとすれば、それは馬子の中でも相当強い部類に入るはず。
それを恐怖や狂気の内で殺害するとなれば__。

「本当に最悪ね。碌な事にならない」

私は毒づく。このシャルルマーニュ・ハイドノーブルとかいう牡馬に出会ってからというもの、ずっと碌でもない目に合っている気がしていた。
いや、そもそも遡っていけばシャーロック・ホームズに出会った事が全ての発端なのか。私は謎に爛々と目を輝かせる名探偵の幻像をシャルルマーニュに見た。ホームズ家の血を引いているだけあってやはり顔立ちが少しホームズに似ていた。