外伝 バスカヴィルの魔犬【前編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。

始まったぜ~~!!!!!! バスカヴィルの魔犬です!!!! ずっと書こう書こうと思っていたのですが行けるという確信を得たので見切り発車で書きはじめました。原作のバスカヴィル家の犬に割と忠実……です。今のところは。今の、ところは。どうなるかは作者も知らん。一応前編・中編・後編の三部構成の予定ですが、中編がどうなるか……という気持ちです。
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3
感想良ければ→https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/

スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さま、アイドアさんをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。





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湿地帯を銀色の鬣が駆け抜けていく。一頭の馬は気が狂ったようにジグザグと向きを変えて追撃者から逃れようと、必死に足を動かした。
後方から追ってくる気配は一切なく、唯々無音の暗闇が口を開けて広がっているだけである。だが銀の馬__チャールズ・バスカヴィルはその暗闇の内側に狂気を見出し、どこまでも広がる『面』という『直線』に恐怖を感じていた。
時間の制約すら飛び越えて追撃者はやってくるように思えて、チャールズは経験したことのない恐怖に苛まれた。この世の物理法則のくびきから解き放たれたかの如き怪物は、音もなく、声もなく、微風程の気配も感じさせず、次の瞬間には命に爪を立てんと牙を剥くのだ。

「はあ、はあっ、はあっ……!!」

チャールズは慌てて馬子の姿に戻り、荒く乱れた息を整えて、ふらつく二足歩行の体を近場の岩で支えた。

「奴らは……

視界は黒に埋め尽くされ、何一つ見えるものはない。ざわざわと風で生い茂る草木が騒音を立て、ヒトよりも数十倍優れた聴覚がその音を反響させ、余計に己の孤独を感じさせた。チャールズは己の頭から生えている馬の耳をくるくる動かし、周囲の情報を得ようと必死になった。
追っては来ていない。足音も聞こえない。大丈夫だ。己に必死で言い聞かせる。

油断。

一歩前へ踏み出す。踏み出してはならなかった。その先は野生馬でさえ踏み入らない沼沢地だったのだ。力強く踏み込んだせいで左足は沼に深々と刺さり、焦って足掻くほど底へ引き摺り込まれていく。

「あ、ああ!! ああっ……、どうして……どうして!!」

一瞬、青い影が彼の視界を横切った。低い犬の唸り声が響き己の背後に迫った死の気配を悟る。ゆっくりと振り返る。後ろには犬がいた。

「あ、あ、あ、あああ!!!!!!」

犬は恐怖に怯える馬にゆっくり近づく。口の隙間から青い炎が漏れ出し、滴る涎が光を受けてぬらぬら輝いた。犬は捕食者の顔をしていた。

「く、来るな!! 来るなぁ!!」

馬は暴れる。最高潮に達した恐怖に体は制御を外れ、沼沢地の奥へ逃げ出さんと右足までもが沼に捕まった。バランスを崩した体は倒れ、沼に全身が呑まれようとしている。

「嫌だ、死にたくない……!!」

零れ落ちる哀願は誰にも聞き届けられない。
犬は黙ってその光景を見ていた。
徐々に馬の体は黒く変色していく。

「あ……はは、はははは……ははははははははは!!!!」

狂ったように笑う馬に、犬は興味をなくしたのかその場から立ち去った。馬は程なくして死んだ。だがそこは決して沼沢地などではなかった。

チャールズ・バスカヴィルは邸宅の門の前で事きれていた。
凄絶なまでの、恐怖の表情を浮かべて。