外伝 バスカヴィルの魔犬【前編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。

始まったぜ~~!!!!!! バスカヴィルの魔犬です!!!! ずっと書こう書こうと思っていたのですが行けるという確信を得たので見切り発車で書きはじめました。原作のバスカヴィル家の犬に割と忠実……です。今のところは。今の、ところは。どうなるかは作者も知らん。一応前編・中編・後編の三部構成の予定ですが、中編がどうなるか……という気持ちです。
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3
感想良ければ→https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/

スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さま、アイドアさんをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


***

2


__数刻後
ブルームズベリー・ホテル





大英博物館の傍に在るブルームズベリー・ホテルのカフェには、二人の女性がいた。片方はシャルルマーニュと同じような黒髪に馬耳、腰から伸びる尾も漆のように黒い出で立ちだが、もう片方は美しい銀髪である。完全に人の姿で銀髪というのは相当珍しい気がした。

私はシャルルマーニュが「ジェームズ」と呼んでくる事を考慮して男の姿に変身している。なぜ頑なにそう呼ぶのかは聞かないし、特段気になりもしないが、女の姿のまま男の名を呼ばれるのは少々違和感があるだろう。

さっと立ち上がって礼をした黒い馬子の女性__恐らくこちらがハイドヘカチェリーナ・アマネセール女史だろう。私は軽く礼をして二人の前に座り、シャルルマーニュは遠慮なく私の隣の椅子を無造作に引いて座った。
ハイドヘカチェリーナは嫌そうに顔を顰める。シャルルマーニュはさらりとその視線を受け流し、滑るようにやってきたウエイターにコーヒーを注文した。

「お初にお目にかかりますわ。私、ハイドヘカチェリーナ・アマネセールと申します。弁護士です」丁寧に彼女は名刺を差し出した。私は頂戴します、と受け取り、自分の名刺が一切ないことを思い出す。
……申し訳ありません。名刺を持っておらず……ジェームズ・ワトソンと申します。一応、」
「諮問探偵でいらっしゃることは、スコットランドヤードを通じて存じ上げておりますわ」
「そうでしたか」私はほっとして彼女の方を一度見、銀髪の女性へ視線を向ける。「それで、こちらが__」
「は、はい。……フィニア・バスカヴィルと申します。システムエンジニアです。アメリカから来ました。……その……急にこんなお話が転がり込んできたものですから、正直まだ良く状況が掴めてないといいますか……
「ワトソン先生、何か注文されます? そこの驢馬は勝手に何か頼んだようですけれど」

驢馬って。馬子界隈の悪口は良く分からない。ハイドヘカチェリーナが相当シャルルマーニュを嫌っている事は良くわかったが。
いや、かえって驢馬に失礼では? 何となくシャルルマーニュを見ているとそんな気分になってくる。

「では、紅茶を」
「ジェームズお前、紅茶ばっかり飲んでると歯に色素沈着するぜ?」
「コーヒーだって大差ないだろう。お前が言うな」私は運ばれてきた紅茶にミルクを入れながら言った。「……本件に関して貴方と、フィニア女史と合流してバスカヴィル邸へ向かうよう依頼されているのですが、これについて貴方方は何か知っているのですか?」
「無論ですわ。回りくどい方法を取ったことはお詫びいたします。馬喰書店の方に掛け合って代理人として依頼を出していただいたんです。フィニア以外のバスカヴィル家の親族探しで忙しかったもので……本来ならば私が直接ワトソン先生のもとにお伺いできれば良かったのですけれど」
(大嘘だ……

私は内心本気でそう思った。彼女は私に直接依頼を出せば蹴られることを予め考えていた。だからわざわざあいつを寄こしたのだ__これはやり手だぞ、と軽く眩暈がしてくる。

……分かりました。それで、結局遺産を相続できるのはフィニアさんだけ、ということですね」私は切り替えてフィニアを見た。さっと視線を逸らされる。なぜか頬が赤らんでいた。
「いえ、いました。ロゼリア・バスカヴィル様という、現在アイルランド在住の医師の方ですが……連絡を取った際遺産は不要だとの事でしたから、封書を郵送して相続権を放棄する事の同意、そのサインをいただいておりますの」
「そうなの? チャールズ卿ってすんごい富豪だろ? 遺産分割してもらってもかなりの額だろ。なんで貰わなかったんだ?」
「貴方みたいな、銭ゲバじゃないってことではなくて?」ハイドヘカチェリーナは鼻で笑って言った。
……何故、ロゼリアは相続権の放棄を?」
「遺産は何も金銭的なものだけの話ではありません。土地、株式、不動産……財産と呼べるものは多岐にわたります。それにロゼリア様は旦那様と幸せに暮らしていて、七十歳にもなって今更、莫大な財産を貰い受けてもどうしたらいいのか分からないから不要、との事でした」
「そうですか……

私が聞いたら答えるのか。シャルルマーニュは何とも言えない顔で私とハイドヘカチェリーナを交互に見ていた。

……フィニアさん。お伺いしても?」
「は、はい」そっと彼女は赤らんでいる顔を上げ、私の方を見た。上がり症なのやもしれない。「なんでしょうか……?」
「貴方がバスカヴィル家の遺産を相続する……ということについてですが、この件に関係する者以外に知っている人物はいるのですか?」
「い、いえ。いません。私は幼い頃、父と母が離婚して……父に育てられました。その父も四年前に肺がんで亡くなっていて、今は独り身です。兄弟も、恋人もいません」
「よくそれで遺産を引き継ごうと思ったね!?」シャルルマーニュは素っ頓狂な声を上げた。
「おい。ちょっと黙っていろ。……失礼しました。フィニアさん、何故わざわざ遠く離れたバスカヴィル家の遺産を相続しようと考えたのですか?」
「その……チャールズおじ様とは、少し面識がありました。おじ様は馬の姿になれて……背に乗せていただいて、ダートムーアの草原を走ってもらったことがあって……帰りたくなる故郷ってそういうものなのかもしれないなあ、って思って。それに、今の会社、反りが合わなくて……辞めたかったので、いい機会ですし……」フィニアはそう言って銀髪を軽く耳へひっかけた。間違いなくヒトの耳である。「も、もちろんバスカヴィル家の遺産を相続するということは、バスカヴィル家の新しい当主になるということも理解しています。ヘカチェさんもサポートすると言ってくださいましたし、私、頑張ってみようと思って」

少なくともアマネセール家の後ろ盾__というか、庇護があるならば、バスカヴィル家は安泰だろう。相当なしでかしをしなければ。それにハイドヘカチェリーナはやり手の弁護士の様だし、彼女が協力を申し出ているのであれば何も首を突っ込む必要はない。
正直さっさとこの事件から手を引いてしまいたいのが本音なのだから。

「いいじゃん! 頑張っちゃいなよ、人生何事も挑戦だぜ」
「そ、そうですね! 頑張ります!」

フィニアはシャルルマーニュの言葉にうんうんと頷いた。