外伝 バスカヴィルの魔犬【前編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。

始まったぜ~~!!!!!! バスカヴィルの魔犬です!!!! ずっと書こう書こうと思っていたのですが行けるという確信を得たので見切り発車で書きはじめました。原作のバスカヴィル家の犬に割と忠実……です。今のところは。今の、ところは。どうなるかは作者も知らん。一応前編・中編・後編の三部構成の予定ですが、中編がどうなるか……という気持ちです。
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3
感想良ければ→https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/

スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さま、アイドアさんをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


***


「ええ、チャールズ卿の事件はこっちにも報告が上がってます」

電話越しのホークアイは声を潜めて言った。シャルルマーニュのスマホには通話時間の分秒と、にこやかに笑うホークアイの写真が映し出されている。

「それについて詳しく聞かせて欲しいんだが、大丈夫か?」
「少し待ってください。今ちょっと、取り込み中で」珍しくしおらしいホークアイはそんなことを言った。今時のスマホは性能が大変良く、周囲の音をカットする機能がついているため、電話越しの音から周囲の情報を読み取ることができない。
「悪い。かけ直すよ」
「ああ、いえ、鑑識の作業を覗いているだけです。丁度今終わったので記録室に向かいます」ホークアイはそんなことを言いながら、電話を繋ぎっぱなしにしてガサガサと何かを探すような音を出し始めた。「……チャールズ卿の事件ですが、色々と不審な点が多くあって、神秘管理局も動いているようです」
「初動が妙に早いわね。神秘管理局もこの事件を重要視しているのかしら」
「ワトソン先生! いらっしゃったなら早く言ってくださいよ!」急に嬉しそうな声を出す鷹に、私は思わず顔を顰めた。「やっと諮問探偵開業許可証をきちんと使い、諮問探偵業をやる気になってくださったんですね! これで俺は堂々と先生のお力を借りれるわけです」
「少しは自力で考えなさい。次ここに来たら窓から捨てるわよ」
「え~んジェームズひど~い、こわ~い」
「そうですよワトソン先生、ひど~い!」

喧しいのが増えた。私は苛立ちを一切隠さず、

「バレル・ユースタス・ハリー・ホークアイ。チャールズ・バスカヴィル卿殺害事件に関して簡潔に、必要な情報を全て開示しなさい」
「あっはい」ホークアイは私の剣幕に怯えたか、あっさり降参して話始めた。「報道には伏せられていますが、チャールズ・バスカヴィル卿が死亡したのは四日前の未明、深夜二時半から三時半の間と推測されています。ですが発見当時の遺体は硬直が激しく、既に死後数日が経過しているのではないかと最初は考えられていました」
「そいつはあれか? 死後硬直か?」シャルルマーニュは興味深そうに呟いた。
「はい、鑑識の見立てではそうでした。ですが、その硬直は何というか……ミイラ、みたいな風で」
「人為的に遺体から水分を抜き去ったように見えるという事?」
「その通りです」ホークアイは私の質問を肯定した。「ですが、遺体発見当時は雨で地面は泥濘み、そんな状態で遺体が発見されること自体明らかに不自然でした。結局科学捜査でこの硬直の正体に結論が付けられず、チェルシーさんが呼ばれました」

チェルシーというのは、神秘編纂課という神秘管理局の内部組織に務める魔術師の事だ。そして私の旧知でもある。語尾に「にゃ」とつけて喋り、頭からは三つの猫耳が、腰からはふわふわとした猫の尾が飛び出している。いつもダボついた白衣を着ており、そのポケットには炭酸ジュースのペットボトルが入っていた。

「チェルシーさんが言うには、チャールズ卿の遺体はやはりミイラ化しており、何らかの神秘が彼を襲った可能性があると……
「それで早々に神秘管理局が動き出したわけね」
「なるほどなあ……ミイラ、ミイラか……生命を吸えるだけ吸ってカラカラにされちまった、ってことかね」
「仔細は良く分かりません。この件は上から引き上げるようにと命令が出されていて、既に管轄は神秘管理局に移りました。俺は深追いできませんし、遺体や回収した証拠品も殆ど管理局が持って行きました」
「殆ど__ということは、残っているものもある」
「ヤードがつけた事件記録と……チャールズ卿が発見当時身に着けていた懐中時計、それからコートのポケットに入っていた紙片がありますが……どれも役に立つとは思えません」
「役に立つかどうかは私が決めるわ。後で構わないから、それを持って221Bに来なさい」

私は考え込みながら今までの情報を整理する。
ヘルメスの領地に突如顕れた『猟犬』。深夜雨降りしきる中、沼沢地に向かって何かに追いかけられ、逃げていたチャールズ卿。そして死んだときにはミイラとなって発見された。そして遺体の傍らには巨大な犬の足跡があった。一見『犬』という生き物で二つの事件が繋がっているようにも見えるが、断定はまだできない。
仮に両方の事件に十三の秘匿事項が関わっているとすれば、神秘管理局が慌てて動くのも納得はできるが。そもそも厳重に秘匿処理され、大英図書館の地下深く、三十層ある書架のさらに下に封印されているはずだ。

……もしこの事件に〝あれら〟が関わっているならば、どうやって犯人は〝あれ〟に接触したのかしら)

私は霊廟で蠢く蛸にも似た生物を思い出す。黄色の外套の下から伸びる蛸のような足。人の理解を超えた所にいる『何か』。
この世界の幻想でさえ奴らの理には理解が及ばない、冒涜的な存在たち。
その影を感じながら、私は執筆机に放り出していた軽い上着を掴み、素早く袖を通した。