ぎんちき
2023-12-21 18:35:37
44403文字
Public 再録
 

【R-18G】紺碧はやがて斜陽に染まる【再録】

当作品は以下の要素を含み、人を選ぶ内容となっておりますので閲覧にはご注意ください。
・人魚パロディ/童話「人魚姫」を基にした独自設定
・年齢操作
・登場人物の死
・グロテスクな表現(ファンタジー臓物)

2021年2月に本編をpixivにアップ(現在非公開)、同年7月に発行した同人誌の加筆修正ありWeb再録です。
遊び紙に入れていた文章や、ご購入いただいた方におまけでお渡しした短文も含まれます。

なお、作中で題にしている「月」「花」内の季節が一般的に表現される「雪月花」の季節感とズレているのは認識の上ですのでご了承ください。


追憶:花

 夕暮れ時。波打ち際。沈む太陽と良く似た髪の色をした者が、叫ぶ。
「キテレツー!」
 しかし、返事はない。
「まさか。入れ替わりで帰っちゃったとか!?」
 独り言にしては大きすぎるその声に呼応するように。海面に浮かび上がる影がある。

「いますよ。嫌味ですか」
「おー、キテレツ。久しぶりだなー!」
……さほどでもないでしょう」
「んだよ、つれねぇの!」

 口をとがらせ文句を言う丸井だが、その目元は嬉しさが隠しきれていなかった。
「おや? 見ないうちに黒ずみましたね」
「言い方! 日焼けしたんだよ、こっちより紫外線強いしさ」

 ここ数日間のことである。丸井は、家族と共に木手の故郷沖縄へ行っており、昨日神奈川に帰ってきたのだ。ふたりの言うとおり、丸井は日焼けをしていた。木手の素肌ほどではないが、どこかへ行ったであろうことは十分わかる程度に。

「あー、なんだ。それよりもさ。土産があんだけど」
「お土産?」
「そ。こっち来てくれる?」
 丸井に促されるがまま、木手は砂浜へ上がる。丸井は背負ってきたリュックサックを地面に下ろして中からひとつのペットボトルを取り出した。何も言わず木手に差し出す。

「何ですか、一体」
 サイズは二リットル。開封済みで、ラベルは剥がされている。また、中身は無色透明だ。
「海水」
「?」
 木手が訝しげに丸井を見つめた。海水なんて今も触れているとでも言いたげに。
「沖縄の!」
 柔らかな笑みを湛えながら、丸井はそう告げる。
「帰れない? んならさ、ちょっとでもそれで沖縄気分に浸れるんじゃねぇかなって……どう?」
「丸井くん……

 丸井からボトルを受け取った木手の眉間には、深い皺が刻まれていた。表情は変えずにそれを抱きかかえるようにし、表面を指先でなぞる。そんな木手の様子を見た丸井は焦るように言葉を繋いだ。

「わ、わり! こういうの、良くなかった? でも俺、お前にしてやれるのはこんくらいしか思いつかなくて──」
「あ。違います、にふぇー、にふぇーでーびる。水、だけでも故郷を体感できるというのはありがたいです。……失礼して」
 と言ったものの、その容器をどう扱えば良いのかわかりかねている様子だったので、丸井はボトルを返してもらい、キャップを回してやった。そのまま木手の手のひらに少量の海水をかけるようにする。木手は気を配りながら口元へ運んだ。
 ゆっくりと、その感触を、背景を、ひとつも取りこぼさぬように味わった。深いため息をついた後に、木手はつぶやく。

……うちなーに、帰りたい……
 その言葉自体は何度も丸井が耳にしてきた。しかし、この時以上に実感のこもったものは、後にも先にもないものとなる。丸井は返すことばを見つけられず、いや、何も言わないことこそが最善と見出し、木手が満足するまでその水をかけてやることに勤めた。

気づけば日がすっかりと落ちきり、辺りは暗くなっていた。
「あ〜、そういえば!」
……何ですか?」
 視線が交差する。

「えっと、いや。大したことじゃねぇんだけど……
「気になるじゃないですか。話しなさいよ」
 言い方こそ棘があったが、木手の声音は丸みを帯びていた。
「う、うん……旅行中、向こうの人にさ、俺は髪が赤いからキジムナー? みたいだって言われたんだけど。知ってる?」
 目線を逸らさないまま、木手は丸井から発せられたその音を繰り返した。故郷で幾度となく聞いた、その名を。

「確かに、言われてみればそうですね」
「あ、あれっ」
 丸井は動揺していた。木手の表情が苦々しげなものに変わりつつあることに。丸井の心の機微を早々に感じ取った木手は苦笑しつつ補足する。
「違うんですよ。彼ら──キジムナーたちは我々の……ええと。グルクンの頭がどうやら好物らしくてですね。流石に俺みたいなのはここまで大きくなったら食べられないみたいですが。幼少期は追われたり、仲間が襲われたり……
「あ……ごめん。辛いこと、思い出させちゃった……んだな」

 木手は首を振り、微笑んだ。
「構いませんよ。総て、自然の摂理ですから。決して辛くはないです。ただ、そうですね。ただ……最近はすっかりと平和ボケしてしまっていましたから。それで、少し感傷的になってしまったのだと思います」
「木手……

……やはり……らしく、ないな」

 木手のその独り言は丸井の耳へ届くに至らなかった。その為、丸井は軽く「どうした?」と聞き返したが、木手は曖昧にはぐらかす。
 喜ばせようとしたことが裏目、とまではいかずとも思った成果を挙げられず、どうすべきか悩む。丸井はできるだけいつも通りに努めようとポケットを漁り、そこに入れられていたガムを口に含んだ。グリーンアップルの香りが彼に冷静さを取り戻させる。

(いつか。キテレツと沖縄に行けたらいいんだけど)
 難しいことかもしれないが、叶えばいいと神奈川の海に願うように、思った。

「あ。そうだ」
「まだ何かあるんですか?」
 小首を傾げながら、木手が丸井の方を向く。丸井はスマートフォンを取り出していた。
「いやさ。いろいろ写真撮ってきたからそれも見てもらおうかなって。ほとんど食べ物だけど……風景とかも撮ってきた」

 そういえば、木手と出会ってから景色をよく見るようになったかもしれないな、という気づきが頭の片隅で沸き起こる。まぁそんなことはもっと後に考えればいいか、とも。

「これこれ。やっぱ沖縄と言ったらさ、こういう感じだよな。青い海と空、白い砂浜に真っ赤なハイビスカス! みたいな」
 丸井の差し出した画面をしげしげと眺め、眼鏡を上げる。
「陸に近寄ったことはないので、俺の考える『沖縄』とは異なりますが……
 目を細めて、続ける。

「でも、そうですね。何となく懐かしいような気持ちがします」
「しっかし青と赤っていうと。俺たちみたいじゃね?」
…………はい?」

 唐突な物言いに、木手はまた眉間に皺を寄せた。丸井ほどの変化はないが、彼も中々に感情が表へ出るタイプではあった。
「ほら、お前の尻尾の色と、俺の髪色が……わ、ちょい待てって! 何でそこでキレんだよ〜」
 怒ってないですよ、と口では言うが木手の尾が徐々に色を変えつつあるのを丸井は確認した。苦笑して、取り繕おうとする。

「調子乗って悪かったって! お前ひとりでどっちにでもなれるもんな。もうあれだ、キテレツが沖縄そのものってことで、ここはどう?」
「は? ──……ふっ」
 丸井の咄嗟に放ったよくわからないことばに、木手が思わず笑みを漏らす。顔を背けて肩を震わせた。何となく、その様子に安心をした丸井が突如として立ち上がった。そして、来ていたTシャツを脱ぎ捨てる。

「沖縄でさ、ちょっと泳いでたんだけど。ここでもやっちゃおうかな」
 ザブザブと音を立てて沖へ向かう丸井の背を、木手は呆然と眺めた。しかし、すぐにハッとなり、その姿を這いながら追う。
全身がしずんでしまえば、あとはもう木手の独壇場だ。ゆっくりと歩を進める丸井を先回りした。
「丸井くん、どうしてこんなことを……
 息を呑む。丸井の、あまりにも嬉しげな微笑みを前に。
「こうしてみたかったから」
……え?」
「キテレツと一緒に泳いでみたかった。それだけだよ」
 何だそういうことか、と木手も納得しそれ以上の追求はしなかった。そして、「そういうことなら」と丸井の前で泳いでみせる。尾鰭がキラキラと輝いた。
(単にキテレツの泳ぐとこ、近くで見たかっただけなんだけど)
 自分の前を得意げに通り抜ける木手の姿を見て、丸井の心に火が灯る。

「なーんか燃えてきた。あっちまで競おうぜ」
「いいですよ。俺の圧勝でしょうけど」
「あ! 俺だって海の近くで育ったんだぜ? 見くびられちゃ困るな」

 互いが人であることと、人魚であること。決して崩壊することのない、高い壁が、今は波と共に去っていた。

   *

 辺りがもう暗くなったあと。再び砂浜にふたりは並び座す。
「中々やりますね、丸井くんも」
「だから言ったろ! でもあー、やっぱ、疲れたわ」
 丸井はそのまま後方へ倒れ込む。いくつかの星が瞬いていた。
「それはそうでしょう。アナタたちは我々と違って、水中で生活できるような作りではありませんからね」
「まーな、でも──」
 丸井は突然ことばを発するのをやめた。そして身を起こし、木手の肩を叩く。
「な、何ですか藪から棒に」
「あっち、見とけ」
 丸井が示したのは彼らの後方。木手は訝しみながらもその指示に従った。
「住宅街がどうしたっていうんですか」
「もうちょっと待てって……ほら!」

 夜空に花が咲き──遅れて、音が響き渡った。大小それぞれの花が順に咲き、そして散る。建物が妨げとなり全容を見るには至らない。が、それでも十分だった。

「今日、花火やるって聞いてたから。あんまり規模は大きくないけど」
……ちゅらさん」
「ん」
 花火の打ち上げが終わる時まで、ふたりは黙って空を見上げていた。そして、最後のものが消え、静寂がやってくる。
……昔。少しだけ見たことはあったのですが。ここまできちんと見るのは初めてでした」
 暗闇を見つめながら、木手がつぶやいた。どこか名残惜しげな様子で、海の方を向き直す。

「人間も、やるじゃないですか。あんなに美しいものを作り出すとは。まぁ、うちなーの海にはやはり劣りますけど」
「はは、何はともあれ気に入ってもらえたんなら、見せられてよかった。……あ、いや別に俺が何かしたってわけじゃねぇけど!」
 丸井が笑う。木手も釣られて目を細めた。ふと、風が変わったような気がして。

「はー、夏ももう、終わりだなぁ」
「そうですね」

 彼らを包む空気は、徐々に秋の色を帯びつつあった。