ぎんちき
2023-12-21 18:35:37
44403文字
Public 再録
 

【R-18G】紺碧はやがて斜陽に染まる【再録】

当作品は以下の要素を含み、人を選ぶ内容となっておりますので閲覧にはご注意ください。
・人魚パロディ/童話「人魚姫」を基にした独自設定
・年齢操作
・登場人物の死
・グロテスクな表現(ファンタジー臓物)

2021年2月に本編をpixivにアップ(現在非公開)、同年7月に発行した同人誌の加筆修正ありWeb再録です。
遊び紙に入れていた文章や、ご購入いただいた方におまけでお渡しした短文も含まれます。

なお、作中で題にしている「月」「花」内の季節が一般的に表現される「雪月花」の季節感とズレているのは認識の上ですのでご了承ください。


追憶:彼誰時

「帰れなかった?」
……はい」

   *

 木手が、故郷へと帰るべく丸井に別れを告げた数日後のことだった。
 その日も丸井はひとり砂浜を散策していた。普段よりも幾らか帰りが遅く既に日は落ちきっていたが、星々の瞬きの下、暗い海の横を歩き続ける。そしてそろそろ切り上げようか、と思っていたところで「声」をかけられたのだ。沖の方からするそれに振り向けば、つい先日まで毎日のように見ていた顔がそこにあった。
 懐かしさのようなものがこみ上げ、丸井は反射的に沖の方へと駆け出した。
「あっ! 濡れますよ! 私がそちらへ行きますから!」
 足首までを濡らしたあとの木手の言葉に、我に返り動きを静止させた。

   *

 丸井が「沖縄へ一度帰って、またやって来たのか」と問えば、木手は首を振り、ただ「帰れなかった」とだけ答え、それ以上を語ることはなかった。丸井の中で、何故木手は「帰れなかった」のか、と。そう聞き出したい気持ちがないではなかったが、余計な詮索はするまいと決める。
(きっと、必要になった時にでもキテレツが自分から教えてくれるよな)

 そして何も言わず浜辺で木手の隣に座り、時を共にした。

 波音と潮風だけが呼吸をしているように、音を立てていた。静かで、穏やかな時がゆったりと流れていく。
「丸井くん」
「ん?」
……いえ、何でもないです」
「そっか」
……どうして、丸井くんは家に帰らないのだろうか)

 木手は疑問に思った。しかし、それを直接問うことはない。恐らくは自分の為であると、わかっていたから。
(それなら尚更だ。どうして。俺の為に。俺なんかの……

 こちらの問いの答えは、木手の中では見つからなかった。見つけられないままに、そのまま時を過ごした。そうして次第に夜が明ける。水平線が、初めて出逢った時とは違う色に染め上がっている。

   *

「キテレツ、おはよう」
 丸井は水面に向かってそう声をかけた。すると少しして、木手が顔を見せた。少し、驚いたような表情。
「丸井くん? お久しぶりですね」
「ん? え。いや。そこまででもないと思うけど……まぁ。確かに。久しぶり」
 木手が戻ってきた日。一晩を吹きさらしの海岸で過ごした丸井は、風邪を引いたのだ。翌日に軽く木手へ顔を見せ、「治るまで来れねぇわ、ごめん」「別に頼んでいませんから」という会話を交した。それ以来、数日ぶりの再会となる。

「寝て起きたらすぐ治ると思ったんだけどさ〜。駄目だったわ」
 笑いながら鞄を地面に下ろし、地面で胡座をかいた。そして左手で自身の横のスペースを叩く。それを見た木手は、少しだけどうすべきか悩んだ様子を見せる。しかし、ふぅ、とひとつ息を吐いたあと、言うとおりにした。

「キテレツも風邪とかって引く? 流石にないのかな。体調が悪くなることはあるだろうけど、違うものなんだろうな……って。まぁ、そんなことはいっか。うーん、色々話したいことが多くて。何言えばいいかわかんねぇわ。小さい方の弟がやっと逆上がりできるようになった話とか、別に今することじゃないもんな。あー……どうしよ?」
……こちらに尋ねるんですか」

 木手が指関節で眼鏡を上げれば、レンズがキラリと光る。その手を顎の下まで持っていき、考えるポーズを取った。そして、わざとらしい咳払いをひとつしてから、丸井に告げる。

「突然ではありますけど、これ。さきほど丸井くんが来る前に取れまして……。いりますか?」
 言いながら差し出したのは、薄い膜のようなもの。
「お礼をするにも、こんなものしか思いつかず……うちなーの海だったら勝手を知っているのでもう少し考えられたのですがね」
 丸井はそれを受け取った。見た目から想像していたよりも、硬度がある。
「んん? これって……鱗? お前の」
 そうです、と無感動に木手が言う。
「自分で言うのもどうかとは思いますが、綺麗でしょう」
「うん……確かに。すっげー綺麗!」

 光に反射させると、それはうっすらと七色に輝く。丸井の脳裏に、弟たちとシャボン玉で遊んだ際の光景がよぎった。
「サンキュな。あーでもさ、鱗、大丈夫なの? 取れた、って」
「ええ。再生しますから」
「あ、そういうもんか。よかった」
 手のひらに載せ、表面に浮かんだ筋をたどるように指先で撫でる。
……何だかくすぐったいですね……やっぱり止めにします。返してください」
「は、え? せっかくもらったんだから、返さねぇって! ……あ。それよりさ、お礼、って何のこと?」
「え」

 木手がふい、と顔を逸らした。そして「わからないなら、結構です」と今にも消えそうな声でつぶやく。言葉こそそっけないものであったが、決して言い放つのではなく、照れを隠すように。そんな様子を見た丸井は、それ以上の追及をしようとはしなかった。彼の態度で、何となく理由がわかってしまったから。

(礼をされるようなことなんか、ひとつもしてないのに)
 あの時の木手に寄り添ったのは、単なる丸井の自己満足の為に過ぎなかった。だが、これが木手永四郎という存在なのだろうと思った。意固地であり、いじらしくもあり。
 そんな彼の様子が、丸井に庇護欲のようなものを掻き立てさせた。自分よりも永い時を生きていると、木手は言った。それを忘れたわけではないが、丸井は無意識のうちに彼の頭上へ自身の手のひらを載せ、二度、三度弾ませた。俗に言う「頭ぽんぽん」の様相を呈する。

…………
「あ。わり。つい……
 つい、弟たちにするように。丸井がそう弁解すると、木手の横顔が徐々に俯いていく。思わず視線を外した。しかし、視界に入る彼の尾が変色していくのを認めた。空がその色を昼間から、夕方へ、変えていくように。

「ふらー!」
「あ、はは……ごめん、って……

 木手の放った言葉を丸井は理解できなかったが、少なくとも気分を害したということはわかった。とにかく、と平謝りをした。そうするうちに木手も落ち着きを取り戻していく。
「ふぅ……いいですか。以前にも言いましたよね。の方がアナタより長く生きている、と」
「あー、うん。わかってるんだけどさ……
「すいませんね、こんなことで……腹を立てて」
「え? あー、いや……悪いの、俺の方、だし……

 無言。雲ひとつない晴天を眺める。そこで丸井はただ、何となく先ほど木手から受け取ったものを天へ向けた。
 膜を通した青空は、何かを彷彿とさせる。
「あ!」
 丸井の唐突なその声に、木手の肩が震えた。
「な、何ですか」
 空を見上げる丸井の瞳はキラキラと輝く。海よりも、太陽よりも。
「こうやって空に透かすとさ、お前の尻尾? みたいだなって!」
……はぁ、そうですかね」
 そうだよ、と丸井は笑い、木手の方へ重心を寄せた。
「ほら、こうやって……
「なるほど、アナタの目には俺がこう映っている……と」

 肩が、触れた。

「あ、丸井くん。近いです、近すぎます」
「お? おぉ、わりぃわりぃ……
 咄嗟に互いの身を引くが、その距離は着実に近づきつつあった。