あけみ
2018-10-06 00:40:26
24544文字
Public MCU(小説)
 

【MCU】君がいない世界で僕はあの日の答えを探し続ける【バナトニ】


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 それから、あっという間にトニーと離れてしまった。
 結局、戦闘が始まれば期待していたハルクは顔を出さず頑なにバナーの意思を無視した。半ば意固地なそれに苛立ちながら目の前でトニーが地面に叩きつぶされるのを見ることしかできない。歯がゆさを感じながらもトニーの戦闘を見つめながら怪訝に眉を寄せる。
 確かにナノテクノロジーを屈指したアーマーは迫りくる攻撃に瞬時に対応ができ、より戦闘に向いている形となったがあれではまるで全てを一人で担うようだ。アイアンマンに今まで実装されなかったシールドが具現化した時、不穏な思いに駆られた。
〝アベンジャーズは解散した〟
 バンドが解散したような口ぶりでトニーは言ったが、そこに至るまでの彼の失意と苦渋の選択を今の戦闘を見るまで一瞬でも考えが及ばなかったことに頭を殴られたみたいに言葉が出てこなくなる。
 立ち竦むバナーは、宇宙船を追って地球から離れていくトニーをただ見つめることしかできなかった。
 手元に残ったのは時代遅れの携帯端末。スティーブとの連絡手段が電話なのも少し奇妙だった。詳しい話は聞かなかったが、向こうから携帯電話を送ってきたらしい。
 喧嘩別れして口も利いていない相手から携帯電話を寄越す?
 ますます眉根を寄せるバナーだったが、今は彼に連絡を取るのが先決だ。それに――トニーはわざとバナーに託したようだった。渋るトニーが携帯端末を取り出すも、どうしてもコールのボタンが押せなかったのだから彼の中にある蟠りはバナーには測り知れない。
 深い溜息を付きボタンを押す。
 何度目かの呼び出し音で繋がった。一瞬、戸惑ったスティーブの声に憔悴の念も感じられ、どうしたのかと問おうとしたがこちらも状況を説明するのに精一杯だった。もしかしたら、自身が思っている以上に二人の間には深刻な亀裂があるのか。携帯電話を切ると再び顔を上げる。アイアンマンがジェット噴射で軌道を描いた空は、もう何も残っていない。先程まで手を伸ばせば触れられる距離にいたのに。
 突然、バナーに消失感が襲う。首を振り自身に言い聞かせる。トニーのことだ。きっと戻ってくる。
 大丈夫――そう思いたいが、ふと過る不安が目の前を真っ暗にこの先をくらます。あの空から落ちた彼を今でも鮮明に思い出せる。ハルクが見ていた景色だったのにも関わらず、バナーはあの時の恐怖を生涯忘れないだろう。
 ミサイルを捨ててくる。と言って、近所に出て行くような口ぶりで空に開いた穴に飛び込むトニーの心理を理解できようがない。あまりにも簡単に放り投げるじゃないか。まさにヒーローの行動だろうが、バナーは恐ろしくもある。自己犠牲がすぎる。トニーを繋ぎとめるものが大きければ大きいほど彼は守るために選択する。
 その時がくれば彼は簡単に手放すのだ。
 トニー・スタークが存在する世界をいとも簡単に手放す。
 漠然とするバナーは誰に問いただすわけでもなく自答した。

 ――今度は誰が、落ちる彼を受け止める?

 あの時、ハルクが手を伸ばしたのは気まぐれではない。バナーの心情を汲んだものであったし、もしかしたらハルク自身もトニーへ向ける感情の変化があったかもしれない。バナーを通してハルクに畏怖の念を抱かず「ハルクがいる良い答え」を探すように問いを投げたのだから、バナーもハルクも驚いた。
 ハルクをそんなふうに映した人間をバナーは知らない。失ったらもう二度と巡り会えないだろうと予感した。
 まさか、これが今生の別れではないだろう。
 バナーは宇宙船を追いかけて消えたトニーを思う。

 ニューヨークの街中で佇んでから別れる前ウォンにアベンジャーズの基地に送ってもらえるように伝えれば良かったと、携帯端末を懐にしまいながらバナーは顔を歪める。
『トニー・スターク失踪』のニュースは瞬く間に世界に広がった。北部に移ったアベンジャーズの基地は随分と静かで物寂しく感じる。慌ただしく駆け巡る世間に、バナーは冷ややかな視線を向けるだけだ。
 トニーが長年にわたり懸念した現実が襲い掛かり何度かバナーにも警告めいた合図を送っていた。
 一体、誰が真剣にここまでの現実を想像していたのだろう。一番近くにいたバナーですら請け負っていなかったのだ。
 俯かせた顔を撫でると無償に情けなく感じた。いつだって大切なことは、君がいなくなって気付く。
 もう一つ、バナーを驚かせたことがある。基地にたどり着いてすぐにフライデーがバナーにコンタクトを取った。トニーからの伝言があると。
『地下にあるビッグガイは君への贈り物だ』
 トニーの言い回し通りに伝えるフライデーの真面目な声質に顔が緩んだが、伝言の真意を汲み取ることができず何のことだと思いながら地下のラボへと足を踏み入れる。バナーがたどり着くとラボの電気が通い一室を明るく照らす。
 顔を上げたバナーは息を呑む。
 以前、ハルクのセーフティ・バルブだと二人で作り上げたアーマーがある。マーク44だ。もしもハルクが暴走して手が付けられないほどに暴れたら殴ってでも止める誰かが必要だった。トニーが作り上げたアイアンマンのアーマーの中では最も大きく、用途が明確に定められていた。悪夢に魘されたハルクを止めるために出動した際、満身創痍で修復も難しい状態だったはずだ。今、バナーの目の前に佇むのは新品そのもので改良された部分もあるだろう。前回のマーク44より一回り小さく、ハルクとほぼ同等の大きさだった。茫然と改良型のアーマーを眺めていると、フライデーがぽつりと言葉を放つ。
『君もスーツを着ればいい』
「なんだって?」
『ボスが以前、そう言っていたと』
「これ、僕が着るの?」
 バナーは驚いた。先程の言葉は確かにトニーが言ったものだ。出会って間もない頃、シールドのヘリキャリアのラボでそう彼が冗談なのか本気なのか分からない明るく笑って言ってのけた。ハルクが意固地になり表に出たがらない今、バナーがアーマーを装着して闘うのも手だと自ら手を伸ばす。軽く触れると、バナーの指紋を認識したのかハッチが開いた。アイアンマンのアーマーはセキュリティシステムが備わっているため、トニー以外の人間が装着できるようにはなっていない。バナーを認証したということは、つまりそういうことだ。
 バナーは目を細める。
 こうなることを予期していたのか、あの時の言葉通りバナーにスーツを与えたのか分からないがトニーはずっと考えていたのだろう。サノスが来ると伝えた後、彼は確かに「ついに来たか」と表情を強張らせた。あれは、いつか来ると知っていたのだ。トニーの頭の中にはずっと宇宙にある脅威と直面すること、どうすれば守れるのかと今も脳裏にさまざまな現状を巡らせている。
「それなのに僕は」
 離れてしまった。ハルクが地球にいられなくなったと判断したことが大きかったが、バナー自身もアベンジャーズから手を引こうと一瞬でも考えたことがある。
 地球から離れてバナーの精神を平常に保ったのは、「トニー・スタークならどうするか」という心理状態だった。傍にいなくてもそうやって君のいない隣を見てしまう。惑星サカールで何度も思った。「ああ、君がここにいたら」離れたのは僕の方なのに、何て身勝手なのだろう。地球でトニーとラボに籠って四六時中一緒にいた時は当たり前な存在だったのに、離れてみれば隣に君がいないことがこんなにも落ち着かないなんて。
 アベンジャーズの基地に到着した懐かしい顔ぶれは、久しぶりの再会で穏やかに顔を見合わせるもバナーはどこか一歩引いて眺めてしまう。
 ここにトニーがいないのが何か、変だ。
 バナーは所在無さ気に自身の腕を撫でる。

 僕はまだここにいたい。
 あの世界に行きたくないんだ。
 だから、早く君の顔を見て「ああ、良かった」と安心して君がいることを実感したい。


   ×   ×   ×


「君まで消えたかと思った」
 ラボにあるソファに組み敷いて苦渋な表情で改めて言う言葉ではないとバナーは承知しているが、サノスとの闘いを終えた怒涛の日々は漠然とした悲痛な感情が圧し掛かり、今もなおバナーの胸を焦がす。
 過去のニューヨーク決戦で落ちるトニーに手を伸ばしたハルクは、考えるより先に体が動いた。その頃は、意固地になっていたのはバナーの方でハルクを解き放つことに恐れと焦燥じみた想いもあった。だが、今回のニューヨークでは立場が逆転していた。結局、あいつは最後まで協力してくれなかったし、地球はハルクにとって全力を出せば壊れる場所が故の意地だったのかもしれないが、それでもトニーが戻った途端にハルクが表に出てきたのはゲンキンにもほどがある。額を撫で吐息を落とす。本当に散々だったと苦渋に表情を曇らせる。
 今でもふと考えてしまう。サノス相手に果敢に闘う君が唯一、君だけがあいつに血を流させた。ハルクすら歯が立たなかった相手をだ。
 一体、どれほどの技術と時間を要したのか。トニー・スタークは超人でもなければ訓練を受けたエージェントでもない。眉を寄せ合わさる視線に問いかける。
 たった一人でどこまで行くつもりだ?
 天才的な頭脳はどこまでも飛躍する。バナーですら追いつかないほどに遠くへ行く。
 一人で地球を守るつもりか?
 君はそれを可能にしてしまうから心底恐ろしいのだ。
 あの時、ハルクがもっと早く出ていたら。いや、それでも結果は同じだったのだろう。だから、こうしてトニーがいる。数ある未来からここを引き当てた。
 バナーはやっと触れられるトニーの胸にホッと微笑んだ。リアクターの縁をなぞると奇妙な感覚に陥る。お互い服は着ているし脱がしているわけでもない。胸元が見えるようにと大きく割り開き袖口を通したままの上着は、ナノテクの粒子を上から這わせたあの時と同じものだ。「約束通りナノテクを弄り回して良い」とトニーに言われ、バナーは頷いてから一言二言話してから気付いたらソファの上に押し倒していた。目を丸めるトニーの顔を見ているうちに、あの日のことが渦巻いて小さく呟いた。
「やっと触れた」
 トニーは一瞬、キョトンとしてからクスクスと喉を震わせ笑いだす。こちらはまだ納得できないこともあるというのに、と思わず眉をひそめた。
「何が可笑しい?」
「最初、会った時も僕のリアクターに興味津々だったから思い出した。君はあの時もそうやって触ってきたんだ」
 懐かしいなと目を細めて微笑むトニーに、バナーは唐突に涙腺が緩み焦る。気を緩めたら涙がこぼれそうになる理由は分からない。まるで、やっと会えたみたいだ。ずっと、ずっと君を探していた。ああ、君の声だ。君の笑った顔だ。君の言葉だ。口元をおさえ顔を伏せたので不審に思ったのかトニーが上体を起こす。
「ブルース?」
「うん、……その、ごめん」
「君、泣いてるのか?」
「泣いてない」
 涙を流していないのは事実だが、顔を歪めたその表情は今にも泣きだしそうだったのだろう。トニーはそっと頬を撫でる。
 初めて彼のリアクターを見た時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。「あたたかな光」と称したのは誰だったか。視線をトニーの胸に注ぐ。あの時と同じ光なのに、完璧な性能ゆえに孤高な眩しさに目を細める。
 トニーの胸に顔を埋めた。目を閉じるともう一つの世界が見えて悪寒が走る。君がいない世界だ。目の前の身体を強く抱きしめた。
「ブルース……
 顔を歪め痛がるトニーに小さく謝ってから、それでも手放さないバナーは「もう少しこのままで」と共にソファへと倒れ込んだ。
 悪夢のような世界は現実ではなく目を閉じるとよみがえるだけの夢だ。なのに、記憶のすみに残るトニーがいない世界はあまりにもちっぽけでバナーは卑屈な日々を過ごすつまらない人生を送っている。シールドの依頼に苛立ちを露わにするバナーは腫物を扱う周囲のエージェントからも距離を置く。そんな光景があまりにもリアルで、今トニーを抱きしめているこっちの方が夢の中を漂っているようだった。そんなはずないと何度も首を振る。
「君がいない世界なんて、本当つまらないよ」
「ブルース……僕はここにいるぞ」
「ああ、そうだね。本当に……良い匂いだ」
 囁いたバナーの言葉にピタリと背中を撫でる手が止まったが、トニーは何か言いたげだった言葉を飲みこんだ。
 息をつくとバナーと同じように目を閉じる。彼も夜通し作業をして眠っていない。
 そうだ。丁度いい。以前にもこうして寝入ったことがある。こうすれば、不眠症のトニーも眠るのだ。バナーはいつかあった遠い日を思い出せば規則正しい寝息が聞こえてくる。
 そのまま二人はソファの上で眠る。
 耳をすませばトクトクと心臓の音が聞こえる。
 抱える腕からは体温も伝わるとバナーは心底安堵した。ここにいる確かな存在を感じられる。灰になって指から零れ落ちたそれを茫然と見つめるブルース・バナーがどこかの世界にいたかもしれない。トニーがいない世界なんてあるわけないのに。バナーはスン、と鼻を鳴らしトニーの胸元に顔を押しつけた。
 きっと、明日の朝には困った表情でハッピーかペッパーがラボに顔を覗かせ小言を口にする。
 すると、僕は苦笑して頭をかきながら照れ隠しにチラリとトニーを見つめるのだ。目が合うと一瞬でほころびお互い笑い合った。
 その笑顔を見ているうちに、この地に足をついて歩むと決意する。薄暗い悪夢に躓くこともあるがバナーは必死にこの世界を守りたいと強くしがみ付いた。
 彼が引き当てた世界を今度こそ大切にしたい。バナーはゆっくりと瞼を開ける。







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