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あけみ
2018-10-06 00:40:26
24544文字
Public
MCU(小説)
【MCU】君がいない世界で僕はあの日の答えを探し続ける【バナトニ】
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廃墟と化したニューヨークの街は閑散としていたが、サノスの指ひとつ鳴らした非情な結果から灰になった人々が命を取り戻していく光景は本来ならやっとの思いで勝利した現状にホッと胸を撫で下ろすべきだろう。
バナーの心身は冷え切っていた。消えたアベンジャーズのメンバーもじきに戻ってくるだろうことは分かっているが、今はどうでも良かった。
「トニーが消えた」
膝を地に付け茫然とした表情でバナーは力を無くし投げ出された自身の両腕を見つめる。少し前まで暴れていたハルクと同じ腕だとは思えないほど憔悴しきっていた。もう一度、言葉に出したが全く現実味を帯びない。硬く目を閉じた後も残酷に夢ではないことを示しただけで、どこまでも救われない胸に開いた穴は決して埋まらない。
最終決戦には勝利したかもしれないが、その代償がトニー・スタークというのなら負けたも同然だ。ニューヨークの住人の命が次々と甦る中、自身から抜け落ちる魂を感じた。世界が喜びに満ち溢れているのに、バナーはこの世の終りみたいな表情を浮かべている。背後から近付く気配に気付いたが振り返って確かめる気にもなれない。興味もなかった。
その場から動こうとしないバナーに近付いた人物は、ひどく冷めた声質で事実を伝える。
「そう認識できるのも今だけだ。もうすぐ世界は書き換えられる」
虚無感すら感じ入る声から察するに彼もまた同じだった。
マントをなびかせ眉を寄せるストレンジは地平線の向こう側を睨みつけるように目を細める。胸元から覗くタイムストーンは、僅かな光を放つ。機械仕掛けのアミュレットのようだと思ったが、バナーが理解できない魔力的な動作で光が蠢いていた。まるで起きた現状の後処理をしているようだ。ぼんやりとした脳が覚醒し始める。バナーはハッとするようにストレンジを見つめた。
時間を管理する番人のようにストレンジは地上でも惑星タイタンでも頑なにタイムストーンの力を発動しなかった。だのに、何万と見た未来のうちの一つだったかのように世界を書き換えると言い放つ。同時に胸元のそれは忙しなく動き始めエメラルドの光を照らした。
バナーは眉を寄せ睨んだ。
先程、彼は何と言っていた?
世界は書き換えられる? 認識できるのは今だけだと?
彼の言葉が瞬時に理解できずにバナーは怪訝に顔を歪めた。
全てを見通してきた表情のまま魔術師は哀愁を漂わせた瞳でこちらを見返した。
サノスとの闘いの中で幾つもの可能性の未来を見たと言っていたストレンジは、この結末も知っていたのだろうか。なぜこの結果を選んだのだ。疑問と焦燥を感じた途端、ぐらりと傾くようにバナーの意識が掠れた。咄嗟に額に掌をのせる。先程までサノスとの闘いを脳裏に映していたというのに、詳細な部分が思い出せなくなる。まるで記憶が書き換えられていく感覚に驚愕する。
眩暈がして膝を付いたまま上体が傾いたので咄嗟にストレンジのマントを握った。吐き気がするのをグッと堪える。
「僕は
……
忘れるのか? トニー・スタークを」
口にしてゾッとする。バナーは怒りに瞳を滲ませた。緑になる瞳にストレンジは何を思ったのか、苦渋に顔を顰めてから「そうだ」と言った。
「タイムストーンの力に影響する私以外の者は皆そうなる」
バナーは怒りで喉を震わせた。
「嫌だ。僕は
……
忘れたくない」
立ち上がったバナーは真っ直ぐにストレンジの目を見据える。
「僕は、絶対に忘れないぞ」
たとえ世界の記憶からトニーが消えても、覚えている。言葉も声も表情も。少し前まで共にタワーで共同作業をしていたのだ。今もまだ鮮明に思い出せる。彼が何と引き換えに世界を救ったのかも。
だから、許さない。こんな形で君を忘れるなんて。
だが、こんなに強く願った意思すらも書き換えられた世界からは無力だった。果たして僕は、君がいない世界で生きていけるのか?
× × ×
君がいない最初の世界は窮屈だった。
トニー・スタークの記憶を辛うじて持っていたバナーだったが、最初の三ヶ月は気が狂いそうになった。
あの最終決戦の日から世界は何事もなく日常を取り戻している。街は復興し生活が平常通り回り始める。あの闘いは天地災害だったかのように人々の記憶がすり替わり、バナーは偽物の世界でデータを隅々まで調べ上げた。
ハッキングの仕方はトニーから教わった。
「簡単だろ?」
と言って笑った彼の顔をまだ覚えていたことがありがたかった。
政府の情報機密まで入り込んだが、結局見つからずバナーは目の前のキーボードを叩く。顔を伏せ、「嘘だ」「信じない」「こんなこと、馬鹿げている」と呟き髪をかけ上げた。
世界からトニーの痕跡が全て消えている。
スターク・インダストリーズはもちろん、アイアンマン、アークリアクター、彼が携わった人工知能の研究成果と成功までも、シールドのデータベースにも存在しない。
認めたくなくて、諦めきれなくて、彼を探し求めたこともある。地球ではなく宇宙のどこかにいるのだとも思った。けれど、どれだけ探し追い駆けてもトニーは存在しない。文字通り消えたと愕然とすれば、バナーの記憶に変化が訪れる。
ある日、手帳に書き記した事柄が、理解できなくなった。
「何かを必死に探しているみたいだ」
自身の手帳を見つめていたバナーはそう、ぼそりと呟いた。書かれていた文字は確かに自分の筆跡なのにどこか他人事にすら思える。乱雑した日付をなぞる線が一つの名前へと集約されているメモだ。ジッと見つめてからバナーは驚愕する。
一瞬だが、忘れていた。
恐ろしいことに忘れかけていた。
バナーは険しい表情のままニューヨークの街中を駆け出した。途中、何度も歩行者の肩とぶつかったが気を留める余裕さえなくサンクタムへと向かう。
「僕は、絶対に忘れない」
いくら強く願ったところで『時間』の前では無力だと彼は言った。
トニーに関する記憶が少しずつ薄れてゆくのを止められない。記憶の改ざんはあまりにも理不尽だった。戸惑うバナーは、ストレンジに脅すような形で問いただした。
ハルクの力も半分くらいは出したかもしれない。硬く閉められた屋敷の扉をこじ開け、バナーはストレンジの名を叫んだ。
怒気を含んだ声に驚きもせずストレンジは腰掛けていた椅子から立ち上がる。いつ来てもサンクタムはニューヨークにありながらもここだけは異質な空間だと感じる。『時間』を管理する場所だからだろうか、ストレンジの書斎を見渡すと、書籍は綺麗に整い決まった棚の位置にあるのが見て取れる。彼はずっとここを動かず沈黙を貫いていただけのようだ。こっちは、トニーがいない世界で必死に足掻いていたというのに無駄な抵抗だと初めから知っていたのだ。
「なぜだ」
冷静にこちらを見据えるストレンジに対して、怒りを晒し詰め寄るバナーはいつもより感情の上気が激しい。先程からハルクが胸の内で騒いでいるのを感じる。元々、忍耐力は備わっていない。だから、どうか納得できる説明をしてほしい。
そうでないと、この世界で生きていけない。
どうにかなってしまいそうだ。
バナーは肩を震わせる。
ストレンジはしばらくジッとバナーを見つめていたが、苦痛に表情を歪める自身の顔に何か感じ入った素振りを見せ静かに視線を外した。
「時間の変動は著しくその世界で確定するまでは数ヶ月かかる」
ストレンジの胸元を掴んでいたバナーは腕を緩める。
つまり、時間の修復と構成に定まらないあやふやな世界が、一定期間存在する。
「世界が確定すれば」
「君の中からトニー・スタークは消える」
冷淡に言ってのけるストレンジが憎いとさえ思う。
バナーは掴んでいた胸元を乱暴に押し離した。彼も一時的にもトニー・スタークに心を揺り動かされた身であろうに、何故だと理解に苦しむ。トニーに託した未来が、このような結果になることも計算の上か?
バナーは声を荒げる。
「それをあんたは黙って何もせず傍観者か。ああ、そうか、君には今までの記憶もこれからのことも全て知っているのだったな」
「落ち着け、ブルース・バナー」
振り上げたバナーの拳はどこにもいけず、結局ストレンジの手に静かに押えられた。瞳は緑だったことは、ストレンジの焦燥した表情で理解できたがそれなら何故、彼は哀愁の色を滲ませこちらを見つめるのか。
「彼が選んだ世界だ」
苦渋に顔を歪めるストレンジの複雑な心情はトニーに寄せる想いを充分に言い表している。今のバナーにはそれを察して肯定する気にもなれないが。
「もういい、あんたはそこで時間の番人をすればいい」
「待て、どうするつもりだ。怒りを沈めろ。緑の彼が」
ストレンジが止める声は余計に苛立たせる。バナーは伸びる腕を払いのけた。
「黙ってろ」
バナーの中にいるハルクが答えた。
あからさまにストレンジは不機嫌に顔を顰めたが、お互い踵を返し別れた。誰も納得できない結末だからこそ譲れなかった。これが最善だったとはバナーは思えない。巨大な力を前に「皆で」立ち向かった結果が彼の犠牲で得た平和なら、バナーはあの日に半数と共に消え去りたかった。
結局、ニューヨークには居続けるわけにもいかず、以前身を潜めていた国へ向かった。
君に会う前の僕に逆戻りだ。
インドの地に特に執着していなかったが、どうせならあの時の自身をなぞろうと思った。勝手が分かる上にトニーと出会う前の自身と同じ行動に添えば、いずれは辿りつける気がした。
どこに? なんて知る由もない。
まるで、奇跡が起こって別の時間軸からトニーと繋がる世界がどこかに存在するのではないかと、この時はまだ思っていたのかもしれない。
君がいない世界へと時間が定まれば、バナーの中にあるトニーの記憶は改ざんされる。何もしないまま時を過ごしても結果は同じなら、足掻こうと思った。あの頃の自分を辿ればいい。
目的が欲しかった。
バナーは駆け出した。
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