あけみ
2018-10-06 00:40:26
24544文字
Public MCU(小説)
 

【MCU】君がいない世界で僕はあの日の答えを探し続ける【バナトニ】




 二度目は最初の時より穏やかに過ごそうとした。超人的な能力を持った者たちへの畏怖的な眼差しも幾分和らいだ世界のように見えた。
 バナーは山の中にあった家を借りた。元々は、別荘だったが一人の老人が明け渡すと言ってきたのだ。
山の中にあった別荘は、だいぶガタがきて修繕を必要としたが贅沢を言わなければ充分住める家だった。一人暮らしにしては大きいリビングとダイニング。家具も全て揃っていたし部屋も二つあった。それを見ず知らずの男に明け渡すと言う。
 バナーは怪訝に眉根を寄せた。
 話しを聞けば、老人一人で住むのには苦労が多く、彼はここを離れ街にいる息子夫婦と暮らすことになったという。確かに手入れが行き届いていない雑草が覆い茂る山荘では、不便があり管理も難しいだろう。幾らか不審な点はあったが、隠れみのを探していたバナーは納得する方が簡単だった。
「君が修繕してくれたらありがたい」
 老人は屈託なく笑ってから「頼んだよ」と肩をたたいてから荷物をまとめた。人が住める状態のまま別荘を残しておきたいと想い入れがある場所なのだと目を細めながら言う。随分と思い出がある場所なのか、バナーは山荘から見える景色を見やった。
 近くには湖もあり、静かで身も心も落ち着かせるには最適な場所なのは確かだ。都合よく舞い込んだ話に警戒しつつも、バナーは人当たりが良い老人の言葉を無下に扱えなかった。
そうして、住み始めた最初の日に山荘の裏手に墓石を作った。自分のではない。ああ、確かに、ここで永眠することになれば理想的だ。
 ただ、この墓は自分のためでもある。
 名前を刻んだ。『トニー・スターク』と。この世界でも彼は忘れられていた。まだ辛うじてバナーの記憶には残っている。だから名を刻んだ。どうせ消えゆく記憶ならせめて石だけでも残したかった。たとえトニーの存在がバナーの中で消えてしまっても墓を守るという名目が残れば良いと思った。
 湖の近くには花も咲いていた。いくつか摘んで墓に供える。誰にも邪魔されない場所で静かに息をひそめるように生きよう。バナーがそう決めた時、意外だったのはハルクの方も随分と大人しくこちらの心情に同調してきたことだった。怒りは身をひそめたが、時々、外に出たがるので許したこともある。ハルクが苛立ちや憤怒ではない感情で表に出るのは初めてだった。解放することに戸惑いはあった。けれど、何故だろう。どうってことないと思えた。
 ハルクは大抵、墓石の前にジッと座り佇む。まるでそこに眠る主を守るかのように居座るハルクの感情は静かだった。奥底で眠るバナーですら落ち葉が水面を漂う動きを静かに見守るように佇んでいた。
(なんだ、おまえ。大人しくできるじゃないか)
 呆れながら口にして苦笑する。
 そうして、二十日程たった頃だろうか。雨漏りがする屋根を直してからネット配線を繋げようと壁の中に這い廻られている電気のコードを辿っていた時、壁の板を叩くと音が奇妙に響くことに気付いた。
 壁板を剥がせば、頑丈そうな鋼鉄製の壁がこの家を覆っていたことを知る。
……なんだ、これ」
 檻のようだと悟った時、怒りで体が打ち震えた。
 用意された山荘。人里離れた場所で一軒家。
 厚意に悪意はなかったか?
 だとしたら、はじめから監視されていた。
 世間から隔離し、インヒューマンを捕まえ実験する組織は多く存在する。山荘を提供したにこやかに笑んだ老人の顔が浮かぶ。
 血の気が引く音が聞こえるようだった。静かな怒りを抱えるバナーはハルクへと意識を手放した。
 鋼鉄の壁を力の限り拳で殴る。しかし、その檻は思ったより頑丈でハルクの拳の形がくっきりと残っただけだ。
 後で知ったが、あの壁はいかなる電波も通さない素材でできていた。ハルクを隠すには最適な檻だったのかもしれない。飼いならしていずれは調教するつもりだったのだろうか。それとも、世界から危険な怪物を隔離した善意だったのか。どちらにしても歪んでいる。
 バナーは溜息を付き、眉間に皺を寄せる。
 ただ静かに暮らすだけで良かったのに、世界は放ってくれない。穏やかに見えていた世界は偽物で、反転すれば世間から目が届かぬところで超人的な能力を軍利用する考えが根付いていた。
 結局、同じことを繰り返す。ハルクは世界を壊すことをやめない。
 地球でやり直すことにも限界を感じ始めた。いや、そう感じていたのはストレンジの方だったのかもしれない。
 ハルクが壊してストレンジがやり直す。世界はいくつにも枝分かれしたが、どの世界にもあたたかい光は存在しなかった。
 ハルクが宇宙へと隔離された世界も存在した。惑星サカールに流れ着いたハルクは、勝利すれば安泰を約束された土地で居場所を見つけたようだった。地球にいた時より機嫌は幾分良い。宇宙のゴミ溜めと呼ばれるこの惑星は、文字通り捨てられた者たちがたどり着く場所だ。
「僕らにぴったりの場所じゃないか」
 バナーはハルクの奥底に沈みゆきながら呟いた。「黙れ」と返したハルクは、不機嫌だったが以前のように憎悪を抱いた怒りは見せない。ここでなら余計なことは考えずに無心で壊せるからだろう。地球にいた頃は、言い知れない寂しさと苛立ちで怒りをぶつける対象にすら虚しさも感じていたのだ。
 飽きるまで向かってくる相手を殴り続けるハルクの中で、バナーの意思も少しずつ薄らぐのが分かる。サカールに流れ着いた途端、ハルクに主導権を全て明け渡した時からこうなることくらいは予想していた。
 そうして、「彼」に関する記憶はあっという間に消え失せると、バナーはハルクの中で静かに息絶える。

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