あけみ
2018-10-06 00:40:26
24544文字
Public MCU(小説)
 

【MCU】君がいない世界で僕はあの日の答えを探し続ける【バナトニ】




 枝分かれした世界は決して交差することはなく、互いに干渉し合わない。それでも、何十万通りも繰り返せば噛み合っていた歯車も狂い始める。
 地球で成り行きを見守っていたストレンジは変わりゆく政情に違和感を覚え始める。シールドに潜んでいたヒドラが表に立ち世界を乗っ取り始めた。
 こうも容易く世界が反転する要因は、さまざまな事情が折り重なるのだがバナーもまた何度か繰り返すうちに気付く。
「ここには、アベンジャーズも存在しないのか」
 漠然とした疑問だった。
 超人的な能力を持ったインヒューマンが現れ出してからシールドの動きを慎重にうかがっていたバナーは、決定的な「間違い」を見せつけられ項垂れた。
 トニー・スタークがいない世界ではスティーブ・ロジャースも発見されずに北極の地でいまだ眠り続けている。
 クリント・バートンは家庭へと戻りシールドのエージェントを脱している。
 ナターシャ・ロマノフもまたロシアの手腕スパイとして活動を続けているが決してこちらに交友的ではないだろうことは想像に容易い。
「こんな世界を、君が選んだというのか」
 かつて、アベンジャーズ・タワーがあった場所は『ハマー・インダストリーズ』のロゴ看板を掲げてニューヨークの街に堂々とそびえ立ち、武器の製造施設になり代わった。
 そうして、リセットされた世界を何度も繰り返すうちにトニー・スタークの記憶はバナーから薄れゆく感覚が短くなる。
 目が覚めると、最初に浮かぶ彼の名前が思い出せないのだ。額を撫でつける掌が震えるが、何故こうも動揺するのか深刻な欠陥なようにバナーは不安に押しつぶされそうだった。
 彼の表情も声も言葉も指の隙間からすり抜ける。追い求めていたものが何だったのか思い出せなくなり、バナーもハルクも「答え」を探すのをやめた。
 あの日、シールドのヘリキャリアのラボで君が言っていた。「良い答えかもしれないだろ?」と笑った。どんな顔で笑ったのか、白くぼやけて見えない。「良い答えかもしれない」それを、探そうにも何をそんなに必死に追い求めていたのかも思い出せない。


 いつしか、君がいない世界が当たり前になった。


  ×   ×   ×


 バナーは苛立ちながら画面のデータを睨みつけた。シールドに監視されていると知ってから逃亡生活を手放したバナーは、用意されたラボで仕事をしている。
 超人的能力を持つ人間が増え、混乱と困惑、焦燥と憎悪を溢れさせた。力を悪用する者が現れてから政府だけでは対応できなくなり、シールドが率先するようになった。バナーもまたハルクの暴走によって街を半壊までに貶めたが、ハルクの制御薬によって変身しない日が続き今は安定している。シールドもバナーの専門知識と天才的な頭脳は貴重なのだろう。ハルクという時限爆弾を抱えていても手元に置いておきたいらしい。わざわざ基地にバナー専用のラボを作るほどだ。
 シールドの基地はニューヨークの中心部から離れた北部にある。超人的能力を持った者たちを集めたヒーローチームも結成され、『アベンジャーズ』の活躍もバナーの耳に届く。ヒーローの本拠地をここに置くのもハルクを抑える理由だが、バナーはそれも当然だと思っている。
(ハルクがヒーローという柄じゃないし)
 コントロールできない巨大な力は足枷になる。そんな思いも過り、モニタをなぞっていた指がピタリと止まる。
 本当にそうだっただろうか。
 ここにいても居場所がないことは、シールド内のバナーを見る畏怖とした眼差しと余所余所しい態度で明らかだ。そもそもバナーが呼ばれたのは、インフィニティ・ストーンの一つでもある四次元キューブの在り処を探るためだった。もう数時間もラボに籠りっぱなしだ。額を撫でつけ、飲みかけのコーヒーを口につける。抱くのは苛立ちだけではなかった。既視感を覚える状況と「この場所ではない」と懸命に逃げ出したい気持ちを抱える現状の違和感と、「答え」を渇望する情緒の不安定さだ。小さな刺激でもハルクになりそうだと、バナーは顔を上げる。
 目の前のモニタには自動でリサーチするプログラムが働いているが、わずかに発するガンマ線を感知するのは簡単ではなく時間がかかりすぎる。
 違和感の正体は分からないが、バナーは一人でモニタに指を滑らせることにも腹立たしさを感じた。再び腕を伸ばしてプログラムを変更する。自然と動いた指はいくつかのデータを示した後、上下にスライドさせた。パターンを省略すれば効率的だ。これはバナーが思いついた方法ではない。一瞬、頭に浮かんだ動作は考えるより先に感情が動いた。「知っている」咄嗟に口から突いて出たが何を指しているのか分からない。
 茫然としてから滑らせる指を止め、一人きりのラボで隣を見やった。そこには誰もいないのに。誰かといた気すらある。
 バナーは目を細める。
――やあ、バナー博士』
 電子音であるがはっきりと発音する人工知能の声に顔を上げた。
 バナーをサポートするA Iであるが、問えば答えるという往来の動きはせず、こうした軽快な言葉でバナーに声をかけることがある。既視感を覚える光景の一つでもある。人と対話するより楽だったがそれだけで穏やかに笑う理由にはならない。
 そう、不思議と人工知能に声をかけられるのは悪い気はしない。普段、機械に話しかけることなどしないバナーも相槌しながら会話をする。
「やあ、また唐突だね。どうしたんだい?」
『先程の短縮で早めに解析が終わる。残り時間はコーヒータイムだ』
 洒落た言い回しをするとバナーはひっそり思った。
 男の声を元にしているが威圧感はない。シールドのデータをハッキングしていた時に見つけたものだった。誰にも目につかないところで『彼』は眠っていた。作りかけの人工知能は奇妙なことに忘れされ放置されていたようだった。それとも思い通りに動作せず消去されずに残っていたのだろうか。どちらでも良かった。バナーは実際、暇を持て余していたしプログラムを弄るのは専門外だったが、興味があった。サポートプロトコルは必要だとも思った。
 はじめに、『彼』を起動したバナーは不思議な感覚を味わった。今でも覚えて脳裏にこびりついて離れない。
独自にプログラムを組みシステムを作り変えようとしたバナーだったが、『彼』のコアの部分にはどうしても解けない暗号で固く鍵がかけられていた。最初にプログラムを組んだのは、どういった人物だったのか。お手上げだと言うようにバナーが名を名乗ると、それまで何も興味を示さなかった人工知能は返事をした。
『こんにちは、ブルース・バナー博士。大ファンですよ。緑の彼になるところももちろん好きだ』
……は? はぁ」
 シールド内にあったデータをアクセスしたのだろうと思ったが、それ以前に人工知能がこのような返答をする不可解さの方が目立った。バナーは、途中だったデータを展開させ処理しようと指を動かしたが先程の『彼』の挨拶が頭から離れない。
『バナー博士、こっちのデータを参照にした方が格段と処理が向上する』
 唐突にモニタに現れるグラフは『彼』が抜粋したもの。あまりの的確さにバナーは目を丸める。黙々と作業をする傍ら、『彼』は自己学習する人工知能だということも認識できた。意図的に会話をするのはそのためだろうと思ったが、ある時、バナーの地雷原に踏み込んだことがある。ギクリとして飲みかけのコーヒーを零した。
『バナー博士、緑になるところが見たい』
「はぁ!?」
 声を上げ、大袈裟に肩を揺らすほど動揺したが、今思えば何故あれほどに落ち着かなく鼓動を高鳴らせたのか分からない。
 たかが機械の戯言だ。
 そう自身に言い聞かせても懐かしいような、知っている、この感覚を誤魔化しきれない。
「シールドのデータにやまほどあるだろう」
 素っ気なく答える。ハルクが見たいなんて、冗談にもならない。黙って作業に戻る。しばらく沈黙が続いたが、やがて『博士、怒ったのか?』と、抑揚のない声が聞こえた。
 プログラムに「感情」まで組み込むことは可能なのだろうか。
 バナーには不思議とその声が寂しさを含んでいるように感じた。こちらを窺うような言い回し。どこまで計算されているのだろう。いや、自己学習するのだから、もう作り手からは手放された領域だ。
……怒ってない」
 一人きりのラボでポツリと呟いてから恥ずかしくなった。機械相手に何を言っているんだ、と頭を忙しなく掻く。
 だが、
『良かった』
 そう言った『彼』の声でバナーの胸が柔らかく撫でられた。
 この、感覚を知っている。
 すぐ隣で声がしたようだった。声だけの存在の『彼』に姿形を感じるのは夢見がちであるし、自身はそんなにロマンチズムでもないはずだ。だのに、誰もいない隣に目を向けてしまう。
……もし、君に表情があるなら、今、笑ったんだろうな」
 そんなことを口にして自嘲気味に笑う。
『博士が望むなら、具現化するか?』
「うーん……やめておくよ。こういうのは、見えないのが良いんだ。それに」
 バナーは目を閉じる。
「もう少しで答えが見つかる気がする」
『博士にも解けない問題があるのか?』
「ああ、ずっと探している」
 言葉のやり取りが心地良い。
 とにかく、バナーは一人きりだったラボに現れたこの奇妙な『彼』を気に入った。
 『彼』は命じた通りに動かないこともあったが、その動作すらバナーは楽しんだ。
『バナー博士、待っているだけじゃ暇だろう? 素数を限界まで言い合うゲームをしよう』
 降ってくる言葉に顔が緩んだ。
「君相手にそんな途方もないゲームを受けると思うか?」
 こういった具合だった。
 不思議と、『彼』と会話している時だけが落ち着けた。まるで、ずっと前から知り合いだったみたいに。
 『彼』の声を聞きながら解析中のモニタを見つめていると、言い知れない安堵を覚える。友人は少ない方だったがまさか機械に対してここまでの親しみを感じるのも妙だ。
 それに、『彼』に人格を与えたつもりもない。
 特徴的な言い回し、自由意思が強い原動力。人工知能がこれほどはっきり表現するだろうか。
 人格は元々作り上げられていたかもしれないが、バナーが無意識に『誰か』を思い浮かべているのか。そもそもAIに人格を見い出すのも自己満足でしかない。
 バナーは口から突いて出そうになる名前を思い出そうとした。
 しかし、どうしても――。眉を寄せて口元を押える。額を撫でつけてから溜息を吐いた。

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