あけみ
2018-10-06 00:40:26
24544文字
Public MCU(小説)
 

【MCU】君がいない世界で僕はあの日の答えを探し続ける【バナトニ】





 樽にためた水で軽く手を洗い、タオルで拭う。衛生にいくらか問題はあるが、それ以上にここでは医者は必要とされる。伝染病を食い止めるよりも今より少しでも症状を和らげたいという心情が先立っていた。一通り患者を診て回り、住人たちの体調が良好の兆しを見せれば伝染を防ぐ対策を講じれば良い。バナーは鞄を肩にかける。立ち上がると、そっと手を握られた。
「先生、ありがとう」
 少女が父親であろう男の顔色を見つめホッと胸を撫で下ろした。バナーに礼を言い、少女にとって高額な金額を渡される。受け取ってからバナーはそこで少女に見覚えがあり、首を傾げた。くしゃくしゃに握りしめた金銭をバナーに見せ、必死に「助けて」と訴えていた少女の顔が浮かんだ。
……あの時も本当は助けて欲しかったんじゃないのか?」
 アベンジャーズに引き合わされたきっかけの少女だった。だが、覚えているのはバナーだけで。少女は何のことか分からず、あどけない顔で首を傾げる。
 バナーはふわりと微笑んでから首を振る。
「しばらくは安静に。薬も少しだが分けてあげるよ」
 懐から小瓶に入れた薬を渡す。朝に一錠だと言い、次の患者の家へと移動した。
 記憶の片割れがピース違いではまっていくようだと思った。あの時と違う形で手元に戻る。この街は紛争も起こりやすく、治安は不安定のため武装した軍の兵士らを見た。彼らから目立たないように身を隠すことにも慣れているバナーは、以前も見た光景だと思えどこかホッとする。状況は違うが、知っている風景だ。
 そんなことが幾つかあり、このままこの土地で生活も回るだろうと確信した頃、歯車は少しずつ狂い始めた。
 テレビから流れてくる連日のニュースは、「インヒューマン」の言葉が目立つようになる。眉を寄せ、焦燥を覚えるのはハルクも同じく勘付いていた。
 しばらくインドで身を潜めていたバナーだったが、世界にインヒューマンが現れ出してから状況は悪化を辿る。混沌とする世界は、インヒューマンを異端とし、弾圧する動きへと加速し始めた。どこから聞きつけたのか、その対象は怒れる緑の怪物にも目を向ける。過去にハルクが軍用機を掴みビルへ投げつけた映像が今になり公開される不自然さを覚え、バナーはカフェテリアから足早に離れる。
 ここを出た方が良いと直感した。荷物をまとめるのに時間はかからなかった。慌ただしく借家から出たのは、潜伏場所はシールドに監視されていたことを思い出したからだ。だが、荷物を抱えドアノブに手をかけ出て行けば武装したシールドのエージェントたちが待ち構えていた。
 バナーは途端に顔を歪ませる。
 君がいないだけで世界はこうも冷酷なのか。
 超人的な能力を持った者は、我々に危害を加え世界は壊されるという加害した正義のメッセージは安易に人々の思考を支配した。
 警戒と威嚇の鋭い視線を向けられる。こんな刺さるような嫌悪を最初から向けられたらハルクも気にくわないだろう。
 鼓動が激しくなる。
 バナーは必死に沈まれと宥めたが、銃にかけた指が引き金を引く動きが見えた途端、目の前が緑に変わる。
周囲に響く銃声と騒音、人々の悲鳴とハルクの咆哮が夜の闇を裂く。耳を塞ぎたくなる音を聞きながらバナーは真っ暗な闇の中に沈む。
 悪夢のような世界はあっけなく終わる。
 怒り狂うハルクは手が付けられず、政府の軍は全滅。加担するインヒューマンも蹴散らし、地球を半分壊したところでストレンジが『世界』をリセットした。
「君はどういうつもりだ」
 顔を歪めたストレンジが、上半身裸で倒れこむバナーを覗きこんだ。
 地面に大きなクレーターができたその真中にいるバナーは起き上がりもせずぼんやりと砂埃が舞う空を見上げる。ストレンジの表情は逆光なのでこちらからは確認できないが、声色から呆れ果てているのだろう。バナーは、静かに溜息をついた。
「トニーがいない世界はこんなにもつまらないんだな」
「だから壊しても良いことにはならない」
 ストレンジの言い分に思わず鼻で笑うのを堪えきれなかった。
 よく言う、簡単にリセットボタンが押せる決定打を持っているくせに。ちらりと視線をストレンジに向けた。
「ハルクも清々しているよ。悪者は僕の方が対処しやすいだろ」
 トニーがいない世界を守っても仕方がない。本気で思っているわけではないだろ、とストレンジが問うてもバナーは返事をしない。彼も微妙な立場なのだろうとは理解できる。咎めることもできるだろうに、ストレンジはバナーの不満と容易に納得できない現状を知っている。ふと、視線を背けるストレンジは胸元にあるアガモットの目を手に添え小さな声で呪文を口にした。
 きっとまた、世界が書き換えられるのだろう。
 バナーはぼんやりそんなことを思った。どうせ、世界が修復しても、そこにトニー・スタークがいないのなら穏やかに過ぎる時は全てが色あせる。無意味な世界だ。そんな中で、ハルクと共存できるとは到底思えない。薄く笑んでから目を閉じる。
 君が投げかけた問いは、今もなお僕を離してくれない。呪縛のようだよ、トニー――……
 心の声が漏れたわけではないが、静かに横たわるバナーに何を思ったのかストレンジが視線を向ける。
……私も君と同じで探している」
――何を」
「答えだ」
 瞼を開けた。こちらを見下ろした瞳は苦悩に揺れている。もしかしたら、彼はバナー以上に過酷な場所で闘っているのかもしれない。消えかかりそうな声を聞きながら思考を寄せる。果てしない選択の中で、これから気が狂うほどの蓄積していく記憶が押し寄せるだろう。何度も世界をやり直し書き換えても彼だけは全て覚えているのだ。
 それはそれで、地獄だ。
 バナーはストレンジに視線を向けたが瞬時に眩しい光に包まれ目を閉じた。

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