しゅう as 猫田しゅうぞう
2025-12-10 21:31:07
20009文字
Public アナオビ
 

残り火

2010/8/13発行のコピー本の再録。
アナキンとオビ=ワンにまつわる六つの話。
今見るとさすがに構成が拙いが雰囲気はある。カップリング色なし。


夢見るいきもの

 まだ中庭から王宮内に足を踏み入れて数分もたたないというのに、熱烈な歓迎だった——決してありがたくはないのだが。
 飛び込むように襲いかかってきたその長躯は、ぎちぎちと耳障りな音をたてていた。
 オビ=ワンの腕へと、まるで装飾具を気どるように巻き付いたそれは、巨大なムカデと表現するのが一番近かった。もちろん、ムカデなどよりもはるかに巨大だが。その虫の体を覆う殻は甲殻類にも似ていた。腹のほうはいくらか薄く、サーモンピンクの色味は、茹でたてのエビも思い出させる——今はそれが、あまり良い連想とはいえないのが残念なところだが。しばらくエビを食べることは避けたくなるかもしれない。なんといってもこのエビは巻きつき、締め付け、噛み付く。それに、その頭にはぎざぎざとした歯のついた鋏があった。子どもなら喜びそうだな、などとくだらない想像が頭をよぎる。
 オビ=ワンは悪態をついた。しかし今更ライトセーバーをむやみに振り回すわけにもいかず、腕にからみつく長い胴を、ただ力任せに引きちぎった。抵抗で、巻きつく力が強くなり、腕が締め付けられるが無視した。ローブの上からでは皮膚に直接傷がつくほどの圧力ではない。ぶちぶちという嫌な手応えと、不快になる汁を飛ばしながら、切断面を震えさせている虫を捨てる。残った体も当然、腕からひきはがした。
 それから彼は数歩前を歩いていたパダワンに目を向け、一瞬目をそらそうかとわずかに迷った後、尋ねる。
「大丈夫か、アナキン」
 アナキンは暗く答えた。
——常識的に考えれば、こいつには外傷を負わせる能力などありませんね」
 その間にも、ぼたぼたと滴が落ちる。黄ばんだ粘液にたっぷり漬かった芋虫が、そのローブから滴っているのだ。
 理屈などぬきに嫌悪感がこみ上げる粘液の様子に、背後からオビ=ワンも顔をしかめざるをえなかった。においはわからないが、良いにおいには思われない。たしかに外傷はないだろうが、精神的には辛いだろう。かといって、同意するのも気が引けた。
「まぁ、しかしおまえが先を歩いていて、助かった」
「どういたしまして——あなたがご無事でなによりですとも、マスター」
 彼は苦そうに言い、かぶっていたフードを後ろへ払いのけた。濃い茶のフードから、すっかり幼いころの明るさを失い、色味の濃くなった砂色の頭が現れる。だが、それだけの動作でさえ、さらに残っていた幼虫がぼたぼたと足下へ落ちた。

 結局ローブを捨てたアナキンは、刃を出したままのライトセーバーを片手に、やはりオビ=ワンの前を歩いていた。
 同じとまではいかないが、似たような歓迎はすでに何度か繰り返されており、血肉を収集するという薄気味の悪い任務は今のところ順調に進んでいた。生け捕りにできたのは、せいぜいがローブに飛びついた幼虫程度のものだ。
「サンプル収集などと言わず、焼き払った方が良いのでは?」
「うむ。しかしサンプルがなければ、万が一、転化が我々の身に起こった際の対応が遅れるのも事実だ」
……その話、あなたがマスクをつけてくだされば信憑性もあるんですが」
「呼吸器官から感染するものではないだろう」
「ええ、二次被害は想定されていませんし。こいつらの体液から感染しないとも限らないですね。ああ、防護服でも着せてさしあげたい」
「アナキン」
「ソーリー、マスタ。心配しているだけ——
 窘めるようにねめつけられ、アナキンは肩をすくめた。
「黙ります」
「ともかく、集められるだけ、種別のサンプルを持ち帰るのが我々の急務だよ」
 言ってオビ=ワンは足下のボックスを蹴った。正確にはその衝撃でボックスが開いた。バラリと解けるようにして、ボックスから取っ手がついたキューブが展開する。その内部にはいくつもの採取ケースが入っている。もちろん、大小さまざまだ。そして、すでにその半分ほどが埋まっている。
「これほどとは、彼女は喜ぶかもしれませんね」
 彼女。そう、彼女のいい分も、彼女たちの行った行為も、アナキンには納得がいかなかった。何故それをジェダイは許すのだろうかと疑問が消えない。専門外のアナキンでさえわかるほど、技術としては確かに、飛びぬけたものではあるのだが。

 事の起こりは半月前ほどにさかのぼる。
 残念ながらテロリストというのはどこにでもいるもので、実際に反政府をかかげ、実現してしまうこともある。この惑星もそうだった。そうなればもう、立派な革命だ。だが、その革命は成功しなかったのだ。結果的に。
 王族は反政府組織に対し、報復を行った。そしてその結果、惑星を滅ぼすことになったのだ。
 ほとんど多くの民草は他の惑星へ逃げ出すことができたそうだが、王都とその周辺に生き住まう多くの者は、皆その犠牲となった。まだプロトタイプと言える技術に。
 それを訴えかけてきたのは王族の末娘で、まだ十五にもならぬ子どもだった。だが、知力で国家を納めていた一族だ。子どもといえど、彼女は共和国に助力を求め、コルサントまでやってきた。その腕に、キィキィと騒ぐ幼虫をかかえて。
 彼女のかかえた幼虫は赤子よりふた周り小さい程度だが、通常の幼虫にしては、あまりにも大きすぎる。もちろん、幼虫のようなエイリアンというわけでもない。そして、彼女はこれこそが証拠だと言った。これは犠牲になった「弟」だと。
「ガスとして散布する不可逆式トランスフォームです」
 それから彼女は、自分の、歪な変質をした腕を差し出した。
「私もすこしばかり、転化を」
 その腕はおぞましいものだった。薄い皮膚の下に、半透明で節足のつるりとした表面が透けている。折り畳まれた節足のおかげで、ほっそりしていただろう腕は腫れたようになっていた。今にも皮膚が破裂しそうなほどに。
「こういうことです。細胞を増殖させ、遺伝子を組み換えるのです。そうして思考も出来ない、人ではない存在に貶めるのが狙いです。我々の信仰は人を殺す事を許しませんが、昆虫ならば地の底の遣いで忌むべき存在……
 一抱えにまとめあげた髪も、だぶついた服も、彼女の聡明さをわざと隠すようだった。幼さには似つかわしくない大人びた口調で、彼女は切々と訴えた。元々、王族は学者の家系だ。聡明なのはおかしなことではない。意外なことでもない。そして滅多なことでは考え方が揺るがない。それらは政にも大切な要素でもある。しかし彼女は最後にこう付け加えた。
「もっと改良しなくては」
 優れた部分を合わせもってこそいるが——狂った科学者の血統といえるのかもしれない。
 彼女たちの技術力の高さ、科学力の高さは、銀河中の中心として栄えるコルサントにおいても希有なものだ。彼女ももちろん、それを理解していた。だからコルサントへ赴いたのだろう。彼女はその技術を売り渡すことと引き換えに、その完成を望んだ。

 そして、彼女たちの技術のために不名誉に死ぬこととなった者たちからジェダイは血肉を漁ることとなり、クローントルーパーたちは惑星を焼くことになったのだ。

 王宮の奥はまだ格調高さが残っていたが、どこも流れるフォースは暗く、澱んでおり、感知するだけで気が滅入るような状態だった。新たな生態系が生まれつつあるようだが、惑星全体に死が漂っている。
 当然のように蜘蛛の巣はあちこちに張り巡っており、一部の建物の表面など、崩れはじめてもいた。それに、奇妙な悪臭が充満している。
 ようやくたどり着いた一角には、蜘蛛の糸よりも太く、しっとりと濡れた糸が幾重にも垂れ、いくつもの繭を包んでいた。一つ一つの大きさからすると、そこまでに何体も駆除した転化者のような生き物がはいっているようだった。すこし身じろぐように、あるいは風をうけたようにその繭が不規則に揺れる。
 幼虫が這うような音も、羽ばたきの音も、鳴き声も、何一つ聞こえない。静まり返った部屋は、よく見れば女性のものだとわかった。そして、きっとこの部屋で誰かが転化した。部屋の内装からすれば、それこそ王族の一人かもしれない。
 大きな寝台のなかにちらりと目を走らせると、その天蓋の下、くつろぐように横たわった部屋の主がいた。
「マスター」
 アナキンは足をとめ、ライトセーバーのスイッチを切った。必要がないことは明らかであったからだ。続いて室内に入ってきたオビ=ワンはすでにライトセーバーのスイッチを切っており、悪臭に口元をローブの袖でおさえながら呻いた。
「死んでいるのか」
「ええ、腐っています。力尽きたんでしょう」
 そこには、女王であっただろう遺骸が残っていた。それも半分ばかり腐敗していた。それこそ悪臭の原因だろう。その身体は、ほとんど人の形はとどめていなかった。
 醜く、歪な姿は、人体から様々な昆虫のパーツが、無造作に突き出たようだった。しかし腹はまだふくれており、そばには繭になりそこねた幼虫の姿もある。かろうじて生まれ落ちた昆虫ではなく、転化者であるとわかるのは、その身体にまとわりついたボロ布のような布切れのせいだ。肉を破り、皮膚を破り、服を破り、新しい生命体へと転化した彼らに、以前のような意思はないだろう。ただ繁栄し、種を残すばかりの本能が残っているようだった。
 きっと繭をやぶった成虫は、この女王の遺骸を栄養分の一部とするのだろう。そうした性質の昆虫はすくなくない。
「かわいそうに」
 言って、ポケットから取り出した油を、その遺骸にふりまいた。油はじわりと寝台へも染み込んでいく。
「マスター?」
「子に喰われるよりは弔われたほうがいいだろう」
 彼はそれからすぐに、躊躇なく火をつけた。
 まったく何でも入っているポケットだ、とアナキンはからかおうかと思ったが、やめた。オビ=ワンの表情が、あまりにも切なかったからだ。

 それから、二人を回収する船と入れ違いに、惑星を焼くための散布隊が惑星に降り立った。彼らの手によって、惑星はすぐに、炎に飲まれることになった。オビ=ワンが燃やしたあの一室のように。

 見る見るうちに遠くなる、ごうごうと燃え盛る炎を眺めながら、オビ=ワンは傷ついたような顔のままだった。
「地獄というのは、あのような場所をいうのだろうな」
 彼は船に乗り込みながら、後悔しているように言った。感傷じみたことを言うのは、ほとんどパダワンの役割のようなものだ。オビ=ワンがそのような様子を素直に見せることに、アナキンは驚いてさえいた。
「縁のないことですが」
 アナキンは口を開いた。
 ——すくなくとも、僕らには、と内心で付け加える。地獄という概念がまずオビ=ワンにも正しく理解できているかも疑問で、師がどんな意味で口にしたのかが、よくわからなかった。しかし、不毛な話が続くのも嫌で、結局は喉奥に飲み込む。
「これから、徹底的に焼き払われるんですか」
「ああ。草の根さえ残さない。惑星を滅ぼすんだよ」
 採取ケースを改めて丁寧にボックスへしまう手を止め、オビ=ワンは冗談を飛ばすのでもなくそう答えた。ケースにとじこめられた粘質の体液は、実際には血ではないのかもしれない。転化者の肉ごと一部をこそぎ落として詰めたそれは、やはり気色良いものとは言えないが、それでも彼の目に嫌悪はなかった。
「かわいそうにな」
 つい先ほども聞いた言葉を、彼はもう一度呟いた。
 あきれたような、腹を立てているような語気が、吐き出される。その言葉には不信と、期待が混じっていた。
 そこでようやく、彼は悲しんでいるのではなく怒っているのだとアナキンにもわかった。オビ=ワンももちろん、納得などいっていないのだと。
 それを思うと少しだけ安堵できた。それこそ感傷以上のなにものでもないのだが。