しゅう as 猫田しゅうぞう
2025-12-10 21:31:07
20009文字
Public アナオビ
 

残り火

2010/8/13発行のコピー本の再録。
アナキンとオビ=ワンにまつわる六つの話。
今見るとさすがに構成が拙いが雰囲気はある。カップリング色なし。


墓からよみがえった男の話

 死ねば皆フォースに還る。
 繰り返し教えられるそれは、死への恐怖心を和らげるための、言い訳に過ぎないと考えていた。なにしろ生まれ育ってからジェダイ聖堂にいるわけではないから、そうではないと知っている。ジェダイの教えを学んでいるが、それでも外の世界を知っている。
 人は死ぬ。死は等しく訪れる。
 そしてそれ以上はなにもない。
 しかしアナキンの目の前には、フォース思念体という妙な幽霊がいる。性質の悪いことに、ずっと姿が見えている。声が聞こえている。それこそ男が死んだばかりのころからその存在を知っている。
 そうだ、死んだ男に違いない。
 初老の男だ。前髪は垂らさずに、後ろへ流した髪と一緒にまとめている。その姿ははじめて出会った時と変わらず穏やかで、信頼感を妙に抱かせる雰囲気を崩さず、顎ひげを撫でる指先は、時折、自信に満ちた唇をすこしだけ撫でる。だが、透けている。実体はない。ゆったりとしたローブの裾は揺れるが、それだって幻だ。一般的なジェダイ装束に身を包んだ、その長身の男は、アナキンの師になるはずであった男でもある。
 ジェダイとして、フォースに調和をもたらす選ばれし者として、アナキン・スカイウォーカーという十歳にもならない少年を、辺境の惑星から連れ出した男だ。
 もしも彼があの任務についていなかったら。
 二人が出会う偶然がなかったとしたら。
 彼に見出されることがなければ、きっとアナキンはあの砂漠の惑星を出ることさえなかっただろう。ポッドレーサーとして、誰よりも優れ、賢しいパイロットとして、あの地で名を馳せたかもしれない。そして、きっとそれで終わりだ。奴隷の身分である自分と母を、自ら稼いだ賞金によって自由にすることぐらいはしただろうけれど。
 ともかく今アナキンがコルサントにいるのは、あの時、男に見出されたためだ。結局、男は師となる前に命を落としてしまったが。
 男の遺体が炎に包まれるのを、まだジェダイのことなどほとんど知らぬままのアナキンは、見た。男の弟子だった人と。
 自分の師の望みを叶えるため、フォースの調和をアナキンがもたらすというその望みを信じて、男の師によって処遇が揺れたアナキンを助け、師とまでなってみせた青年と、共に見たのだ。
 その肉体が滅びるところを、灰になるところを。
 そして弟子がその死を悼み、しずかに頬を濡らすところを。彼が悲しみを胸の奥底へ小さく薄く、けれども重く仕舞いこむところを。

 それなのに、男が現れたのは、それから数日もしないうちのことだった。師となった青年との、ぎこちない共同生活が始まって、すぐのことだった。
 はじめは影だけで、それこそ幻覚だと思った。そして、縁の薄い自分に見えてしまうのは、きっと師がまだ男の死を悼んでいるからだと思った。影響を受けたのだと思った。リビングフォースに長けていると言われるアナキンは、他人の心の機微に同調するところがあるらしい。マスター・ヨーダが言ったことだ。そしてこれまでの短い人生のなかで不思議に思っていた答えがようやく与えられたようにも思った。だからそれは間違いではないはずだった。
 すると次は声だった。声がしたのだ。迷いを見透かすように「だめだ」と力強く否定をされた。それでおかしいと気づいた。
 そうして、最後に、影と声を備えた姿で、男は現れた。
 薄ぼやけた輪郭が、青白く透き通り、光を帯びた姿をふちどっているのが見えた。
 ――亡霊。
 もちろんそう思った。いまもまだ、疑っている。彼の姿をみて、もう一年以上は経っていたが、それでも、違うといったのは本人だ。信用できるものでもない。
 フォースが命を変換して、新しい形に、新しい魂へと変えるという。フォースという言葉に置き換えただけで、幽霊ではないかと言えば否定をされた。
 亡霊ではない。幽霊でもない。自分はフォースと一体化したのだ、と男は言った。そして、ジェダイの多くが、そうなるのだと。
 新しい魂。しかし結局は魂だけの存在なんて、非科学的だし、意味もない。死んでしまっては何にもならない。
 アナキンの生来の気質が、未だにその存在を受け入れられない。

「なにか言いたいこととか、そういうものがあるの?」
 二人きりになったところで、時折アナキンは尋ねた。
 そこに存在するはずのない男と、床に座り込んで会話をする。結局、亡霊扱いはやめられないままだ。最初はことあるごとに否定していたが、姿を見せるたびに亡霊扱いを受け続けた男はもう、訂正することはしない。
「ふむ。よい人生ではあったが、未練があるな。そう、亡霊のように。きみたちを導けなかったこと。そして、オビ=ワンを英雄にしてしまったこと――
 これはアナキンの理解を超えた言葉だった。
 オビ=ワン、というのがアナキンの師の名前だ。そしてこの男――彼はクワイ=ガンといった――の弟子であった青年。目の前でクワイ=ガンを殺されたオビ=ワンは、それまで絶えていたはずのシス卿を、見事に打ち破った一人として、そして異例のベア・クランとなったアナキンをパダワンとし、年若いジェダイ・マスターとなった特異な存在だ。
 しかし男の口ぶりではまるでそれが悪いことのようだった。それは名誉ではないのか。アナキンの常識からすれば、出世という言葉がふさわしいことだ。だから彼のいう「未練」がジェダイの感覚なのか、違うものだかもわからず、とにかくそれが理解できなかった。
 そしてそれを、アナキンのみならず、オビ=ワンに伝えることがないのも。
 しかし、しないのではなく、できないらしかった。
 オビ=ワンに、彼は姿をみせることさえできないらしいと気がついたのは最近のことだ。
 彼がそばにいるとき、そして彼が悩んでいるらしいときは必ず、男は現れた。
 そのくせ、側に寄ろうともしない。
 声をかけるのはアナキンばかりで、むしろ彼がそばに居るとき、つまり三人きりの状態ではまるで影のようにおとなしく、口を開きもしない。ただ、オビ=ワンとアナキンの二人を、見ているだけ。そして気がつくと消えてしまう。
 アナキンはようやくそれに気づいた。
――引け目が?」
「なに」
「引け目があるの?」
「うん?」
「彼に。オビ=ワンに」
「なぜだ?」
「肉体がないことに」
「引け目を感じている――と? おもしろいことを考えるな、パダワン」
「僕はあなたのパダワンじゃない」
 時折クワイ=ガンは、オビ=ワンの口ぶりをからかうようにアナキンを呼んだ。はぐらかしたいのかと腹がたって、いつもはしない口答えをアナキンはした。
「だって、オビ=ワンが悩むとき、あなたが必ず見えるよ」
――ああ、なるほど。別にそんなつもりはないが」
 クワイ=ガンは微笑んだ。その仕草は優しいが、肝心なことを彼は言うつもりがないのか、言ったためしがない。
「しかし、あいつは引け目があるのかもしれないな。私のパダワンは頑固で、融通が利かないからな」
……そうじゃない、あなたの話だ」
「わたしの話でもあるさ。あいつは私の死をきちんと乗り越えられていないのだろう。そうでなければ見えるだろう。私は君だけに見える存在ではないのだからな。……あいつは君ほどリビングフォースの読みとりに長けているわけではないが……だが存在ぐらいは気づくべきだ。あいつが気づいていれば――違ったかもしれないな」
――クワイ=ガン?」
 男は――アナキンがそのときはじめて、彼が老人になりかけの年齢だったのだと気がついた――疲弊したような表情をうかべていた。
「死ぬことは、さみしいのだな。わすれていたよ」
「わすれて?」
 クワイ=ガンは答えなかった。
 返答の代わりか、青白い炎のような幻影は突然消えた。スイッチを切るように。
 そうなるともうアナキンには見つけられない。いつもそうであるように、やはり呼びかけても彼は姿を表さなかった。

「アナキン?」
 虚空を探すように視線をはしらせていると、部屋にもどってきた師が不思議そうに声をかけてきた。
 先ほどまでクワイ=ガンが現れていたことを考えれば不思議なことではないが、死人との話題に出ていたとは、まさか彼も思うまい。
 オビ=ワンは床に座り込んだままの弟子を見下ろすと、自分の顎を撫でるように指を置き――最初は気づかなかったが、これはクワイ=ガンに似た仕草だ――首をすこし傾けた。何かを考えているとき、彼はよくその癖を出す。
 金色のやわらかそうな髪をすこしずつ伸ばしている彼はアナキンより十六ばかり年上のはずだが、まだ十代後半に間違われることもありそうだった。だから、その癖はこうしてみると、背伸びをしているようにさえ見える。
 もちろん、歳相応どころか、彼はそれ以上に落ち着いている人で、きちんとした場にこそ出れば、立派なマスター・ジェダイとしての風格というものはあるのだが。
「なにかあったのか?」
「なんでもない」
 否定して、アナキンはまだ年若い師に向き直った。
「ねぇ、どうして瞑想なんて続けられるの」
 話題を変える。オビ=ワンは片方の眉を器用に上げた。
――おまえは気が散りやすすぎるのではないか?」
「そんなこと! ……なにも考えないのが苦手なだけ」
「リラックスすることだな」
 オビ=ワンは微笑んだ。
「しかしおまえが自分から瞑想しようとするなんて、明日は雨かな」
「オビ=ワン!」
「マスターとよびなさい、と言っただろう。正式な師弟関係になって、どれだけ経つと思っているんだ?」
「わかってますよ、マスター。話がそれてます」
「そらしたんだよ。必要以上に意識をしたところで、瞑想はできないだろう」
 彼はだいたいにおいて、真面目すぎる性格のせいで厳しい。だが、こうして普段はとても、とても優しい。
 不満げに眉を寄せたアナキンに、彼は指を鳴らした。
 綺麗にぱちん、と小さな音が鳴る。いつのまに、と思わず驚いた。それはアナキンが教えた仕草だった。オビ=ワンは最初指を鳴らすことなんて知らなかったぐらいだ。
「そうだ、マイ・パダワン。マダム・ジョカスタがパダワンへ温かいココアを、と。飲むかい?」
「あなたの分もあるの?」
「もちろん。彼女はそんなケチじゃない」
「じゃあ、僕が入れるよ」
「瞑想はあとで?」
「そう。リラックスしてから」
 アナキンはくすりと笑ってみせ、立ち上がった。
「だからマスター、あなたも一緒に」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 アナキンは彼を追い出すように立ち上がると、渡りに船とばかりにキッチンへ向かった。
 ちらり、と閉まりかける自動扉の向こうに、寂しそうな顔をして腰掛けた亡霊が再び見えたように思った。だがそれが願望であることはわかっていたので、すぐに目をそらした。