しゅう as 猫田しゅうぞう
2025-12-10 21:31:07
20009文字
Public アナオビ
 

残り火

2010/8/13発行のコピー本の再録。
アナキンとオビ=ワンにまつわる六つの話。
今見るとさすがに構成が拙いが雰囲気はある。カップリング色なし。


灰か遺骨か

 魚が見えた。
 おかしいなと思って隣をみるが、肩を並べる彼の目には、どうも見えていないらしい。幾度か盗み見るように目をやり、しかし何度確かめたところで消えぬその姿が不思議であった。
 さまざまな種類の魚だ。
 同じものもいるが、ほとんど似ていない。ただ、大きさばかりはどれも手のひらで隠せてしまうものばかりだった。
 もちろん、断っておくが二人して並び歩いているこの場所は海中ではない。水族館などでもない。今となってはドロイドも働いていないはずの、ただの廃工場だ。
 姿が透けているわけではない。
 輪郭だけというでもない。
 まるでこの空気こそが見えぬ水のなかであり、魚はそこをただ泳いでいるようである。
 ホログラムではないだろう。広範囲にこれだけ精密な投影をまかなえるだけの電力があるわけもない。エネルギー供給など絶えている。
 そこに確かに存在を感じるが、しかし幻覚とはそれこそ、そういうものを言うのだろう。
 考えている間にも、魚は同行者の肩にぶつかり、すりぬけていった。
「あっ」
 思わず声をあげてしまった。
 だが衝突を受けたはずの彼は気づいてさえいない。私が目を逸らしている間に、少年から青年へと成長してしまった彼の肩は、魚の影響など受けていない。よろめきさえもしなかったが、その存在さえ認めていないのだから当然であるのか、それともそれが幻影であるからこそなのかはわからない。
 ただ、魚はまだ泳いでいた。
 それどころか、どうしたことかわからないが、数が増えてさえいる。
「なんです?」
 同行者が顔を覗き込んでくる。
 疑いもなにもない、ただ見つめてくる目玉に何故か後ろめたさを感じた。
「いや……
 そっと目をそらし、幻覚を確かめる。だが、やはり魚は消えない。影となることもない。
 誤魔化すことも、正直に告白することも、どちらとも気が進まず、ただ言葉を濁した。
「気のせいだ」
「オビ=ワン」
 責めるような語調で名を呼ばれる。しかし誤魔化すなと言われても、どのように説明するべきかわからない。
「夢でこんな場面を見たと思い出しただけだ」
 結局嘘をついた。
 見えぬらしいものを、どう見ろといえばよいのかわからなかった。リビングフォースの申し子といえる元弟子が気づかぬところをみると、自分にばかり見える幻覚のようであるし、そもそもロマンチストのようで、彼はこういう事態に対しては私よりも現実的だ。
 さらに無視を決め込もうかと考えていると、魚の群が去りはじめた。
 どこへ行くのだかわからない。ただ、きらりと鱗が光るのが美しいなと思った。波を作るように一斉に、魚たちはどこかへ向かって泳ぎだした。何かを待っていたのか、と思いながらその背を見送る。
「予知夢ですか? こんな、なんでもない場面を?」
 アナキンはいぶかしんでいるようだった。フォースを通して、なにを考えているのか探ろうとするような意志を感じる。
「疑い深いな。デジャヴさえ私には許されないと?」
「あなたがそんなことを言うのが怪しい、と思うだけですよ。なにを誤摩化しているんです」
「なにも」
 めんどうだ。
 私は弟子の疑いをはねのけて、魚のことはすっかり忘れることにした。だが、そう決めたばかりであるのに、とぷんとなにかが水に落ちる音に、思わずふりかえってしまった。うまくいかないものだ。
「ちょっとあなた、さっきから一体――
 弟子がなにか言っている。
 だが新たな幻影に絶句するので忙しかった。
 そこにいたのは魚ではなかった。
 補食者だ。身丈ならば自分よりも大きいほどの鮫が、やはり先ほどの魚と同じようにそこにいた。
 ゆるりと私の前に現れ、おどろいている間に体をすり抜けていく。ぎざぎざの歯が自分の血肉を裂くこともなく過ぎて言ったことにおどろいて、思わず腰が抜ける。
 同行者が額に手をあててきた。
「熱でも? あまり熱いようには思いませんが――
 失礼な。だが案外はずれていないような気もした。
 幻覚に違いないのだから、頭のなかがオーバーヒートでもしているのかも知れない。否定はできない。
「わからないが、もう帰るとしよう」
 支える腕へと、よりかかるようにして立ち上がる。
 同行者は心配そうな顔をしていて、そんな顔をさせているのが自分だということも忘れて、これはおもしろいなと笑ってしまった。
「オビ=ワン、あなた大丈夫ですか」
――さて、わからないが」
 発作のような笑いをどうにか飲み込み、支える手を払いのける。

 もう魚は見えない。だが、それでもまだ、なにかもどってくるような気がして、私は目を閉じられなかった。
 待つようにしていると、先ほどのような水の音がした。
 探すように、視線をそっと巡らせながら歩き出す。言うまでもなく、魚の消えた方向だ。そしてそれは帰路とは違う。
「帰るのでは?」
「いや、すこしね」
 見えぬものを同じように見せるのはむずかしい。
 それこそ炎のあとに灰と化すか遺骨と残るかを予想するのと同じようなもののように思えた。だが自分がそんなことを考えるのが思うとどうにもおもしろくて、やはり笑い声を零してしまう。
 アナキンが不安そうな顔をしたのは無視をしてやった。
 どのように説得すれば伝わるのかわからないし、やはり手間だと思った。どうせ本当のことなど自分だってわからない。

 しかしいくら探せども、魚は消えたきり、見つからなかった。もちろん、それきり水音も聞こえない。