kr0mm333
2026-06-13 16:02:13
10521文字
Public バチ(腐)
 

六平先生は靡かない

こちらはチヒ柴webオンリー「最高の共犯者」展示作品です。
開催おめでとうございます!

年齢逆転チヒ柴の学パロです。
チヒ柴ですが、未満な感じかも。

六平先生→柴の高校の非常勤講師。担当教科は数学。職員室に机がないので準備室にいる。柴君の誘惑に靡かない大人。

柴くん→高校2年生の梅雨に六平先生と出会った。六平先生に日々ちょっかいをかけては軽くあしらわれている。顔よし頭よし、運動神経よし。モテる要素しかない。


 準備室は静かだった。
 ペン先が紙を擦る音だけが、小さく部屋に響いている。
……ふう」
 千鉱は準備室で一人、机に向かっていた。手元に広げているのは次の小テストの問題で、教科書や問題集を見比べながら出題を考えている。
 最近は、この静かな時間が当たり前になりつつあった。
 元々、非常勤として籍を置いていた千鉱が数学の教科担当となって一年あまり。
 それまで毎日のように準備室へ来ていた柴が、週明けから姿を見せなくなったからである。
 土日を挟めば、もう四日になる。
 出席日数は計算しているということでサボりに来ない日もあったが、そういうときは休憩時間か放課後に顔を出していた。
 だが、この二日間は一度も顔を見ていない。
 自分に会いに来ることより優先したい相手ができたのなら、それはそれで健全なことだろう。生徒の間でも人気がある男だ。そういうことがあっても不思議ではなかった。
 そう思いながら、テストの問題へ視線を戻す。
 そのとき。
 すぐ近くでドアを開ける音が聞こえた。
 この階に部屋は二つ。
 今いる数学準備室と、隣の空き部屋だ。
 空き部屋は普段施錠されているはずだが、ドアが開く音を聞いたのは初めてだった。
 しかも今は授業中だ。サボりの生徒かもしれない。
 誰が入ったのかはわからないが、確認くらいはしておいた方がいいだろう。
 ペンを置いて準備室を出る。ドアを施錠すると、隣の空き部屋へ向かった。
 ドアを静かに開けると、一人の生徒がパイプ椅子に腰掛けている。
 まず目についたのは、見覚えのある金髪。
 髪を下ろした姿は珍しく、一瞬だけ誰かわからなかった。
……柴?」
 千鉱の声に振り返ったのは、やはり柴だった。
……なんや、見つかってもうたわ」
 いつもなら軽口の一つでも飛んでくるところだが、それきり柴は口を閉ざしている。
「お前、どうしたんだ?」
 柴にいつもの快活さはなく、どこか上の空だった。
「別に」
「別に、と言う顔じゃないだろ」
「何でもないから放っといてくれ」
 素っ気なく返されても、千鉱は引き下がらない。
「週明けから登校してなかったと聞いた。体調でも崩したのか?」
「違う」
「家で何かあったとか」
「なんもない」
「友人と揉めたのか」
「違う言うてるやろ」
 返答する声は小さくなるばかりで、視線も合わせようとしない。
 これほど露骨に様子がおかしい柴を見たのは初めてだった。
……誰かに、何かされたのか?」
 その一言に、柴が勢いよく顔を上げる。
「そんなんちゃうわ!」
 空き部屋に声が響いた。
「なら、何があった」
「だから……!」
 何かを耐えるように押し黙り、次の瞬間。
「俺だけにしとけって言うたくせに!」
 あまりに唐突な言葉に、千鉱は呆然と柴を見る。
 千鉱が何も言わないからか、柴は止まらない。
「女いてたのに、自分だけにしとけってなんやねん!?」
 柴の叫びに、千鉱は目を瞬かせた。
……女?」
「女おったら俺なんて最初っから眼中にないわけや。何言われても動じやんのも当然や。人のこと弄んどったんか」
「ちょっと待て、柴。女って……なんのことだ?」
「しらばっくれんな。日曜に女と二人で歩いとったやろ。えらい楽しそうにしとったなあ?」
「日曜…………?」
 口に出してみると、思い当たるのは一人だけ。
「何が悪人は無害な顔しとるや。クズはどっちやねん。お前なんか、」
「柴! 話を聞け!」
 咄嗟に腕を掴むと、思い切り振り払われた。
 その拍子に振り返った柴の肩を、今度はしっかりと掴む。
 そこで、ようやく目が合った。
「あの人は、義姉あねだ」
「あ、ね……?」
「俺の兄の奥さんだ」
 「兄の奥さん……」と繰り返すと、柴の体から力が抜けていく。近くのパイプ椅子に座らせると、千鉱は落ち着いた声で続けた。
「俺の兄は刀鍛冶だ。そして、俺も兄を手伝っている」
 だから常勤にはなれない。非常勤として学校に籍を置いているのも、そのためだ。兄に弟子はなく、千鉱がずっと一緒に作業をしている。
「鍛刀場は山の中にあって移動が不便だから、時々買い物の送迎や荷物持ちをしてるんだ」
……てことは、俺が見たんは」
「義姉との買い物だ」
……義姉って言う割に、距離が近かったんは?」
 距離が近いつもりはなかったが、その理由にも思い当たる節があった。
「義姉は幼馴染なんだ。長い付き合いだし、あの距離が当たり前で気づかなかった」
 今後は気をつける、と申し訳なさそうに言うと、柴は脱力して仰向けになる。床に落ちるのではないかと慌てて手を伸ばしたものの、その必要はなかった。
 仰向けの目元に腕を乗せ、柴は「なんやぁ……」と呟く。
「ぜんぶ……俺の勘違いやったんか」
……そうなるのか」
「よかったぁ……
 柴が、体を起こして千鉱を真っ直ぐに見る。
「先生、ごめん。勘違いして、怒鳴ってもうて」
「構わない。俺も誰かに見られているかもしれないのを意識していれば、お前に勘違いさせることもなかった」
 すまなかった、と言って柴の頭に手を乗せる。
 セットしていると言っていた髪が、指先に少し引っ掛かった。
「ちょっと、触らんといて」
「絡まってるな」
「それは……センセーのせいやし」
 だから触らんといて、と言われるが、その手を払われることはなかった。
 そのとき、校内に授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「センセー、食堂まで付き合ってや」
「断る」
「ケチー」
 数学準備室の前には、いつもの二人の姿があった。