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花筵シヂマ
2026-06-06 23:20:01
27374文字
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玲瓏の花籠(3から4話まで)
後転男体化なので前は女の子のミズキが出てきますが、転生しておとこになり、例の村で父と再会します
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時々、この妖怪屋敷にも雨が降る。
しとしとと雨が葉を叩く音を聞きながら、紫の御簾を自ら捲り上げた。
空は分厚い雲が覆い隠し、たまに不機嫌な音を鳴らしている。
不意に、その音を縫うようにして鈴の音がどこからともなく聞こえ始めた。ミズキでもなく、ネコ女でもない。無論、父でもない存在の気配にゲゲ郎は舌打ちする。
乱暴に御簾を下げて逃げようとしたが、萎びた手が床板を這い、畳を叩いた。
「この婆の気配を感じて逃げようとしたのかい」
その通りだが、年上相手にそうだとは言えない。ゲゲ郎は恐る恐る振り返り、作り笑いをした。
紫の浴衣を着たおんなが、御簾を背に座していた。おんなは瓜実顔を剥き出しにするように丸髷にし、さした赤い玉かんざしがぬらりと光った。いつ見ても歳は四十ぐらいに見えるが、顔には皺ひとつない。先程の老いた手も白い柔肌になっている。
「父が余計なことを言うたのじゃろう」
下手な作り笑いはもう無駄だろう。ゲゲ郎は無表情にそう吐き捨てた。
「そうさな。お前が人間のおんなに夢中になっておると聞いたさ。無知な我が子に手解きをして欲しいと言われたよ」
ゲゲ郎は青ざめておんなを見た。おんなは、ひっひっひと不気味な笑い声をあげた。
「孫みたいなお前とそんなことをするわけがなかろう。ちゃんと手引きを持ってきたさ」
「手引きなど要らぬ」
「相手は人間の小娘なのじゃろう? おまけに生娘ときておる」
「なっ、なぜそれを」
「お前についた匂いでわかるのさ」
おんなは和綴りの本を投げて寄越してきた。おっかなびっくりしながら受け取り、捲りあげる。中には霰もない人間のむつみ合いの絵が載っている。
「ちゃんと人に合わせた愛し方をしてやらねば、人は脆い。壊れてしまう」
眉を下げそう言うおんなの表情は暗い。比喩でもない、本当なのだろう。
「
……
そうなのか
……
?」
ミズキが痛がるような真似はしたくない。なるべく丁寧に触れ続けているが、それでも確かに、壊しそうな不安はある。
妖怪のおんなと違い、ミズキは怪我すればすぐ血が出る。打つけると肌が青じむ。雑巾がけで手指があかぎれる。大丈夫だと強がるが、ゲゲ郎からしてみれば痛々しくて見ていられない。
だからこそ、まだあの閉じた花びらの奥底を己の欲望で犯せないでいる。
「心当たりがあるかい。それに痩せっぽっちじゃと、なかなか子を授かりにくい。それなりに肉体を育ててやらねばならぬ」
おんなは紫の浴衣の襟を引き上げ、剥き出しになった肩を隠す。
真剣な眼差しをすると本を片手に持った。そして低い声で丁寧に人間について語り始めた。
おんなーー砂かけ婆はゲゲ郎と違い、人里近くで生きてきた。
彼女は人の脆さも人の優しさも触れて生きてきた。その彼女が紡ぐ人の世界の話も、人の肉体の話もゲゲ郎には新鮮だった。
話し終えた砂かけ婆はそれでも不安そうな表情を崩さない。
「人どころか、妖怪とも関わってこなかったお前さんが
……
人のおんななど愛せるのか?」
答えにくい質問だった。
ゲゲ郎は未だ愛というものがわからない。しかし、ミズキが誰かの妻になり褥を共にし知らぬ人の子を宿すなど考えたくなかった。
「ミズキは父に
……
殺されかけたのじゃ」
寝室の布団に寝かせていたミズキに似た人形を、砂かけ婆に見せる。毎日髪をといているおかげが、黒い髪は艶を帯びている。
「この人形はミズキの魂が入っておる。この人形にされたことはそのまま、ミズキの身に起こるのじゃ」
砂かけ婆はそっと人形に触れた。傷をつけないように静かに。
「この子を守るために妻にするのか? それは情ではないのか」
砂かけ婆の目にはほんのりと怒りの炎が宿っていた。おんなを食い物にすることは許さないとばかりに燃えている。
「違う
……
儂は
……
儂が、ミズキと共にいたいのじゃ
……
一人であった儂に、ミズキはずっとそばにいてくれた
……
」
砂かけ婆の眉間の皺が徐々に解けていく。
まるで祖母の機嫌を伺っているようだ。
「そ、それにな。ミズキは母の人形も作りなおしてくれたんじゃ」
「あの盗まれた人形をか
……
それは随分と器用な」
無論それだけではない。
ミズキのそばにいると春の日向にいるように心地良いのだ。今までこの部屋に誰かを入れることは腹の中を探られるように不愉快だった。だがミズキがこの部屋の扉を開け放ってくれた。春の風を吹き込ませてくれたのだ。
母を早くに亡くしたゲゲ郎にとって、安堵できる場所はどこにもなかったように思う。それがミズキと出会い、ようやく見つけられたように思う。
「ミズキと共におる方法はこれしかわからぬ
……
これ以外に何があるというのか」
砂かけ婆は視線を落として強く瞼を伏せた。
ミズキが置かれた現状を思い返しているのだろう。
ミズキを娶ることでしか守れない。
勿論、ゲゲ郎にとっては望まない方法ではない。
しかしミズキはそうではない。
ゲゲ郎の中で確かに芽吹いている愛のようなものは、ミズキには少しも無いに等しい。あるとしても肉欲とは乖離したものだろう。
もし出会った場所も時間も違っていれば、時を重ねて愛とやらを共に育てられたのではないだろうか。
そう思わない日はない。
だがそんな時間などないのだ。
隙を見せれば奪われる。
何もかもをーー父に。
「そうじゃな
……
ならば一層、大事にしてやらねばならぬな」
砂かけ婆はそう言い、ゲゲ郎の背中をやんわりと撫でた。
砂かけ婆は朝には二日ほどゲゲ郎の部屋に出入りしていたが、すぐに来なくなった。
ゲゲ郎はすぐに、砂かけ婆から教わった通りの食材で料理を作るように命じた。やがて、ゲゲ郎の部屋に運ばれてきた新しいお膳をみたミズキは目を丸めて驚いていた。
「なぜ俺だけ違う料理なのですか?」
「ミズキは痩せておる。もう少し肉をつけた方が良い」
「痩せてなんか
……
」
ミズキは自らの腕の肉に触れている。薄水色の浴衣越しに胸が寄せられていくのが見えてしまい目を逸らす。夜は気にせずにその胸を揉みしだいているというのに。
「そんなことせずともよい、早よう」
お膳を押し、急かしてミズキが肉体に触れるのをやめさせた。不服そうにしながらも、料理人の苦労を思ってか残さず食べてくれた。
魚、豆腐、ほうれん草、トマト、肉
……
どれも子を孕めるようにと余すことなく使った料理を毎日与えた。
目に見えてミズキの肌の血色は良くなり、少し肉付きもよくなってきた気がする。
さらに砂かけ婆はミズキが月のものが来ているかを確認するようにと言われた。それが孕めるかどうかの目安になるから、と。
さすがにそんなものが来ているかをミズキには聞けない。だからといって、懇意のネコ女に訊ねれば夜の交わりが露見してしまう。
これについてはそうなるのはわかっていたとばかりに、砂かけ婆が聞いてきてくれた。まだ懐妊はしていないが、充分に孕めるーーと囁かれて顔に熱が集まった。
「しかしあの子が孕んでしまえば、どうするんだい。洗脳を解いて説明でもするのかい?」
「それは
……
」
考えていなかったわけではない。
ただ思考から追い出していただけだ。
もし事実が露見すればミズキはゲゲ郎を拒むだろう。
あれほどまでに性行為を嫌悪しているのに、知らず知らずのうちに肉体を開発されているの知ればどう思うだろう。
どうすれば良いのか。
考えれば考えるほど、まとまらず、ゲゲ郎はただ快楽の夜に逃避するしかなかった。
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