mishiadd
2026-05-12 01:01:36
21229文字
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いおりひとり旅・日本紀行:燃ゆる海

【現パロ】記憶はないけど『倭建命』に縁がある一般大学生の宮本伊織さんがヤマトタケルゆかりの地を一人旅するシリーズ3作目。草薙剣の伝承の町【その他】
前作『いおりひとり旅・日本紀行:光芒射す』:https://privatter.me/page/6a098213a9ba4


五、

ぶらぶらと湾岸沿いの公園を散策し、地元民の健康維持のためにわざわざ造られているらしい、平地の中を真っすぐに伸びたジョギングコースを辿る。行きついた先には地元民向けの博物館などが点在するエリアがあるようで、そのうちのひとつが『観光客向け』の海産物直販センターになっているようだった。
時刻は十七時を回っており、公共施設が閉館していく中でかろうじてこの海産物直販センターは営業を続けているようであったので、ふらりと中に入る。

名物である鰹を使った駄菓子や、黒はんぺんと呼ばれるS県内でのみ流通している濃厚な魚の旨味を持つ魚のすり身食品――なお、S県民にとってのはんぺんがこれであり、いわゆる『はんぺん』は白はんぺんと呼ばれて区別されているという例の現象が起きている――が並べられており、目を惹かれたものを妹への土産物として購入した。

来た道を戻って港湾周辺に着く頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。小さな波止場に小さな漁船が並べて泊められており、船に灯ったライトが真っ黒な海面にちらちらと反射して幻想的な雰囲気を作っている。妹と共に行ったテーマパークで見た夜のカリブ海の海辺の雰囲気にも似ていた。

堤防に囲われた港湾内を歩き、やや奥まった場所にある曲がり角へと向かう。――Googleマップの音声案内が終了する。

Y市は漁港町である。日本有数の深海湾に面しており、湾内では金目鯛など脂の豊富な深海魚が獲れ、Y市が主産業としている遠洋漁業では大ぶりの鮪や鰹が多く獲れる。……というわけで、Y市は鰹をご当地駄菓子に豪勢に使うし、地元の寿司屋では県外民にはちょっと信じがたいような量の鮪が出てくる。

地の利を生かした寿司――となるとますます自宅での再現は困難となったが、これもまた伊織のガイドブックを盗み見た妹が「食べてみたい」とぼやいていたので来てみた次第だった。

煌々と灯りの洩れる引き戸に手を掛けて、カラカラと開けて中へと入店する。――地元で獲れた魚で海鮮丼を出してくれる寿司屋、であった。







「教育委員会の定例会議に議題として付議してもらう」――となると、まず伊織が相談すべきは部活の顧問の教員ということになる。師範は学校が指導を依頼している部外者であるので、この場合は役に立たない。
教育委員会まで上げるとなると、剣道部顧問から校長に上げてもらい、校長から教育委員会に議題を申請、といったところだろう。

放課後、部活動の前に伊織が職員室へと出向いていくと、ちょうど顧問が自席から立ち上がるところだった。本人には剣道の経験もないということで、部活動の指導にはあまり熱心ではないこの教員はめったに部室に顔を出すこともない。
それでも伊織の姿を見とめて「あれ、どうしたの?」と声を掛けてくれた教員に、今自分がたったひとりで立てている企画の話をすると「えっそうなの」とやや面食らった顔をする。

「そうなんだ。……主将たちからは何にも聞いてなかったけど」
「すみません。もっと早くに言っておくべきでした」
「いやいや。……まあそこは、顧問業をサボってたボクのせいでもあるよね」

首に手を当てて軽くひねるような仕草をした顧問教員が、再び席に着く。引き出しからメモ用のノートを取り出しながら、「――それで、ひとりでやってるんだ?」と伊織に問いかけた。

「はい」
「ふうん。――いいね。たったひとりの、ひとりプロジェクトだ。自分の他には誰もいない、誰も事情を知らないし、どうしてそんなに必死なのかも誰もわからない、理解してくれない」

カリカリと顧問がノートに書きつけている。フフ、と笑った。

それでも構わない――ただ、自分の信じた価値の為にやるんだよね」
「? はい」

高校教師の割には不摂生に長く伸ばした髪を後頭部の高い位置で一括りにした顧問が、ぱちん、とペンを置いた。

「いいよ。校長にはボクが必ず話を通すよ。……だから、キミは付議のための資料を作ってくれるかな? それさえあれば誓って必ず話は通すけど、逆に言うと、資料がなければボクには何もできないんだ」

それだけ告げられ、伊織は職員室を出た。――うん、と握りしめた拳を見下ろす。



うまくいくかもわからない。結果は誰にもわからない。通りすがりの武芸者を、師範を、恩師を巻き込んで、そして部の皆にとっての文化祭という少年時代の一生の思い出ができるかどうかの貴重な機会まで賭けて、それでも自分ひとりの我儘を押し通そうとしている。
自分が諦めたところで、他の誰が代わりにやってくれるわけでもない。自分がやらなければただ何も起こらないだけだ。――もし実現できたら、自分がちょっと嬉しいだけ



部活での稽古を終え、一人暮らしの自宅へ帰る。小さなワンルームの部屋で、古いノートパソコンを開いた。――授業の課題レポートにしか使ったことのない文書ソフトウェアを開く。







たったひとりで図書館で描いた机上の空論ロードマップに、少しずつ人名を当て嵌めていく。実際そうやって思考の上だけでもかたちにしていくと、まだ決まっていなかったことや課題点が見えてくる。
演者の身分証明はいつどのように示せばいいのか、実際本人を校舎内に呼んでみてどうするのか、舞台前後の真剣の置き場所は、控室は、悪戯半分で生徒や文化祭の来訪客に真剣を持ち出されないためのセキュリティ対策は、実際に演武をする上で観客席の安全策は――

「できる」ことを示すことは、「できなくなる」あらゆるイフを先回りして想定し、カウンターを用意することだ。

書き出せば書き出す程、ぼんやりとしていたものがはっきりとかたちをとって見えてくる。同時に粗も見えてくる。そのたびに調べ物をしては提案の中に盛り込むということを繰り返していれば、あっという間に時間は過ぎていく。

気付けば一週間が既に過ぎていて、教育委員会の定例会まであと一週間を切っていた。

一週間ぶりに顔を合わせた顧問は「校長には話しておいたよ」とあっさり言った。

「当日の議題に入れてもらうよう教育委員会に話は通してもらった。完成版の資料は会議の前日には欲しいけど、間に合いそうかなあ?」

間に合わせるしかない。定例会議は火曜日にあり、土日を挟んでいる。二日間を丸ごと使って仕上げれば何とかなるのでは――とこれまでの進捗を考えて頷く。



――その、金曜日の夜のことだった。



そもそもが近所の大学生から譲ってもらった古いノートパソコンで、いい加減ガタが来ていたのを騙し騙し使っていたのだ。最近では挙動が怪しかったので、課題レポートのファイルなどはすべてUSBに入れるようにしていた。
コンビニで買ったアイスコーヒーのストローを咥えながら画面を見ていた時だった。――プツン、と突然画面が暗くなった。

マウスを動かしたりキーボードを叩いても、うんともすんとも言わない。と、よくよく目を凝らしてみると、うっすらとモニターに何かが見える。……結論から言うと、スクリーンのバックライトが切れたようだった。PC自体の機能には問題がないようだったが、モニターが寿命を迎えたのだ。

幸いデータはすべてUSBに入っていて、最悪の事態は免れた。が、当然これから作業する手段を失った。

本来であればこれから深夜0時を回るまで作業をするつもりであったが、それもできなくなった。明日からの週末も、土日では学校の図書館も開いていない。――こうなればネットカフェに入り浸るしかないか――などと考えながら、気分転換に近所のコンビニへと足を向けていたところだった。

「あれ、伊織じゃん。何してんの」

向かいから、自転車を手で押しながら制服姿の少年が歩いてくる。剣道部の会計係だった。
今日は部活の稽古はなく、会計係としての所用もない筈だった。それが、二十時を回ったこんな時刻に制服姿のままでいる。むしろ私服を着ていた伊織が問い返した。

「おまえこそ。こんな時間に何をしている?」
「いや、まっすぐ帰ろうと思ったのに自転車パンクしちゃってさあ。修理するのにホムセン寄ったら今日に限って謎にめちゃくちゃ混んでて。閉店まで掛かった」

「腹減ったあ」とぼやく同級生に、伊織がたまたま鞄に入っていた菓子パンを手渡してやる。「サンキュ」と遠慮なくパンを頬張りながら、会計係が尋ねた。

「で? 伊織は何してんの」
「いや……それが」

ノートパソコンが壊れた旨を伝えると、「ああー」と声を上げたのち、会計係があっさりと言った。

「んじゃ、うち来る? 貸してやろうか、兄貴のパソコン」
「え?」

伊織がぽかんとした様子で問い返すと、あっという間にパンを食べ切ってしまった会計係がこともなげに言った。

「うちの兄貴パソコン何台か持ってるから、頼んだらひとつくらいくれるよ。伊織んちまで持って帰るの面倒だったら、土日はうちで作業やってってもいいし」
「それ…………ありがたいが」

渡りに船だ。――あまりにも出来過ぎている
伊織のノートパソコンが壊れた日に、たまたま同級生の自転車のタイヤがパンクして、ホームセンターにはたまたま同じように自転車のタイヤがパンクした大勢の客が詰めかけていて、ようやく修理を終えた彼の帰り道にたまたま伊織が出くわした
そしてその同級生の兄はたまたまパソコンを何台も持っていて、伊織に貸し出せる余裕があった。……これがフィクションであるならば、こういったご都合主義の展開もあるだろう。

そう、ご都合主義というならば、何よりも。

「安井。……おまえ、俺の企画には反対だったろう? 俺に協力すれば、会計係であるおまえの手間が余計に増える。なぜ俺を助ける」
「んー?」

修理のついでにメンテナンスをして明るくなった自転車のライトの灯りの中で、会計係がにやりと笑った。

「ぶっちゃけ、女装メイド喫茶イヤだしな。……おまえのやつの方に乗っかっといた方が面白そうじゃん」

「頑張れよぉ」と、ぽんと肩を叩かれる。そのまま同級生の家に同行し、伊織が元々持っていたものより余程性能の良いノートパソコンを譲り受けて帰宅する。コンビニには寄らなかった。