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mishiadd
2026-05-17 17:53:39
17724文字
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いおりひとり旅・日本紀行:光芒射す
【現パロ】記憶はないけど『倭建命』に縁がある一般大学生の宮本伊織さんがヤマトタケルゆかりの地を一人旅するシリーズ2作目。草薙剣を祀る街。【その他】
前作『いおりひとり旅・日本紀行:宮本伊織の歴史ミステリー・吾嬬はや』:
https://privatter.me/page/69f81c31de2dc
次作『いおりひとり旅・日本紀行:宮本伊織の歴史ミステリー・燃ゆる海』:
https://privatter.me/page/6a01fd6059b79
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一、
神道よりは、養父の影響でどちらかといえば仏教の方がまだ馴染みがある。日本神話を知らないわけではなかったが、元々伝奇や伝承の類は嫌いではないというだけであったし、それこそ三国志のように読み物として楽しみ、また一般常識として概要を身に付けているというだけの話であった。
それでも、『日本武尊』
――
あるいは『倭建命』
――
ヤマトタケルノミコト、は伊織にとってはなぜか特別に身近に感じることの多い神格であった。
人並みに畏れはある。言霊という言葉もあるので、たとえ軽口であったとしてもかの神性に対して滅多なことを言う気はない。あまりいたずらに直接その名を口にするのも憚られた。
……
が、心の距離としては、たとえば面倒見のいい親戚の叔父さんであったりとか、はたまたよくはしゃぐ年下の従弟であるとか、そういったある種の安心感のような気安さがあった。畏れ多き神とただ伏して仰ぐばかりには距離が近く、ただの古き神話に過ぎないと一蹴するには、伊織にとっては
存在感があり過ぎる
。
というのも、彼の
――
まだ二十年だかそこらの人生において、『ヤマトタケル』はやたらと頻出する存在なのであった。伊織自身が特に意識することもないままに、
気付けばそういうことになっている
。
そのかかわりは、あるときはとても些細で微妙な示唆であったし、またある時は目の前にでかでかと文字の書かれた半紙を突きつけられるかのようにあからさまでやや強引であったりした。そのたびに伊織は、「ああ」とその
存在
のことを思い出し
――
そして静かに口を噤んだまま、ただその
善意
に促されるままに従う。
やたらに恐れおののく必要はないにせよ、そして多少の気安さがあるにせよ、やはり相手は強大な神性なのであり
――
それを示すような『力』がこうして実際に伊織の目の前で働いている以上、それに逆らうという選択肢は、ただの非力で矮小な人間如きに過ぎない伊織には、端から存在しない。
伊織は信心深い性質ではない。神頼みもしない。己の人生を切り開くことができるのは己だけであることをごく当たり前のこととして直感的に理解しているし、だからこそ誰の助けも請わない。問題があればひとりでいつまでも抱え込んでいるし、他人に打ち明けて相談するようなことはまずない。自分で突破口が見つかるのならそれでいいし、できなければそのまま墓まで持っていくだけだ。
だから、初詣や旅行先での観光としての神社仏閣巡りにおいても、お詣りをして
願い事をする
、ということはついぞなかった。そもそも、神社は日々の感謝を捧げる場所だと躾けられた。だから、拝殿で二礼二拍手一礼をするときも、何かを期待して神に縋るということはなく、ただ淡々と社交辞令のように心の中で一般的な感謝を述べるだけだった。伊織が神仏に縋ったことは一度もなかった。
……
なのになぜか、伊織自身は特にこちらから頼んだ覚えはないけれど、ちらちらと人生の折々において、不思議と伊織のためにそこにいてくれる
何か
がいた。
中学三年生の頃だった。伊織はある大きな決断を迫られた。養父が亡くなり、養父の懇意にしていた一族から、身寄りのいなくなった伊織と妹を引き取って、まとめて面倒をみてくれるという申し出があった。まだ小学生だった妹に関しては一も二もなくお願いしたが、伊織は自分自身の処遇については岐路に立たされることとなった。というのも、来年からは伊織が志望していた高校に進学できることが決まっていて、そこは特に偏差値が高いわけでも知名度があるわけでもなかったが、剣道部には伊織が師事したい師範がいた。
正直、そこを第一志望校とした時点で担任には渋い顔をされていた。伊織の学力ではずっと上の高校を目指せる筈だった。しかも、伊織が師事したい師範がいるという剣道部も、それ自体は特段強い部であるというわけでもなかった。県大会で学校名を見るかどうかという程度だった。
もし妹と共に引き取られる場合は、県外に引っ越さなければならなくなる。そうなれば、この無名の高校に通うことはまずできなくなるだろう。かといって、進学のためにひとり県内に残れば、まだ十五歳にもならない伊織がひとり暮らしをすることになる。亡き養父に代わって親代わりを買って出てくれるような人たちが、そう簡単に納得してくれるとはとても思えなかった。
――
とはいえ、伊織の中では答えは既に決まっていた。それはもう、納得してもらうしかないのだ。伊織は、おっとりして意見がはっきりしないように見えて、こうと決めたことにはひどく頑固で一途であり、絶対に譲らない性質だった。
だから、あるいはそれは、いわゆる願掛けというものではなく
――
誰でもいいから、誰かの前で「俺はやるのだ」と宣言したい、という動機によるものだったのかもしれない。
自転車に乗って当てもなくふらりとサイクリングに出掛けた土曜日の夕方の頃だった。隣町の道沿いで、たまたま見かけた小さな神社があった。社務所はあるようだったが基本的には無人であり、境内は狭く小さな拝殿があるだけだ。普段であれば通り過ぎていたが、たまたま喉が渇いていた。小さな鳥居の横に設置されていた自販機に用があって自転車を停め、止まったからにはふとお詣りをしようかという気になった。
……
それは、伊織にしては珍しい心境だった。季節も秋口に差し掛かっていて、進学先を変更したくない旨は、そろそろはっきりと周囲の大人に伝えなければならない時期だった。
手水舎で身を清め、拝殿に向かった。小さな神社で由来を記した看板もなく、誰が祀られているのかも知らなかった。だから、ぼんやりと『誰か』に向けて、伊織は手を叩き、心の中で静かに宣言した。
――
「かの高校に進学し、心に決めた師範に師事します」。
そう言い切ってしまうと、心が少し楽になった。己の中の決心がいよいよ強固なものになったように思えた。
――
が、それはそれとして、自分を引き取ると申し出てくれている大人たちや、中学の教師たちは一体どう説得しよう
……
と一抹の不安もよぎる。固まったばかりの決心が揺らぐようにも思えた。
伊織が一礼をして振り返ると、どうやら近隣に住んでいるらしい老人が参拝のために並んでいた。軽く会釈をしながらすれ違おうとすると、老人が言った。
「兄ちゃん、受験生かい。そしたら、そこでおみくじを引いてみるといいよ。ここは別段学問の神社ってわけではないが、祀られているのは勝利の神様だから、何かいいことを言ってくれるかもしれないよ」
言うだけ言うと老人はさっさと拝殿に向かってしまったが、伊織は示された方を見た。無人の社務所の横に小さな箱が置かれており、それがおみくじ箱になっているようだった。
百円硬貨を入れて箱の中に手を入れ、ひとつ摘まみ出す。
――
小さく折り畳まれた紙片を開くと、そこには大吉も大凶も、何も書かれていなかった。運勢も、学業や探し物といった項目も、何もない。ただ、白い小さな紙に、赤い文字でたった一文だけが書かれていた。
――
「言葉を尽くし意志を示せば理解は得られ、志した学び舎で良き師に巡り合えるでしょう」。
うん、と伊織は文面を見て軽く頷いた。
――
それから、「うん?」と改めてまじまじとその小さな白い紙きれを凝視した。
……
他には何も書かれていない。ただそれだけが書かれている。
文面自体はひどく嬉しいものだった。全面的に伊織の背中を押してくれる、力強く勇気づけてくれるような文言だった。
――
だが、あまりにも具体的過ぎる。こう言っては何だが、おみくじを含めた占いとは、ある程度ぼんやり曖昧としていて、極論ある程度誰にでも当てはまるようなことが書かれているものではなかったか。
もしかしたら自分のような受験生向けにおみくじの内容を調整しているのかもしれなかったが、しかし先程すれ違った老人は
ここの神様は学問の神様ではない
と言ったのだ。であるならば、自分のような受験生の参拝客はむしろ少ないのではないか。よしんば
そう
だと
――
おみくじの内容を敢えて受験生向けに絞っているのだと
――
したとしても、この内容は直接的で詳細過ぎる。まるで伊織の状況をすべて把握した上での
直リプ
のような内容である。
うん、とおみくじの紙片を手にしたまま伊織が立ち尽くしていると、「引いたのかい、兄ちゃん」と参拝を終えたらしい老人が帰り際に声を掛けてきた。どれどれ、と伊織の手元を覗き込み、それから「ありゃ、なんじゃいこりゃ」と仰天した。
「なんだ、誰かが悪戯したのかね。こいつはいつものおみくじと全然違うよ。いつもはもっといろいろ書いてるんだ。大吉でも出れば励みにでもなるかと思ったが、すまんね兄ちゃん、これは偽物じゃないかね」
「そうですか」
そう呟くように言った後、伊織はそのおみくじの紙片を丁寧に折り畳んで財布に入れた。「百円をあげるから、もう一回引いたらどうかね」と主張する老人をやんわり断って、「ここは誰が祀られているのですか」と尋ねた。
ああ、と老人がぽりぽりと頭を掻きながら言った。
「ここは、日本武尊の神社だよ」
――
あるいは、伊織が知らなかっただけで、それまでにも既に何度も伊織の人生の中に立ち顕れていたのかもしれなかった。
それでも伊織がその神格をはっきりと認識したのは、それが最初の出来事だった。そのおみくじの文面を、ほんのちょっぴりの心の支えに
――
こう言ってくれていることだし
、
きっとうまくいく筈だ
、という、漠然とした楽観を胸に抱きながら、伊織はしっかりと理論武装をし、更にはちょっとしたプレゼンテーションスライドまで用意して、若干十五歳である自分がいかにしてひとり暮らしを実現し、志望校に通学できるか
――
ということを理路整然と説明し、見事志望校への進学の道を切り開いたのである。
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