桂山針
2026-05-11 10:11:40
41259文字
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書き溜めてるやつ

一応書き溜めてるけど、全く進まないけどちょっと投稿したいな。という欲を発散するためのものです。
ハーメルンに後々上がるとも思いますが、その際内容が少し変わってるかもです。所謂、【画面は開発中のものにつき、実際の仕様とは異なる場合があります】です。


05 誇り高き血族

 誇りというティアラは簡単に捨てるべきものではありません。貴女は高潔であったのです。貴女は1人の存在として誰かから認められるべきなのです。
 私は決してあなたの行いを無駄だとは思いません。思いたくもありません。
 貴女に助けてもらったこの命を無駄にしないよう、貴女に永遠の忠誠をお誓い致します。
 1615年エリザベート・バートリーの前にて
 ――〈サーカニィ〉一族 エリカ・シラード
 
※ ※ ※

 ハンガリーのとある古城。
 石造りの高天井から赤い燭台の光が落ちる。そこは玉座の間。玉座に座するのは陰謀により闇へと墜ちた女。エリーザベト・バートリー。
 
 かつて彼女は、治癒の魔術を操る貴婦人であった。その術は人を救い、傷を癒し、命を繋ぐ者だった。
 だが、時代は魔術を恐れ、権力は彼女を排する口実を欲した。讒言ざんげんは目を離した隙に育ち、事実となった。慈悲は悍ましい呪詛へと塗り替えられる。彼女は〈血の伯爵夫人〉の名を着せられ、闇へと幽閉された。彼女は後の夜に〈吸血鬼〉と呼ばれる存在になったのだ。
 
 それでも、彼女の品位は決して堕ちなかった。
 また、彼女に救われた者達は恩を忘れず、彼女を救い出し、そして共に闇を生きる道を選んだ。
 彼らは自らを〈サーカニィ〉と名乗る。真に闇に堕ち、魂すら焔に呑まれた者を屠る為の血族であった。
 
 蒼白、静謐せいひつ、血のように深い緋色のドレス。その瞳は幾世もの夜を超えて来た者の色を宿している。石床にひとつの影が跪いていた。黒衣の〈サーカニィ〉。

「女王陛下」
 低く抑えた声が静寂を震わせる。
 その声は誇りが在れども、何処か怯えているように思えた。その怯えは女王への畏敬なのか、それとも自身が得た情報なのか。黒衣のサーカニィ以外に知り得る者は居ない。
「アルバニアの例の森を訪れていた英国の魔法使いが本日出国致しました」
 玉座の間に沈黙が落ちる。重く、確かな沈黙。女王は頬杖をつき、ゆるやかに瞬きをする。緩慢でありながらも、威厳がある動きであった。
「ほう、続けよ」
「出国の折、闇の魔力と焔を感知。微弱ながら、あの森に留まっていた〝非常に弱い生命体〟の気配が同時に消失しております」
 女王の細く長い指が僅かに動いた。
……ほう? なるほど、器を得たのか」
「恐らくは。英国魔法使いに憑依、或いは同様の手段を用いたものと」
 再び沈黙が空間を支配する。燭台の炎のみが動く。やがて女王は微か笑った。それは、単純な感情からの笑みなどでは決して無い。深い呆れの感情が込まれていた。
 
「フフ……しぶとい亡霊だ。魂を失い代わりに焔の力を得て、足掻く事を止めぬつもりか。その名を呼ぶのも穢らわしい」
 女王は名を言わなかった。だが、その存在は空気を軋ませる。
 〝例のあの人〟〝名前を言ってはいけないあの人〟〝闇の帝王〟。彼の名を示す言葉はいくつもあるが、どれも穢らわしく闇に覆われている。
 
「その、魔法使いはブリテン島へ向かったんだな?」
「はい」
「では――アルバス・ダンブルドア卿へ忠告せよ。ダンブルドア卿はアルバニアの森に異変があれば報告せよ、と我々に協力を仰いでおる。難なく城に立ち入る事が出来るだろう」
 アルバス・ダンブルドア。その名が響いた瞬間、僅かに空気が和らいだ。
「彼は我らを狩らぬ、賢き老獅子だ。その手腕、しかと見届けよう」
 跪く吸血鬼が顔を上げる。その表情には、若干の焦りの感情が刻まれていた。
「しかし女王、バチカンの狩人が我らを追っております。魔法界の移動経路は監視が厳しく――
 
 女王の瞳が細まる。
「ならば、空を使え」
……空。翼を?」
「フフッ……違う。飛行機だ」
 静かな声だった。吸血鬼が飛行機と言うなど何かの冗談だと思うだろう。しかし、この〈サーカニィ〉一族はマグル的手段については見識深かった。
聖職者狩人は夜の棺を執拗に疑うが、エコノミークラスの座席までは調べぬ」
 女王の口元が僅かに上がった。
「時代に適応せぬ種は滅びぬ。しかし、我らの血族は決して滅びぬ。そうだろう? 切符も既に手配済みだ」
 跪く影は額を床に付ける。
「御意」
 女王は立ち上がる。長い裾が石床を滑り、窓辺へと至る。窓は闇に近い深い緋色の分厚いカーテンに覆われていた。
 外はまだ、太陽が支配する地。吸血鬼である彼女も〈サーカニィ〉一族も外に出る事は叶わなかった。
 
……ブリテン島は再び血の匂いを帯びる――そして、子供が1人……盤上に置かれる」
 それ以上は語るつもりは無いらしい。未だに跪く影の方を向く。
「急げ、聖職者狩人には決して見つかるな。ダンブルドア卿に伝えよ」
 玉座に戻りながら告げる。
「忌まわしき亡霊が器を得た、と。――そして告げよ。我等は、焔に巻かれた吸血鬼ヴラドを追い続ける」
 ヴラド・ツェペシュ。その名が女王の口から発された時、空気が僅かに軋んだ。
「我等は血族。人の仇、教会の仇。だが同時に、焔に溺れし者の敵でもある。太陽が地平線に死んだら、行け」
 跪く影立ち上がり、影に溶けるように去る。玉座の間には再び静寂が訪れる。玉座に座り、女王は深く考え込む。
「亡霊よ、貴公はまだ終わらぬか……一体、どれほどの禁忌を侵してその魂を手に入れたのか? ……まぁ、良い。貴公が席に座るならば盤は再び動く……さぁ、老獅子。どのように英雄を育てる?」

※ ※ ※
 
 ミクローシュ・オルバーン。先ほどまで城内で女王に跪いていた黒衣の〈サーカニィ〉は、既に行動を開始していた。
 1月のハンガリーの夕暮れは早い。16時20分頃に成れば、空は宵闇が染め始め森の影が深く長い。
 
 吸血鬼となった彼やその他〈サーカニィ〉一族にとって、これからの時間こそ自分達の活動時間であり、自身の能力が発揮される時刻だった。
 彼は城の石段を軽やかに降りると、杖を取り出し床をカンッと付く。そうすれば、身動きし易い現代的なマグルの装いに代わる。そうして、長い杖を入らない筈のポケットに収めた。
 そうして、掘立小屋に眠るマグルの車へと向かった。それは、彼が深夜労働者のマグルとして少しばかり働いた給料で得た物であり、決して盗みを働いたわけでは無い。
 濃紺の1980年代製セダン。角張ったボディ。暖房の効きは今一つだが、エンジン音は実に誠実だった。
 
「良い子だ」
 彼はそう呟き、ハンドルを撫で握る。
 ミクローシュ・オルバーンと言う吸血鬼は古風な棺よりも革新的なマグル製品を信頼していた。いくら、マグル的手段に精通すると言われる〈サーカニィ〉一族でも彼の性質は奇人と評されるものだった。
 
 城門を出た直後、森の縁で黒衣の影が揺れた。その影には彼もまた見覚えがあった。銀の十字架、革の手袋、静かな殺意。それは、正にバチカンの狩人。恐らく彼の腰には杖と銀の銃弾を発する為の銃が挿されているのだろう。ミクローシュは小さく息を着いた。
「面倒な輩だ……
 だが、彼は決して速度を上げない。焦りは疑念を生む。だからこそ、代わりにヘッドライトをわざと強く照らし、舗装路へと自然に溶け込んだ。
 それはこの辺りにピクニックに来たマグル一家のように、地域林業会社に勤める一般会社員のように。狩人は一度視線を向けた、冬の交通量に紛れやがて姿を見失う。
 
 2時間半ほどの運転。凍結しかけた地方道から高速道路へ。彼は夜のマグル社会の流れに身を委ねるのが好きだった。料金所、サービスエリア、ラジオから流れる自分が人間として生きた時代には無かった音楽。人間達の営みは温かく、可笑しい。
 20時前、彼はハンガリー唯一の本格的な国際空港であるブダペスト・フェリヘジ国際空港に到着した。空港の蛍光灯はどこか無機質であった。しかし、ミクローシュはそれを心地よいと思う。
 チェックインを済ませ、保安検査へ……。そこにもまた黒衣の影があった。狩人か、それとも別の者か。偶然か必然か。
 
「パスポート、見せてくんない?」
 ミクローシュが考えを巡らせているうちに、不愛想な係員が迷惑そうに声をかけて来た。
「すまなかった」
 彼は素早くポケットからパスポートを取り出し、保安官に渡す。保安官は相変わらず不愛想で、何か不備でも無いかとミクローシュのパスポートを覗き込んだ。
 不備も何も、元々そのパスポートに載っている個人情報は全て偽装されたものだった。しかし、誰として気が付く事は無い。あまりにも完璧な偽造書類だからだ。
 
「オルバーン・ベレーニ。英国への渡航理由は?」
「観光です」
 保安検査を通り抜けた。そうして、搭乗ゲートが閉まりかける直前、彼は機内へと滑り込んだ。
 飛行時間は約2時間40分。時差はマイナス1時間。ブダペストを21時頃初なら、ロンドン・ヒースロー空港への到着は現地時間22時前後になる。
 彼はそこまであまり気にしていなかったマグルの交通を用いると非常に時間がかかる。と言う問題に直面した。もし、魔法界の移動方法を用いる事が出来れば、1時間もかからないうちにホグワーツ城に入城する事が叶っただろう。
 それに、伝統を重んじるのであればノース・ヨークシャー北海に面する港町であるウィットビーからブリテン島に上陸すべきだろう。しかし、わざわざそんな方法を取るのも億劫だ。
 ミクローシュは瞳を閉じ、考え事をする振りを始めた。
 彼の友人であり、〈サーカニィ〉一族の一員であるガーボル・ケルテースによれば、飛行機内での最適解は個人用モニターで映画を見る事らしい。ただ、残念な事でミクローシュの座った席には無かった。エコノミークラスだった所為だろうか? 彼の脳裡で女王エリザベートがクスクスと笑う声が聞こえて来た。

 間もなく、機体が降下し夜の光の海が広がるのが見える。あそこに僅かに見えるのはビッグ・ベンなのだろうか? 窓側に座る東欧系の男が眠っていたので、身を乗り出し覗き込んだ。女王が居れば、はしたないので止めろ、と言われるだろう。彼はそう思ったが、そこまで気にしなかった。

 入国は静かに済んだ。
 ミクローシュは周囲を見渡したが、何処にもバチカンの狩人の気配は無かった。彼は地下鉄でユーストン駅へと向かい、夜行列車に滑り込む。毎度毎度、彼の道程はギリギリを極めている。彼自身としては全く本意では無いが、しょうがない事であった。
 ――行き先はスコットランドの首都、エディンバラ。
 最も安い座席、リクライニングだが寝台ではない。彼が切符売り場に飛び込んだ時には既に一番安く粗末な席しかなかったのだ。
……まぁ、経験と言う物は大切だと女王も仰っているのだろう」
 そう言って納得させ、座ったはいいもの朝になる頃の自身の身体のコリが今からでも気になった。周囲はいびきに包まれ、車輪の振動、やけに狭い座席。

 翌朝。ミクローシュは自身が想像していた通り、身体中が微妙に痛くなっていた。
「これは……棺の方がよっぽど快適、だな……
 それでも彼は何処か楽し気だった。それが、ミクローシュがミクローシュたる理由である、とも言えるのかも知れない。

 エディンバラには雨が降っていた。灰色の空、どこか懐かしさすら覚える古い石造りの街並み。
 彼は傘を開く。
 吸血鬼にとって雨は友と呼べる存在である。日光を遮り、視線を曇らせる。誰も彼を疑わない。そんな素敵な日和なのだ。
 
 バスターミナルから北行きの長距離バスへと乗り込む。ホグワーツがあると言うハイランド方面行きはしっかり存在する。時間はかかる。
 しかし、この方法しか彼には取れない。ただ、幸運な事に彼は人間と並んで座るのが好きだった。隣の老婦人に微笑みかけ、荷物を上げるのを手伝う。
「ありがとう。男前で優しいだなんて、いいお嫁さんをもらえるさ」 
 老婦人はそう言って笑った。彼も少し照れたように笑う。
 しかし、彼の心情は非常に複雑なモノだった。ミクローシュは女王エリザベートが女王では無かった時代に、救いの医療を受けた者である。その代償として人間を失い、吸血鬼となった。それはある種の呪いでもあった。女王エリザベートは決して、誰かとの婚姻は止めはしないだろう。しかし、彼の心にはいつも引っかかる何かがあった。
 そう思っている間にも、バスは高地へ入る。近くの街に住まう人、ハイキング客が1人また1人とバスを降りていく。彼もまた、その1人のように降りて行った。徒歩で山道を進む彼を包むのは湿った風。そして、彼の鼻には馴染みが無い草の匂いだった。

 どれだけ歩いたのだろう。やがて、霧の向こうに巨大な影が浮かび上がる。塔、尖塔、湖面に沈む黒い輪郭。話に聞いたホグワーツ城である。
 彼はポケットに突っ込まれていた杖で床を付きカンッ、と音を鳴らす。すると忽ち、近代的なマグルの爽やかな生年の装いから、深い緋色を基調とし、黒いジャボを身に着けた中世的な貴族趣味なローブへと着替える。金糸によって彩られており、彼が高い身分を保有している事がすぐに分かる。
……矢張り、この格好の方が落ち着くな」
 そう言って、城の正門へ向かって歩き出す。

※ ※ ※

 ホグワーツ城に入って最初に誉れ高き吸血鬼の血族〈サーカニィ〉一族の一員、ミクローシュ・オルバーンを出迎えたのは、清掃道具を片手にした不機嫌そうな男だった。
 油じみたランタン。軋む足取り。そして猜疑心に満ちた眼差し。それがミクローシュが最初にホグワーツで見た景色だった。
 
……ホグワーツは休暇中だ。教育相談なんぞ受けちゃいない。閉城中だよ、お客人」
 ぶっきらぼうな声音。保安検査場で出会った係員の方がよっぽど愛想があった。ミクローシュは思う。
 彼は一瞬だけマグル社会での柔らかな微笑を浮かびかけた。だが、ここは魔法界である。その事を思い出して背筋を伸ばす。すると、空気が僅かに張り詰める。
 
「貴公よ、ホグワーツの事務を司る者よ。我が名は〈サーカニィ〉一族の一員、ミクローシュ・オルバーン。アルバス・ダンブルドア卿へ謁見を求める。我が女王、エリザベート・バートリー様より、急ぎの言伝を賜っている」
 声音は低く、響きは重く。古い石壁に反響するほどだった。先ほどまでバスで老婦人から『いいお嫁さんをもらえるさ』と言われていた男と同一人物であるとは思えない口調だった。
 ホグワーツの事務員、アーガス・フィルチは眉を顰める。
……あぁーと、なんだって? サカー……なんだ? 聞いた事もないな」
 ミクローシュのこめかみがピクリと動いた。
 〈サーカニィ〉一族とは魔法界としては名を馳せている吸血鬼の血族である。それだと言うのに、目の前の貧相な見た目の事務員は知らぬと言う。
 
 彼は一歩、静かに近付く。外套が床を擦る音だけが、やけに大きく響く。
「ほう。貴公は我が高雅なる〈サーカニィ〉一族を知らぬと申すか」
 唇はゆるやかに歪む。それは愉悦とも脅しともとれる笑み。
「良い。知らぬと言うその無謀、認めてやろう」
 更に一歩。フィルチは後退し、石壁に背を付ける。ミクローシュの瞳が僅かに緋色を帯びる。
 
「〈サーカニィ〉一族。それは吸血鬼の血族。長はエリザベート・バートリー様。陰謀により闇に幽閉されながらも、気高き魂を失わなかった御方だ。多くの命を救い、そして我等を導き続けている」
 その声音は誇りに満ちている。
 誇張も、演出も全てが意図的だった。魔法使いに対する、彼らなりの対抗。誇り高き血族としての宣言。フィルチはその演出に青ざめ、掠れ声を漏らす。
 
「きゅ……吸血鬼、だって?」
「良い。それでよい。我等の威厳を知れば、それ良いのだ」
 ミクローシュはぴたりと歩みを止めた。それ以上近付く必要は無かった。目の前の男、フィルチ。その者に恐れは十分に伝わったのだから。
 そして、まるで何事も無かったかのように問い直す。
「さて、アルバス・ダンブルドア卿はご在室かな?」
「い、居る……居るとも! 多分……校長室にだ!」
 フィルチの声は裏返っていた。ミクローシュは満足げに頷く。彼の瞳の緋色は既に消えている。
「では、貴公。我を校長室まで案内せよ」
「は、はぃ!」
 フィルチは震えながらも返事を返して、ミクローシュを先導した。2人は共に城の奥へと進んで行った。