桂山針
2026-05-11 10:11:40
41259文字
Public
 

書き溜めてるやつ

一応書き溜めてるけど、全く進まないけどちょっと投稿したいな。という欲を発散するためのものです。
ハーメルンに後々上がるとも思いますが、その際内容が少し変わってるかもです。所謂、【画面は開発中のものにつき、実際の仕様とは異なる場合があります】です。



03 〈美少女〉の宇宙論

 夢を見た。星間旅行をする夢だった。
 夢の中で、私は遥か彼方の銀河に住まう文明と交流をした。彼らは森の奥に1人住まう老婆のように優しかった。
 しかし、夜が明けた時、彼らは私を撃ち殺した。彼らは私を狩る冷酷な狩人だった。
 『夢は絶え』1971年出版改訂7版より
 ――アメリカ人SF小説家:イーデン・S・シェフィールド
 
※ ※ ※

「チョット、待ちなさい!」
 そう叫んでシルヴィアの襟を掴み、引き止めたのはオリビアだった。シルヴィアの飼いフクロウである。
 
「私達はドースレバいいのよっ!」
「ど、どうして……2人……? もここに?」
 オリビアと〈美少女〉の飼い猫のシャーデンフロイデ卿がそこにいた。
 1羽の梟が椅子の背もたれに着地し、〈美少女〉をギラリと睨みつけている。黒猫は机の上に、いかにも猫らしく悠然と座っていた。
 
「あちゃ~、考えてなかったや……
「あの魔法、音が聞こえる知的生命体はみんなワープする仕組みになってるんだよねぇ……
 〈美少女〉は顎に手を当て、いかにも思案している風を装う。その横で、シルヴィアはどこか同情するような目で2人を見ていた。
 
「知的生命体というのは、高度な知能や文明、技術を持ち、意思疎通や道具の使用が可能な生物の総称であって……現在、地球上では基本的に人間を指すんだ」
「けど、あの森は深い森だからね。宇宙人が紛れ込んでいる可能性も否定できない。だから私は動物払いをしたわけ」
 そう言いながら、オリビアとシャーデン卿へ歩み寄る。一歩、また一歩。ここは狭いパブだ。3歩で十分だった。
 
……キミ達は何者かい?」
 灰色の瞳のオリビア。金色の瞳のシャーデン卿。2匹はそっぽを向く。だが、〈美少女〉は視線を合わせにいく。オリビアは耐えきれず、シルヴィアの方へ飛び込み、シルヴィアは慌てて受け止めた。
 
「ふむ、キミをドーバー海峡を超える汽車で見た時……キミはただの黒猫だと思った」
 もしシャーデン卿が人間であれば、「ごくり」と唾を飲んだ、と形容される表情をしていただろう。彼の猫生で最大級の焦りだった。
 
 ――猫、それはおよそ1万年ほど前に地球に送られた地球外の高度文明からのスパイだった。
 もし、このイヴリン・スミスという自称美少女(実際に美少女ではある)が、自分の正体を見抜けば――約137光年彼方の文明は、地球文明を危険と断ずるだろう。
 
「黒猫とは、古来より、魔女と相性の良い者だ。しかし、キミは些か行儀が良すぎる気がする……
 
 地球ではカルチャコフ。銀河では[AG84frwGu-d(地球外語なので表音不可)]と呼ばれる著名な忠告者によれば、地球の文明レベルは0.7。
 対して猫達の母星は2.0である。その差、1.3。エネルギー換算で10の13乗。
 彼らが本気を出せば、地球文明は抗う暇なく宇宙の藻屑となり、銀河の些細な歴史の一つとして短く文章が刻まれる。
 
 [地球文明消滅]
 
 彼らが恐れるのは地球の力ではない。
 結果から言ってしまえば、地球が彼らを脅かす可能性は限りなく零に近い。だが0ではない。昏い森では、0でない限り狩人の引き金は引かれるのだ。
 シャーデンフロイデ卿と名付けられた黒猫[識別コード:<bft0EE]。1万年前に猫を送り込んだ地球文明評議委員は、固唾をのんで〈美少女〉の次の言葉を待った。その右手には、地球へと照準を合わせた砲台を起動させるスイッチに触れながら……
 
「まぁ、猫は可愛い。それで十分だろう。そっちのオリビアも可愛い。可愛いは正義だ」
 彼方の高度文明も、全世界の猫も胸を撫で下ろした。
 ――この美少女は、結局その程度だ、と。

「とりあえず、オリビアとシャーデン卿はパブの隅で大人しくしていてくれればいい。できるよね?」
 できると言いなさいと言外に含ませた声音。2匹は無言のまま、それぞれパブの隅へ移動した。

※ ※ ※

 シルヴィアは〈美少女〉の案内の元、【グリンゴッツ魔法銀行】へと向かっていた。その道すがら、ダイアゴン横丁の光景にいちいち感動する。
 【スクリブルス筆記道具店】では羽ペンや羊皮紙、インク壺が所狭しと並び、中には勝手に動く羽ペンまであった。
 【ポタージュの鍋屋】では様々な大きさや材質の鍋が積み上げられ、魔法で安定させているのか、高く聳える塔のようになっている。いつか崩れるのでは、とシルヴィアは無用な心配をした。
 薬問屋では本で読んだことのある魔法薬材料が並び、胸が高鳴る。
 たがて小さな店が細々と立ち並ぶ中、ひときわ高く聳え立つ白亜の建物の前で〈美少女〉は足を止めた。

「こ、ここは……?」
「第1の目的地【グリンゴッツ魔法銀行】だよ」
 〈美少女〉はそう丁寧に説明してくれた。
 
「見知らぬ者よ 入るがよい
 欲のむくいを 知るがよい
 奪うばかりで 稼がぬものは
 やがてはつけを はらうべし
 おのれのものに あらざる宝
 盗人よ 気をつけよ
 宝のほかに 潜むものあり」
 歌うように言葉を発する。シルヴィアとしては突然何を言いだすのか、と突っ込みたくなるような状況だった。
 
「えぇ~と、それは?」
「小鬼なりの魔法族に対する、警句だろうね。魔法族はゴブリンを狡猾だと疎むけど、魔法族も大概だから」
「ま、人と言うのは〝ホモ・サピエンス賢い人〟を名乗っている割には、〝賢い〟訳でもない。この警句も往々にして無視されてきたのだろうね」
 啓蒙じみた事を言い出した。
 磨き上げられたブロンズの観音開きの扉。その両脇に、真紅と金色の制服を着た小柄な存在が立っていた。浅黒い肌、鋭い目、尖った顎髭、長い耳。それを人と呼ぶには何処か不適合に思える。
 
「あ、あの人達が……こ、小鬼……?」
「そう、」
 2人が進むと、小鬼が丁寧にお辞儀をした。中には2番目の銀色の扉。そこに先ほど〈美少女〉が詠った詩が刻み込まれていた。銀色の扉を抜けるとまた、先ほどと同じように左右の小鬼がお辞儀をした。
 中は広々とした大理石のホールだった。
 100人を超える小鬼が、細長いカウンターの向こう側で足高の丸椅子に座っている。彼らは、大きな帳簿に書き込みをしたり、真鍮の秤でコインの重さを計ったり、片眼鏡で宝石を吟味したりしていた。
 ホールに通じる扉は無数にあって、これまた無数の小鬼が出入りする人々を案内する。

おはようグーテンモルゲン、ちょっとよろしい?」
 〈美少女〉は美少女らしい美しい笑みを浮かべながら、手の空いている小鬼に話しかける。小鬼はカウンターから乗り出して、〈美少女〉とシルヴィアを凝視した。

「ロスワード家の金庫を開けたいんですけど」
「鍵はお持ちでいらっしゃいますか?」
「ええ、彼女が」
 急にシルヴィアは自分の番になり、焦ったが自分のポケットからスネイプより受け取った鍵を取り出し小鬼に手渡した。
 小鬼は鍵を吟味するように見つめたが、「ふむ」と唸った。

「了解いたしました。他の者に案内させましょう。グリムロック!」
 受付係の小鬼がそう避けぶと奥の方から小鬼がまた1人現れた。受付係の小鬼よりもずっと厳しい眼光を2人に向けている。

「んじゃ、シルヴィアちゃんの分の学用品の類は買っておいてあげるから行ってらっしゃい」
「え!? い、一緒に行ってくれないの!?」
 シルヴィアは彼女の人生史上一番大きな声が出た。グリンゴッツに居た者全てが、シルヴィアの方を向いた。なんとも言えない感覚、シルヴィアは一気に身を小さくした。

「だいじょーぶだって。グリンゴッツは英国魔法界の中で一番安全な場所なんだから!」
「け、けどぉ……」 
 言葉を詰まらせている間に既に〈美少女〉は十メートルほど離れていた。
 シルヴィアは「うぅ……」と小さな声を上げる事しか出来なかった。

※ ※ ※
 
 〈美少女〉ことイヴリン・スミスはシルヴィアがグリンゴッツの地下に潜っている間に全ての用事を終わらせようと躍起になっていた。 
 
 【マダム・マルキンの洋装店】に辿り着くと、扉と言う未来への入り口を塞ぐように、1匹の……いや、1人の少女が立っていた。
 黒髪に丸い輪郭。潰れたような鼻。言葉を選ばなければパグ犬に似ていた。言葉をわざわざ選ぶとしてもパグ犬であることは間違いないように見える。
 そのパグ犬は赤毛の少女に面倒な絡みをしているらしかった。

「へぇ~〝血を裏切る者〟の一族、ウィーズリー家がダイアゴン横丁で洋装店に入ろうだなんて……遂に、お金が無さ過ぎてどっかの家の小間使いにでもなったのかしら?」
「違うわ! 私は、そう。ちゃんとママからお小遣いを貰ったのよ!」
 相対する燃えるような赤毛。まだ美少女とは言えないモノの、垢抜ければ目の前のパグ犬お嬢様と違って希望があるように見えた。
 パグ犬はそんな赤毛の少女に言葉のナイフを向け、性格に少女の胸を裂いた。赤毛の表情が音を立てずに静かに沈んだ。
 美少女はここで悟る。このパグ犬お嬢様は悪意を持っているわけでは無い。ある意味の正義を持っているのだろう。
 
「あら、貴女は?」
 パグ犬お嬢様は〈美少女〉の存在に気が付き値踏みするように見上げる。
「顔立ちは悪くないわ。それどころかとっても良い。私が知らないという事は、どこか〝それなり〟の家の出かしら?」
 〈美少女〉は美少女であったが故に、そして英国魔法界に脈々と受け継がれていた〝純血は大抵顔が整っているだろう〟と言う価値観があった。
 それ故に、〈美少女〉はアウトロー寄りの思考を持つのに、自称上流階級のお嬢様であるパグ犬に自分と同類であると誤解された。
 非常に好都合な状況だった。
 
「まずは、自分の名前を名乗る事が御作法ではなくて? お嬢さん」
 その一言で、パグお嬢様は一瞬だけ言葉に詰まった。形式、格式、順序。それらを重んじる者ほど、そこを突かれると脆いらしい。
 
「そ、それも……それも、そうね……。私はパンジー・パーキンソンよ。聖28一族に入っている正真正銘の純血よ」
 誇り。誇りに縋らなければ立っていられない姿勢。美少女は心の中で軽く拍手をした。
 〈美少女〉は魔法界の多くの事を知っていた。マグル生まれ、半純血若しくは混血、そして純血の決して超えられない垣根。そして、純血主義の暴走。全てを知っていた。
 だからこそ、このパグ犬お嬢様がどんな主張を持っているのか理解していた。
 
「おぉ、それはそれは。」
 〈美少女〉は感心したように頷き、自然な所作で手を差し出す。
「パーキンソン家と言えば、1726年から1753年の間の魔法大臣のミスター・パーセウス・パーキンソン。あのマグルと魔法族の婚姻を禁止させようとしたあのお方ですよね?」
 2人の握手。その瞬間、赤毛の少女心が音を立てて崩れた。深い絶望と失望を赤毛の少女の心を埋め尽くす。この人は、この突然現れた〈美少女〉もまた敵なのだと。

「貴女は、恐ろしいのですか?」
 〈美少女〉はパグ犬お嬢様こと、パンジー・パーキンソンの手を離さなかった。指先は優しく、しかし逃げ道を与えない力でパンジーの手を包んでいた。
 パンジーは今までの人生で感じた事のない恐怖心を抱いた。
「ねぇ、ミス・パーキンソン」囁くように〈美少女〉は口をゆっくり開き、空気を揺らす。
「貴女、怖いのでしょう? えぇ、分かりますよ。貴女は怖いのでしょう。恐れているのでしょう。全てが、絶対的だと思っているものが失われるのが……自分の価値を失う事が怖いのでしょう?」
 その言葉にパンジーの呼吸はすでに乱れていた。
「分かります。全ての価値基準が書き換えら否定されたら自分が〈何者〉になるのか分からなくて怖いのでしょう?」
 パンジーは真っ青な顔になってガタガタと震えていた。それでも、〈美少女〉との手は未だに繋がれただけだった。
 〈美少女〉は決して手を離さなかった。
 
「安心してください。アイデンティティを失う事は、人類の根源的な恐怖の一つと言って差し支えないでしょう。誰だって皆同じなのです。自分の価値を自分で定める事をせず、他者の社会の物差しを求め続ける。それが人間です。あぁ、とても美しい〝根源〟なのでしょうか!」
 〈美少女〉は狂気的な笑みを浮かべた。パンジーは最早立っている事が困難になってきた。
 
「初めまして。ミス・パーキンソン。私は、イヴリン・スミス。純血か、半純血か、マグル生まれかも分からない。どこの馬の骨かも分からない〈美少女〉でございます」
 そう言って、〈美少女〉は握手をしていた手をゆっくりと放した。パンジーの手は未だに握手が成されていた場所にあった。
 その手は虚無を掴んでいた。そして、一拍置いて石畳の上に崩れ落ちた。
「ミス・パーキンソン、申し訳ありませんが私達は洋装店に入りたいのです。そこを退いて頂けますか?」
 パンジーは何も言えなかった。言葉と言う概念が彼女の中で一度、崩壊を迎えていたのだった。

「そちらの赤毛のお嬢さんの名前は?」
 〈美少女〉は純血主義者のお嬢様が打ちひしがれているのを見て、興奮を抑えられない赤毛の少女の方を見て聞く。
 正直に言えば、〈美少女〉はこの赤毛の少女の名前を知っていた。しかし、初めから知っている事にしていると事態は面倒な事になるのは目に見えた話である。だから、形式にのっとり名を尋ねた。

「わ、私は……ジネブラ・ウィーズリー。ジニーって呼んで。さっきは助けてくれてありがとう……
「ほう。私はただ〝美しいもの〟の味方なだけさ。……ところで、ジニーちゃん。キミも今年入学なのかい?」
 そう問われて、ジニーは少しだけ視線を落とした。

「ううん。私は来年なの。ひとつ上の兄まで入学しちゃうから……ちょっと、寂しくて」
「ほう。でもそれは、ご両親を独り占めできるということではないのかい?」
「うーん……でもね、さすがに家が静かになると思うの。私、兄が6人もいるんだよ? 1番上と2番目の兄はもう自立してるし、それ以外はみんなホグワーツ。……なんだか、置いてきぼりにされた気分なの」
 〈美少女〉は小さく首を傾げる。

「さて。私たちは二人ともこの洋装店に用があるのだろう? 話の続きは中でしよう」
「そう、だよね……
 チリン、と扉の鈴が鳴る。店内には、どうやら他に客はいないらしい。

「あらあら。お嬢ちゃん達、ホグワーツかい?」
 藤色づくしの装いに身を包んだ、愛想のよい小柄な魔女が立っていた。彼女こそ、マダム・マルキンであることは明らかだった。
「あ、私は……ち、違います……その、新しい服が……欲しくて……
「ほうほう! 大丈夫だよ。金髪のお嬢ちゃんも赤毛のお嬢ちゃんも、ここでぜんぶ揃うからね!」
 そう言って、二人を店の奥の踏み台へ案内する。
「ああ、私の分と、それから友人の分もお願いできますか」
「お友達? 今日は来ないのかい?」
「ええ。来なくても問題ありません。彼女の寸法はすべて把握していますので」
 ジニーは思った。この隣の〈美少女〉は、やっぱり少し変わっている、と。

「そ、その……お友達って、どんな子なの?」
 〈美少女〉は一瞬、遠くを見るように目を細めた。
「どう言えばいいのだろうね……」そして、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「私と彼女は、確実だった。出会うことも、親しくなることも――互いの人生に深く影響を与え合うことも。それはきっと、最初から織り込まれていたのだよ。運命の女神の織物に……だから私は、彼女の糸を、少しだけ編み直したいと思っている」
 〈美少女〉は大真面目にそんな奇天烈な事を言ってみせた。ジニーはそんな少女は訝しむような眼差しで見ていたが、次第にどうでも良いと思い始めた。