「(大変なことになったなあ
……)」
ピリッとした空気が肌にビシビシ刺さる。疑心暗鬼、というものはこれを言うのかもしれない。堂々としているのは話し合いをリードしていた
宝生さん、
早乙女、
剣城。興味無さげで無表情なのが
九十九。他はビビったり怯えたりでそれどころではない。
「これ、なんて呼べば良きですかね。ヘイシリ的な」
「改めて呼ぶってなんか変な感じするなあ。怖ない?」
「まっ、まだ心の準備!!」
蔭山難波綾瀬が騒ぐ中、全く気にも止めない様子でラプラス、と呼びかけた剣城は、ピャーピャー騒ぐ彼らを冷笑の後見下した。面白がってるのならちょっと悪趣味だ。
◆市民の皆様、おはようございます。
東部地下都市へようこそお越しくださいました。
◆私は市民の皆様の安全で快適な生活を
サポートする人工知能AI《アルターエゴ:ラプラスβ》。
ラプラスとお呼びくださいませ。
◆ラプラスは市民の皆様の生活を保障いたします。
◆市民の皆様におかれましては、
ラプラスの提示する《校則》を遵守いただきますよう
よろしくお願い申し上げます。
◆《校則》を遵守いただけない方
《絶望の残党》と認められた方は
ラプラスの定義する「市民」から除外されます。
予めご了承くださいませ。
出た、とペンを握る手に力が入った。ポーンという耳に入りやすい音と共に女性の声を模した電子音が喋る。得体の知れないものだが、こちらも超高校級の頭脳派集団がまとめた問い詰めリストがある。虎の威を借る狐上等、恐怖を押しのけて両脚をぎゅっと踏ん張った。
「さて
……どこから聞いたものか。
……では。ラプラスは誰かの指示によって我々をここに招いたか、答えてください」
◆否定。
ラプラスは当施設の保護管理プログラムであり、
それ以上の機能を搭載していません。
剣城が序盤に軽くジャブを打つかのような物言いでラプラスへ質問を投げた。まあそうでしょうね、と想定内といった様子だ。肩を竦めて質問権を他に譲る姿勢を見せた。
「わたくしから。複数お伺いしますので順番にお答えください。まず①この施設は地図に載っていますか?②わたくしたちがここに居ることを、わたくしたちの保護者や公的機関、そして
希望ヶ峰学園はご存知でしょうか。③この施設は利用を目的とされているのでしょうか。鍵がかかっていたり、生活の痕跡は見当たりません」
指折り3つの質問。宝生さんも徐々に情報を整理する構えだ。
◆①へ回答、否定。
当施設は絶望の残党対策規定に則り、
市民の皆様を保護する目的の元
日本地図等の掲載及び住所の一切を拒否しています。
◆②申し訳ありませんが、
その質問にお答えすることはできかねます。
◆③へ回答、肯定。
当施設はかつて多くの避難民たちを保護していました。
セキュリティの観点から施設の鍵はラプラスによって
施錠しています。
「
……①は想定内ですわね。ですが"日本地図"つまり国内であることは確定ですわ。少し安心しました。
……②の解答を伏せた理由は提示できますか?」
宝生さんが国内であることを突き止め、私も安堵した。普通に考えたら国外へ連れ出されるなんて事あるはずないが、疑心暗鬼状態ならちょっとした可能性の芽も潰しておきたい。そんな小さな安心のチリツモが多分重要だと思う。
◆ラプラスは当施設の保護管理プログラムであり、
本プログラム開発元の未来機関以外への
連絡はできかねます。
外部への連絡は、施設保護の観点からリスクが高く
市民の皆様の安全を考慮し未来機関が定めました。
この決定に拒否権及び例外はありません。
徹底的に外部との接触を断ち、絶望の残党が安全圏より外へ出ていくまでとにかく耐え忍ぶ。攻撃されてもまるで鉄の要塞のごとく耐える。内からも外からも出られない入れない事が、シェルターの信頼度、ひいてはアルターエゴの信頼度を引き上げる理由のひとつとなっていた。
「理解しました。もうひとつ、③の施錠は解錠予定はございますか?」
◆はい。
皆様の意思決定の元、居住スペースや生活区域を
開放いたします。
「分かりました。解答感謝いたします。少し考えますので他の方どうぞ」
宝生さんは顎に手を当てて考える姿勢を見せた。私なんかより何回転も多く回る脳に頼りっぱなしで申し訳なくなる。
しん、と空気が止まってラプラスへ質問する役を降りた宝生さんに次ぐ人が誰も出てこなくなった。チラリと早乙女を見ても「どうぞ」と言わんばかり。それ、と指をさされたのは私の手元の手帳。要は、書記をしたんだから聞きなさいよと。
……一発ぶん殴ってやりたい気持ちだ。
「えと、じゃあ私が
……。確認だけど、空気とか電気とか、そのへんは大丈夫?」
◆はい。
換気ダクトの弁はシステムによって管理しており、
空気清浄を施した清潔な空気を循環させています。
電力に関しては有限となりますが、
発電施設もございますので、
修理すれば有効活用も可能です。
「(つまり修理しないとマズイってこと)」
長居したくはないが、にしても不安はある。あのハシゴだって二度と登りたくないのだから、少なくとも16人を持ち上げるだけの電力は必須だ。優先度は高めと言える。
「ここに元々居た人たちはどこへ?」
◆申し訳ありませんが、
その質問にはお答えできかねます。
ラプラスはプライバシー保護の観点から、
当施設以外での行動記録の閲覧を制限しています。
第三者への開示もいたしません。
予めご了承くださいませ。
「(
……まあ、聞き出す必要性の優先度はそんなに高くないからこれはいいか。誰のせいで、は分からない。なら何のために、なぜ、は知る由もないか。問題は
……)」
少しずつ質問リストが片付いていく。残されているのは、今私たちが最も知りたいことであり、核心に迫るような質問ばかりだ。今躊躇しているのは、聞かなきゃ良かったと後悔する可能性を察知しているから。知らないでいいことだって沢山ある。知らなきゃ幸せだったことだって沢山ある。
「(それでも、知らなきゃいけない
……)」
覚悟という言葉は、元は仏教で用いられていたものらしい。外からの刺激、失敗や苦難に気付く「
覚める」と、真実の道理を「
悟る」。次第に現代の「心に決める」というニュアンスへ変化したのだそう。
私は覚悟という言葉があまり好きではない。なるべく穏やかに生きていたいのに、人生は時として厳しい方の選択を取る方が良しとされる。もちろん、楽な方を選択する生き方もある。そうやって生きることが出来たらどれだけいいだろう。彼らなりの苦悩があるかもしれないとはいえ、険しい山道ではなく、楽なロープウェイを選んでいるのだから、苦悩を嘆く資格はあまりない気がする。
そういう選択を迫られた時。
嫌だなあとか、めんどくさいなあとか、ネガティブな気持ちに蓋をして踏み出す。自分1人に降り掛かるものなら少し怠けるかもしれないが、誰かがいると途端にしっかり者の
綴目和歌子が大きくなるのだ。見方によっては見栄っ張りと言われるが、決して見栄を張りたいわけではない。
きっと、そっちの方がいいはず。
そんなハリボテの理想像を追い求める。その方が胸を張っていられる。ただでさえ自信の無い私が、真面目という帯を締めることで少しばかり自分に誇りを持てるのだ。
「
……ラプラス、校則について──」
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.