Romom🍙
2026-04-23 03:25:51
37646文字
Public 🌕
 

深追いは時に傷を生むものの……

か、閑話休題⁉️

大学生プロファイラーのジョシュアと、オリフレム大学で非常勤講師をするクライヴが、兄弟パワーを駆使して事件を解決する話です📕 基本はジョシュア目線になります🐦‍🔥

ほんのちょっぴり光の民の二人が出ます🐉左右とかは決めていません❗️✌️
(文中に出てくる効果名とか内容は聞き齧りなので、変すぎると思いますが、堪忍くださると嬉しいです)
※カプのつもりはないですが、案の定弟兄観が濃ゆいと思われます🐦‍🔥🔥

↓本筋文
「深追いは時に傷を生む」(弟視点)
「執行者について」(兄単体)




 やっぱりだ。どこにいても、視線が付き纏っている。
 張り付くような気配に、背を強張らせるようになって久しい。実際は、観測者などいないのかもしれない。ただ、日常のふとした瞬間、執拗な『視線』を感じるのだ。故郷の丘陵を行く際、面倒な付き人たちの小言を早足で躱した後、そして、大学の門前にいても。
 それも結局は、皇子という地位に寄せられる奇異の眼差しでしかないのやもしれない。現に、立ち入りの限られた、竜騎士専用の更衣室で煩うことはない。まるでセーフルームだ──そんな言い回しが浮かぶ時点で、溜息が深まる。ロッカーに貼り付けた額が冷まされても、頭痛とも言い切れない重たい響きが止む訳でもなく。張り詰める弦が、余計に絞られた感覚に陥っていく。
 大会が近いのだから、しっかりしなくては。ディオン・ルサージュは、聖竜騎士団の長なのだから。
「ディオン? 顔色が悪いけれど」
 横から、テランスが顔を覗かせた。忠犬の如き眼差しを湛える硝子玉二つが、抱える気持ちを読み取らんと、具に見つめてくる。近くで香る柔軟剤の匂いは、同じものなのに、なぜ異なって感じるのだろう。高値の香水よりもずっと好ましい。思わず、全てに縋りたくなる。
 かつて、ここにはいない友人に、悩みは打ち明けるべきだと念を押されたのを思い出す。その通りだ。現に、『視線』を友に打ち明けたのも、自分一人では許容に限界があると耐えかねた為だった。彼は真摯に聞き届けてくれたし、テランスだって、きっと同じく向き合ってくれるだろう。それでも、内なる弱小な己が首を横に振った。友人の間柄だからこそ話せたのであって、恋人となると、また別の障壁が影を落とすのだ。
「緊張しているのかもしれないな」
 気にするなと念押ししても、聡い彼のことだ。意味は全くなさなかった。はぐらかされたと見破った柳眉が、早速曇る。実は、とうの昔に見透かされていて、それでも自らの口で伝えることを、彼は待っているのかもしれない。
「ねえ」覗き込むのをやめた彼が、背後に立つ。振り返ると同時に、逞しい体に包まれていた。「怯えているでしょう、何かに」
 ああ、やっぱり敵わない。
 胸中立ち昇る愛に導かれ、大きな背中に手を回す。既に上着を取っ払っていた背筋は、布地一枚を隔てただけ。彼の美しさは宛ら彫刻のようで、数千年の時を経て命を宿した石膏像が動き出したのだと言われても、きっと信じていただろう。美術館の宝物群から、たった一人、自我を持ち、そして目の前に現れた奇跡の証人。言葉を尽くしても足りない、見目も、内側も、未だ躊躇う触れ合いも。恋を吐き出した時の彼の泣き顔を、なんとかして笑顔に変えたいと願った瞬間に、愛は溢れていたのだから。
 この光と対面することを許されたのは、世界中で自分ただ一人。彼に縋るのではない、全てを晒け出すことが、己が望みだ。
「テランス」
「ええ、ここに」
「私は……その、愉快な話ではないんだ」
「何なりと。あなた自身が、許せる限りで良い。話して」
「先に言っておくが、決して、お前がどうとかいう話ではないから……
 白飛びする蛍光灯を浴びながら、テランスが微笑む。「分かってる」
 片手が取られ、恭しい仕草で甲に唇が落とされた。誰もいないからと言って、無茶を行うのは、自分ばかりであったのに。少しでも安心させようと演出してくれているのだ。
「最近、何者かに、付き纏われていて……
「なんだって?」顔を出した険しさを前に、逸らそうとした面は、彼の大きな手のひらに包まれて動かせなくなった。「ディオン」責めてなどいないと唇が動く。
「言い出せなくて、すまなかった。ただ心配をかけたくなくて」
 垂れ下がった眉が、慣れていない皺を眉間に作ろうとしている。何某かを必死に、沢山の語彙から探し出してくれている。幾らでも待とう。彼は絶対に、味方でいてくれると知っている。ギヨタンの最高傑作の側に立つ真似はしない。
「ディオン、あなたが謝るようなことは──」
 愛しい声音は惜しくも途切れることになった。更衣室の向こうから、とてつもない悲鳴と喧騒の波が押し込んできたからだった。
 二人して息を潜める。状況を探るにも、スライド式の扉によって外界と隔てられた四角の箱の中、それは困難に等しい。その間も、轟く絶叫は止まない。人々の狂乱は増して聞き取れなくなっていく。
 とにかく、異常が起きていることだけは分かった。そして、さざめきが物語る。異常は、意志を持って、更衣室の方に向かってきている。
「ディオン・ルサージュはどこにいる!」
 男の怒号がほど近くで響き渡る。ここまで近いと、哀れな学生が、途切れ途切れに位置情報を暴露したのも聞き取れた。最悪だが、責められない。ただの侵入者ならここまでの騒ぎは起こらない。そいつは、一目で判別がつくような何かを所持しているのだ。
「隠れて」
 テランスが庇うような格好を取った。男が更衣室の扉を開けたのが、彼の腕の隙から見えてしまった──片手には、聖槍を握りしめている。蛍光灯を、オリフレムの意匠が照らし返す。
「ああ、ああ……ディオン様」腕の一本柵に隠れた標的を見つけた男の動きが止まる。「覚えておいでですか? いいえ、聡明な貴方のことだ、覚えてくれているでしょう」
 弛む男とは裏腹に、顔が曇る。
 どこかで見た相貌だが、詳しくは思い出せない。聖槍を見るに、奴も竜騎士なのだろうが、練習試合でも大会でも、会うときは頭の先から爪先まで防具を着込んでいるから判別など不可だ。しかも、ここはノースリーチ大学であって、オリフレム大学の竜騎士とは親しい面識がない。
 素直に知らないと告げられないのがもどかしく、恐ろしい。身分を知られている以上、人違いだと言い逃げることも不可能だ。何をしても、逆鱗に火炎瓶を投げつける行いになる。
 どうすれば──言い淀むうちにも、事態は徐々に動いていく。沈黙が招くのは、主に悪い状態だが、この男も例に漏れなかった。
「覚えていらっしゃらないのですか……」男の唇が戦慄く。「ああ、やっぱりそうだ。あの女ではなかったのだな……
「女……?」
「忌まわしい悪魔め、今世の光を誑かす、悍婦の使い魔共め……
 奇妙な呟きをやめた男が、垂れていた腕に再び力を込めた。一定の距離を開けて群がった目撃者たちは、未だ逃げようとはしていなかった。狂人の一挙手一投足に、さざなみの悲鳴をあげるばかりだ。
「しかし、まだ希望は潰えていない!」
 聖槍の白い刃は、グエリゴールの女神と、かつてザンブレクの民を導いたバハムートの威光を託されて輝く。奴の凶器に堕とされた槍からは、命を奪う以外の意志を感じられない。
「貴方という今世の光に付き纏う邪魔な蝿は、一匹残らず、我が聖槍で屠るのみ! 貴方の目となり、槍となり、貴方を害する全てを排する。それが我が天命、光に授けられたる託宣なのです」
 合点がいった。この男が、妄執に取り憑かれた竜騎士が、忌々しい視線の正体だったのだ。
 連なる語彙の何もかもが破綻している。『視線』であった頃の無言の狂気は露と消え、今の男から放たれるのは、底を知らない恐怖と嫌悪。
 なぜ、こんな異常を、己は今の今まで放置していたのだろう。きっと、自分であれば大丈夫と、どうにか出来ると侮っていたのかもしれない。恋人に、不安を抱いてほしくないと宣って、結局招いた災禍に巻き込んでしまったことに、背骨全てが凍りつく。
 五秒後の妄執のフォーカスが、誰に当てられるのか──考えるまでもなく、男が叫んだ。テランスに、最愛の人に向かって。
「ようやく見つけたぞ。貴様が、ディオン様を誑かし、堕落させた。我らが聖竜騎士団の光を穢したこと、それが如何なる大罪か! 死を持って知るがいい!」
 奴は、ここに現れるより前に、既に誰かを殺めている。誰かが消し忘れた携帯のフラッシュが、録画開始の些細な電子音が、固唾を飲むしかできない誰かの囁きが、更衣室前の一角に立ち込める。信じられない光景だった。この男は、危険人物だというのに、三文芝居とは訳が違うのに。
「逃げてくれ、ディオン」狂人の鼓膜には届かない声量。テランスが、肩越しに囁く。「時間を稼ぐから、そのうちに」
 何を言うんだと反するより先に、覆っていた影がなくなった。伸ばしかけた腕が、空を掻いたのは、彼が突き飛ばしたからだった。
 妄執の狂人が、今にも飛び掛からんとして、槍を構えたのが聞こえた。
「よせ、テランス!」
 打ち付けた背の痛みも忘れ、外聞も捨てて乞う。しかし、守護を誓った背は揺らがない。
「死ね、大罪人が──」
……させるか!」
 鈍い音がした。
 観衆の悲鳴が響く。
 信じられない光景に、二人して瞬いた。
 一歩を駆け出したはずの男が、突如として吹っ飛んだ。
 廊下に横たわる男の上、見たことのない──恐らく、ノースリーチの学生ではない青年が馬乗りになり、踠く腕を押さえつけている。
「聖槍を!」青年が言う。しかし、誰も応えない。
 皆、無関係な他人が名乗りを挙げないかと左右を見回している。他人事の仮面を被って、どこまでも傍観者でいたいらしい。結局、テランスが聖槍を拾い上げた。間違っても男の手が届かない場所に追いやると、すぐさまこちらへ駆け戻ってくる。それを両の腕で抱き止めると、客観も忘れて無事を喜び合った。
 男が何某かを喚き立てるが、最早完全に取り押さえられている有様だった。獰猛な狂犬のように頭を振り上げるが、背中に乗り上げた青年は全く意に介していない。暴れ牛を乗りこなす要領で、男の腕を捻り上げた。男は痛みに悶え、四肢を使って足掻いているが、稚拙な反抗にしか見えない──仮にも、男は竜騎士であったはずなのに。重心の捉え方から、制圧の仕方まで、手慣れているのだろうか。
 それ以前に、この、いきなり現れた青年は何者なのだろうか。
「ディオン・ルサージュ、それからテランス・ベラミーはいるか」
 正直者しかいない群衆の眼差しが、ひとところに向けられる。遅れて、真っ青な瞳がこちらを見つけた。
「君たちか?」
「ええ、でも……貴公は?」
 青年が、涼しげに微笑む。そして、すぐに股下の男を睨んだ。どこか、十五年来の友人に似たかんばせであることに、この距離になって初めて気がつく。
「今、俺の自己紹介をしている暇はないかな」
 彼は、友人と同じく、ロザリアの人間のようだ。ともすれば、自分の推理は全て当たっているのかもしれない。左耳に窺えた不死鳥の装飾が証拠だろう。ならば彼は、謁見の機会に恵まれなかった、友人の兄君だろうか。彼は博識だと最近聞いたが、噂の通り、ザンブレク語の発音に苦しむ様子はない。
「とにかく、君たちが無事なら、それでいい」
 笑いながら、彼は再び男に体重を乗せた。まさか、このまま肩を壊すつもりなんじゃないか。ついに、廊下に響く悲鳴が、男のものにとって変わった。蒼白な面に脂汗が滲んでいる、凶器を振り翳していた者と同一人物とは思えない。
 誰かが呼んだ警察が到着し、騒然さが舞い戻る。流石の学生たちも、国家権力には抗わない。今回ばかりは、足並み揃えて散っていった。