Romom🍙
2026-03-06 20:06:08
6529文字
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深追いは時に傷を生む

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現パロ火兄弟短文です❗️
全然カプではないですが、弟兄観が滲み出ているかもしれない。

大学生ジョシュアがシドたち警察にプロファイラーとして協力して、連続殺人犯を追っているよといった話です📕

前日譚「執行者について」(兄単体)
どちらから読んでも特別支障はないですが、前日譚を後に読んでいただけるとより性癖が滲みます🔥😋

次→「深追いは時に傷を生む②」

 兄は優秀だった。文武両道という言葉を知った時、真っ先に思い浮かんだのは、五歳上の兄の姿だった。
 彼は、何をしても、そつなくこなす。幼い時分の壮大な想像力の上では、クライヴは前世の記憶を持った勇者だった。だから、初見のものでも大抵上手くいってしまうのだ──或いは、高名な魔法使いだったこともある。常に、学年最優秀の成績を保持し続けたのも、未来予知的な超能力者だったからだ。
 結局、それらは全てが妄想のストーリーであって、あくまでもクライヴは、ロズフィールド家の嫡男でしかない。普通の人、魔法はなく、ともすれば身に宿す知性や器量は、透明な努力で築き上げられたものなのかもしれない。
 それでも、とにかくクライヴ・ロズフィールドは優秀な人だった。それは、彼が十五の頃、生家を追放され行方知れずになれども、二十八歳を迎えても。尚、変わらない事実だった。



 ジョシュア・ロズフィールドは、平凡な大学生とは一線を画している。紳士な物腰だとか、余裕を崩さぬ態度とか、そういう振舞いに関しても一級品だったが、それは彼がロザリアの貴族出身である故だ。彼が他とは違う点は、別にあった。
 ジョシュアは、持っていた薄型タブレットを机に置く。画面内容を気取られぬよう、立ち上げていたアプリはすぐさま閉じた。初期搭載のアイコンと、必要な分のみが配置された質素な液晶は、暫くの放置の末、すっかり瞼を下ろしていた。
「疲れた……」椅子の背凭れを最大限に頼り、天井を見上げる。眉間を揉んで、盛大に溜息を吐き出した。
 世の中は着実にデジタル化しており、ジョシュアもデジタル・ネイティブの世代だ。とはいえ、紙特有の優しさというものがある。読み解く内容が過密で、難解で、文量が増すほどに、紙の恩恵を恋しく思う。
 眠っていた筈の携帯タブレットの画面が点く。業務連絡だ。疲れ目をしょぼしょぼとさせながら確認すれば、先程要求した情報が、早速映し出されていた。
「流石、刑事は仕事が早いな」半ば悪態の皮肉をこぼして、背伸びをしてから画面と向き合った。確認してから、こう送る。『やはり見たところ、犯人は研究職、ザンブレクの方言に詳しいが、地元民ではないと思われます。詳しい犯人像は、シド警視の立ち会いの元で話しますが、取り急ぎこれだけは』
 送信して、了解と警視の帰還時刻を告げる旨のメッセージを確認すると席を立つ。
 ジョシュア・ロズフィールドは、ロザリア大公家の爵位継承者であり、ロザリス大学の最優秀学生であり、ヴァリスゼア大陸警察本部の協力者でもあった。主にプロファイラーとして、シドという男に見込まれた仕事は、思いの外向いていた。
「それにしても、こんな殺人事件……物騒になったな」ぽつりと独言つ。運転を開始したドリップマシーンが、電子音で相槌を打つ。寂しいものだ。
 ジョシュアが初めて関与した事件も殺人ではあったが、今回は度を超えている。センシティブな話題が好きな蟻の群衆は、件の事件にも名前を打った。『執行者事件』だそうだ、割と呼び易いため、署内でもそう呼ばれつつあった。
 この連続殺人事件は、被害者の共通点の方が奇妙だった。よくある共通点らしき部分はあまりなく、強いて言うなら、全員成人済みということくらいだ。前科持ちも複数人いて、窃盗に強盗、住居不法侵入とバリエーション豊かだが、全く前歴のない被害者もいる。他は例外だらけで、大概の犯人は、犯行をひとところの地域で行うのに対し、件の殺人鬼は大陸中で事件を起こしている。犯罪現場も凝っておらず、凶器も、日常にありふれたものばかりだ。
 一件一件が、思いつきや土壇場で行われたように自然で、犯行直前の思考や揺らぎが全くない。全て、その場で、殺している。凶器も別、現地調達だ。
 ともすれば、全てが別の犯人によるもので、個人による連続性を睨んでいるのはお門違いなのかもしれない──実際は、連続殺人鬼が、大陸のどこかに潜んでいる。心胆を寒からしめる、揺るぎない事実として。
 こうしたランダム性や、次の標的の推測が不明である選定基準が、大衆にうけた。そうする内に、「警察の知らない犯罪者狩り」などと言った憶測が生まれ、流れた果てに、『執行者事件』とされたのだった。
 また、液晶が光る。『シドが帰ってきた、すぐに話せるそうだ』ちょうど、ドリップマシーンが役目を全うしたところだった。タンブラーの蓋を締め、部屋を出る。廊下には沢山の警官が行き交っていた、ここは、警察本部の休憩室前なので当然だった。
 指定された会議室は、この廊下を真っ直ぐ行った突き当たりの部屋だ。顔見知りとすれ違う、彼らは、学生であるジョシュアを快く受け入れてくれている。それ以外の警官は、分かりやすく煙たがっていた。



「今の事務員で、今日のところは最後かね」シドが、重そうな肩を片手で揉み込む。「しっかし、大学お抱えの研究者が多いのは良いけどさぁ、ああも態度に出されると、気が滅入るぜ」巡査部長のガブが、ジョシュアを挟んだ隣で頷いた。
 ザンブレク地区のオリフレム大学構内、この場にいる三人とも、行き交う人の誰よりも疲労困憊なのは明らかだった。それも当然で、警察手帳を見るなり、全員が顔を険しくし、態度まで堅くなる。挙句の果てには、ジョシュアの姓を知った途端、宗教観念の問題を捲し立てるものもいた。幾ら、別の神を崇める宗主の一族だとしても、侵略しにきた訳ではない。寧ろ、犯人捜索という社会貢献のために訪れているのに──慣れっこは板についたつもりだが、疲れるものは疲れる。
「最後の事務員、別におかしいところはなかったな」ガブは勘が効く。彼がそう言うのであれば、先の彼女は、他の同僚より文学に詳しいだけなのだろう。
「例の非常勤講師ってやつに、話、聞ければなあ。まさか、研究のために離席中とか、怪しくみえるぜ」
「職業病だな」シドが返す。「お前も、ジョシュアのプロファイリングに文句はないだろ」
「そりゃ勿論」
「そんな……感謝します」
 左右から聞こえていた応酬に、突如として己が参加させられて、剰え褒める文脈であったことに、ジョシュアは顔を赤くする。あまり慣れていない。出生の瞬間から、手取り足取りちやほやされて来たが、彼らの言葉は、真水のように心に沁みゆく。
 今回の『執行者事件』犯人のプロファイリング──ヴァリスゼアの歴史や文学、風習に深い造詣がある研究職者。複数の案件のうち、二つの現場が大学構内であり、被害者に教授職にあたる人物がいることから、学者と親密な間柄か、接近しても警戒されない人物なのは明確だ。大柄の男にも、確実に一撃を入れられる辺り、そこそこ体格の良い成人男性。年齢は不詳だが、先述の特徴を見るに二十代後半から、筋肉が衰える前の三十代後半まで。犯行に迷いがないため、精神的な負荷に強く、或いは感じない可能性がある。
「加えて、研究職という推察から、犯人は非常に知能が高い、ねえ……碌でもねえぞ、こりゃ」
「そんでもって、犯人は被害者宅に侵入し、何かを盗んでいることから、収集癖もある」シドが付け加える。それこそ、執行者事件犯人の『被害者の奇妙な点』だった。
 被害者を殺害した後、犯人は、なぜか被害者宅に忍び込んでいる。侵入は日を跨いだ後日であったり、直後であったり。恐ろしいことに、事件の報道がなされたあと、堂々と侵入していたケースもあった。それがあってから、警察は警戒して、被害者の情報に制限をかけるようにした──始めからされるべきだが──が、結局無駄だった。脳を少し働かせれば分かるが、身分証や住所を割り出せるものを、被害者の懐から探り出せば良いだけのことだ。
 被害者宅に入り、何か漁っている痕跡だけはある。隠そうともしていないらしい。犯人に繋がる証拠は無い。何が盗まれたのかも、現状、知る術がない。
 直近の被害者は、本大学の教授であった。執務室の本棚の一部が抜けていたことから、犯人は本を盗んでいるのだろうか? だとすれば、奴は研究者ではなく、奇書愛好家か何かかもしれない。
「本を目当てに殺人を繰り返してる──は、流石に考えすぎかもしれませんが……」たかが本、されど本。けれど、他人の命を無遠慮に奪っていい理由にも、裁かれない理由にもならない。
 しかし、一目と一聴きしただけの内容を、しっかり把握しているシドも、ガブも、とんでもない頭の持ち主だ。肯首しながら、ジョシュアは舌を巻いていた。
「まあ、後日来てみよう、流石にいるだろう」
 シドに背中を叩かれると、電気が流れる心地がする。これは隣のガブの言葉だが、全くその通りだとジョシュアも思っている。電流に当てられて強張ると言うよりは、安堵が漲って、全身の緊張がほぐれるという具合だ。
 先の事務員とは別の女性に呼び止められたのは、壮麗尽くしの玄関ホールを抜けようとしたところだった。
「いきなり呼び止めてしまい、申し訳ありません、テラモーン警視様」
「いや、構わない。どうしました? 何か落とし物でも」
「先生がお戻りになられまして、是非、協力したいとのことでしたので」
 ジョシュアたちは顔を見合わせた。
 事務員が先導するのを、固唾を飲んで追いかける様は、側から見れば些か滑稽だったかもしれない。向かう先が、悪の組織の本山だとか、狂気を二乗したマッドサイエンティストの巣穴とか、とかくそう言った身も凍る現場に向かうような風格があったことだろう。すれ違い様、数名の学生グループ──ジョシュアが手に入れられなかった大学生活を体現した男女──が騒めいていた。単に、疲労と、突如舞い込んだ都合の良い話に、三人全員、脳内物質を放っていただけだった。
 ただ、ジョシュアに限れば、かるい有名人に会いに行く気分だった。オリフレム大学、大陸歴史・神話学部の非常勤講師──C・アンダーヒル。ジョシュアの専攻する学問の研究者。故に判ることだが、彼は、天才だ。というか、天才すぎるのだ。現代において神話と語られる時代で、更に神話扱いされていた古代文明。『空の文明』の『遺物と遺跡』に纏わる論文を読んだ時、内容が細密かつあまりに革新的で、背骨が冷え込んだのを覚えている。
──誰が思う、腐ったベーコンに似た出土品が、空の文明を示す貴重な遺物かつ、非常に硬質で順応な素材であり、当時大陸を跋扈していた動物たちの生体エネルギーを材料に生成されたものだと。誰が想像出来る? 以上のことから、出土品には自己修復機能があり、今も活動している。それを証明するため、貴重な遺物に刃を突き立ててみる──結果として、彼の研究は全てが現実だった。全く、奇想天外にも程がある。
 もはや、ジョシュアは、C・アンダーヒルの世界観とも呼べるものに興味があった。しかし、彼は表に姿を見せたがらない。学会でも、特例として、プロフィールに用いる写真を本人ではないものにしている。大学案内にもない、彼の研究室の画像で十分なのだ。そもそも、取り扱うジャンル自体、尖っているのもあるが。
 まさか、彼に会えるとは。
 聴取の矛先として、オリフレム大学を指定したのは下心ではなかった。この大学は、執行者事件に二度も関わる羽目になっているからだ。
 とはいえ、まあ、興味はあった。ロザリス大学の姉妹校であるから、行こうと思えば留学できるが、背負うロズフィールドが道を阻む。だから、諦めていた。
 せっかくの機会だ。アンダーヒルと、少しでもいいから、話がしたい。いや、今から彼に対して行うのは聴取なのだ、無条件に嫌われる覚悟もしなくてはならないが──そうこうしているうちに、事務員が去っていった。どうやら、この扉が、アンダーヒルの研究室のようだ。
「非常勤講師なのに研究室?」声を顰めて、ガブが耳打ちしてくる。その疑問も当然だ。「彼は、この分野において……多分最も真理に近い人だから」自分でも、よく分からない返事をしてしまった。
 そんな二人を背に、シドが扉を叩く。「はい、どうぞ」男の声が応答する。感情はあまり乗っていないが、乗る場面でもないし、何より聞き心地がいいと瞬間で感じさせる声だ。
「失礼するよ。俺はシドルファスだ、お前さんが?」
「ええ、お話は伺っています。ヴァリスゼア警視庁の、シドルファス警視。ご存じとは思いますが、俺がアンダーヒルです、よろしく」
 穏やかで、伸びの良い低音が、機嫌良さげに聞こえてくる──扉枠の先から、ガブの背中越しから。
「どうしたんだよ、お前」いきなり壁扱いされたガブが、心底困惑した風にこちらを見る。
「入れよ」
「いや、僕は後でいいから」小声で言う。さっさと入るのは、ガブの方であってほしい。歴とした我儘なのは分かっているが、今だけ、何も気にしないでほしい。
 何を隠そうか、ジョシュアは、物凄く照れていた。憧れの人を前にして、己の存在が、酷く矮小に感じられたのだ。こんな自分が、稀代の天才学者の御前に立って良いものなのか。煩悶と泡立つ思考で、顔に血が集まっていく。
「お前がプロファイリングしたんだから、ちゃんと見ないとって……さっきまでやってたろ」
「順番ひとつで大した違いはないだろ?」
 ガブの肩越しから、シドと目があった。視線に文字が書いてある。『何をしてるんだ』その通りだ。しかし、アンダーヒルの姿は見えない。どうやら、入り口のすぐ隣に来客用の空間があるようで、彼は、そちら側に立っているらしい。
「先程は申し訳ない、研究のために、ミシディア監視塔に出向いていましてね──あの、どうかされました?」アンダーヒルの声に疑問が滲む。それもその通りだ、入り口ですったもんだしているのだから。寧ろ、今まで気にならなかったのだろうか。それすら、大物っぽさなるものを醸している。
「ちょいと失礼……おい、何してる」
「こいつが急に」諦めたガブが、とうとう一歩扉枠を踏み越えた。重心がずれ、そのままジョシュアも雪崩れ込む。「申し訳ねえ、アンダーヒルさん。俺はガブな」頷いた天才学者は、握手を交わした高背の刑事が、敏腕の巡査部長なのも織り込み済みのようだった。
 もう、あとは自分しかいない。覚悟を決めて、顔を上げた。
「──ジョシュア」
 名前を言ったのは、アンダーヒルの方だった。勿論、ジョシュアとはジョシュアの名前であって──何故、こちらの名前を知っている? 自分は、警察の協力者であれど、それ以外は一般的な大学生だ。ロザリア地区の大公爵家の人間であることに反応するのなら、姓の方を口にするはず。
 驚きで、彼の顔を見る。そして、彼も同じ顔で見つめ返していた。「ジョシュア、なのか」またしても、名前を呼ばれる。
 黒い癖毛が、窓から差し込む斜陽に照らされて、少しだけだが、似た金髪に見えなくもない。ポートイゾルデの海の色をした虹彩、主張しすぎない程度に生えた顎髭と、左頬の裂傷痕の名残は痛ましい。遺跡探索の日々で、少しだけ太陽の色を吸い込んだ肌、凛々しいだろう眉が、捨て犬のように垂れている。
 漸く状況を理解した。
 そして、押されてもいない背中を動かして、彼に歩み寄る。
「クライヴ……兄さん……?」
 二人とも息を呑む。それが肯定だと悟ると、ジョシュアは思いっきり、その体に飛び込んだ。クライヴは、大木の幹かと思うほど微動だにせず、しかし、筋肉のついた温かな腕が、しっかと抱擁してくれる。
「信じられない、ジョシュア、まさか、また会えるなんて」耳元の声は震えている。表情を窺えば、目尻に透明の玉が盛り上がっていた。「会いたかった、兄さん」ジョシュアの声も震えていた。
「ああ、そんな、すまない、すまないジョシュア。俺は──」
 背後から咳払いが聞こえて、兄弟揃ってそちらを向く。口元に拳を当てたガブが、気まずそうに口角を下げた。隣のシドは対照的ににやにやしている、彼は、ジョシュアの身の上を知っていた。
「あのー……悪いんだけど、どういうことか説明してくれない?」