Romom🍙
2026-04-23 03:25:51
37646文字
Public 🌕
 

深追いは時に傷を生むものの……

か、閑話休題⁉️

大学生プロファイラーのジョシュアと、オリフレム大学で非常勤講師をするクライヴが、兄弟パワーを駆使して事件を解決する話です📕 基本はジョシュア目線になります🐦‍🔥

ほんのちょっぴり光の民の二人が出ます🐉左右とかは決めていません❗️✌️
(文中に出てくる効果名とか内容は聞き齧りなので、変すぎると思いますが、堪忍くださると嬉しいです)
※カプのつもりはないですが、案の定弟兄観が濃ゆいと思われます🐦‍🔥🔥

↓本筋文
「深追いは時に傷を生む」(弟視点)
「執行者について」(兄単体)




 オリフレム大学の校舎を背に、歩くこと数十分。伝統的な石造りの路を抜け、舗装された道の端を行き、徐々に混ざり始めた雑草の緑が主張を強くし始めた頃。夕暮れを待つ烏が、彩度の浅い昼の空を飛び交っている。鳥たちは、求愛だか獲物の取り合いだかを演じて、高らかに鳴き続けている──ジョシュアは、どうやら、クライヴの興味の的が、懺悔の門そのものではなかったらしいことを悟りはじめていた。もう既に、視界には歴史的建造物の腹が見えてきているのに、クライヴは一切目をくれる気配なく足を進めている。数が減った雑談の内容は、未だ、ロザリアの望郷のまま。懺悔の門に纏わる伝説に触れたのは、彼の研究室を出た後、ジョシュアの質問に対する質疑応答程度だ。
 案の定、クライヴは、懺悔の門を抜けるや否や、一目散に左手へと道を逸れた。膝丈まで生い茂った草花を掻き分け、真隣の影の中に突っ込む兄の背を、見落とさぬよう目を細める──決して、話が違うんじゃないかと睨みつけている訳ではない。
「あの、兄さん」
「なんだ?」
「調査の目的って、もしかして、この石柱?」
 結局、兄の形をした経路案内が示したのは、懺悔の門に隣接するように建設された石柱であった。
「ああ、そうだ」
 地面から突き出したような、古めかしい石柱は、実は群であり、ヴァリスゼア大陸の至るところに点在していた。各地の要所に設置されていることもあれば、首を傾げたくなる僻地にも聳え立つ謎の石柱は、大陸神話の主役が旅した地域に符合する。
「でも、どうしてここの石柱を?」暗に、どこのものでも良いのではと言えば、彼の肩が数回揺れた。「ここだけは、皇家のお膝下だからな」
 懺悔の門はザンブレクの歴史的文化財として、皇家による保護が為されている。普段、観光客には開け放たれているものの、研究材料にするには、中々の審査が必要になるらしい。
 珍しい話ではない。ロザリアの、フェニックスゲート教会もそうだ。誰でも祈りを捧げられるし、誰の邪魔さえしなければ、自撮りも記念撮影も許される。だが、調べるには大公家の許しがいる。もしも、自由に調査させた暁に、とんでもない秘宝や醜聞足り得る何かが掘り出されたら──堪ったものではないからだ。
「懺悔の門の管轄になるみたいで、オベリスク目当てだと説明したところで、聞き入れてもらえなかったよ」
「へえ、そんな名前だったんだ」
「聞いたことがなくて当然さ。俺がそう呼んでるだけなんだ」クライヴは、石柱の膝下に屈み込むと、何やら熱心に調べ始めた。「今の所は」地面を覗き込み、それから少し退け反る。
 その際、間近に立っていたジョシュアにぶつかりそうになったことすら、この兄君は気がついていなかった。石柱の、尖った先端を見上げては思案を繰り広げている。ジョシュアには、何も見えない。
「次の論文は、こいつを主軸にしたくてな。大陸神話における魔導と魔法の存在を再解釈する──各所に点在するオベリスク群は、そのための足がかりになると踏んでいるんだが……
 弟相手とはいえ、仮にも同じ分野に取り組む者に、易々と自身の研究内容を打ち明けるべきではないのではと思わなくもない。しかし、クライヴは大陸神話学の天才なのだ。こんな常識に則った不安も杞憂でしかない。彼はきっと、ただの人が思い至る領域を超えて、考察を行うのだろう。
 クライヴが石柱に手を翳す。「……やはりか。どうやらこいつも、オベリスクに違いないらしい」
「ふぅん……
 突拍子のない、よく分からない発言に、ジョシュアは再び目を細めて彼を見る。殆ど睨んでいるようだったが、それは、青目には陽が眩しいから。今度こそ、この兄君は一体何を言っているんだ? という睨みではなかった。
 昔から、クライヴにはこういう瞬間があった。ふとした隙に、思考の渦に取り込まれる瞬間が。そうなると、彼は、無言になるか、自分の考えのまま発言する。結果として、点と点だけが、彼の口から紡がれることになる。普段こそ、理路整然としていて、人に伝えることを慮るクライヴが、憑依されたように振舞う。誰にも見えない一点を見つめ、それを追いかけ、誰の言葉にも耳を傾けず家を飛び出してしまう。
 精神的な負荷による逃避行動とは異なるらしい。ストレスは確実に抱えていた筈だが、クライヴは決して是と言わなかった。ならば、何がきっかけなのか。実父も、実母も、彼の近くにいた皆が聞いたことだろう。
 かくいうジョシュアも尋ねたことがある。「兄さんには、何が見えているの?」弟による明け透けな問いに、兄は困ったように視線を逸らしていた。「時折、地面に、光の線が見えるんだ」何色なのかと質問を重ねれば、渋々「青色だよ」と教えてくれた。
 今思うと、正直、何の答えにもなっていない──地面に青い光が見えることと、思考の渦に呑まれること。それに何の因果があるのだろうか。だが、幼くとも、ジョシュアには愛する兄が嘘つきではないことは分かった。分かるから、再度首を捻ったものだ。終ぞ、兄は曖昧に笑うばかりだった。
 つまり、今回もそういうことだ。クライヴには、今、青い光が見えているに違いない。オベリスクと呼称した石柱に、青い導きはどう繋がっているのか。彼の視界には、風雨に晒された石が、どのように映るのか。オベリスクそのものが、青い光を放っているのだろうか。石柱に手を触れたとて、何か変わるのか。
「兄さん、どう?」
 どんなものでも、ぶつかれば何某かの反応を返すものだ。だが、この彫刻像は、打っても何も響かない。石膏の角質層をまろび出したりはしない。無言で、ひたすら眼前の獲物に目を光らせている。しかし、ジョシュアがどう思おうと、これはクライヴのための調査だ。その前提を忘れてはならない。
 ジョシュアは、閑散とした平原にぽつりと取り残されてしまった。寂しさに、背骨が軽微に弧を描く。自分は、兄とは違う。青い色に、特別な感情はない。腰に遇らう乳白混ざった青い宝石はお気に入りだが、輝くのは研磨された曲面が陽を反射しているからだし、呑み込まれるほどではない。群れた烏の鳴き声が、寂寥を掻き立てる。
 だが、兄と共通する点はいくつもある。濃ゆい眉の色と同じように、大陸歴史への興味関心は共通事項だ。
「クライヴ兄さん、僕、懺悔の門を見てくるよ」
「うん」だか、「うーん」だかが返ってくる。もしかしたら、渦巻く考えに対して鼻を鳴らしただけかもしれない。
「少ししたら戻るから」
 せっかくの逢瀬だったというのに。真剣そのものの横顔に、ほんの少しの悲しさを覚えながら、ジョシュアは踵を返した。懺悔の門は豪勢だ。故に、見どころはそこそこある。露天が並ぶわけでも、野生動物が日向ぼっこをしているわけでもないが、中世ザンブレク様式の建築は贔屓目抜きにしても美しいのだ。天を支える、正真正銘の石柱たちが、門への路を特別なものに変えている。その周辺を彷徨くくらいであれば、クライヴもすぐにジョシュアを見つけられるはずだ。
 運悪く、無数の石柱の影に隠れたりしなければ。
 草薮に足を運ぶ。生い茂る緑の大地には、当然ながら人専用の路はない。草の根を掻き分けるつもりで踏み出したものの、二歩目からは諦めて普通の歩みを繰り出していた。爪先に触れた、背高の葉にはてんとう虫が引っ付いている。無作法な探索者に怯えて、彼女はそのまま飛んでいってしまった。
 しかし。ジョシュアは眉を吊り上げていた、先程から、どうも烏たちが喚いている。鳴くという表現は、もはや似つかわしくなく、姦しいそれはいっそ断続的な叫び声すら彷彿とさせる。低いものや高いもの、嗄れた種に若々しい種。複数の群れが一挙に介していたのだと気付いたのは、出発地点から少し離れたところであった。石柱の背後にて、黒い生き物たちが何かに群がっている──鼻を覆った。
 突然飛び込んできた人間に、成す術なく飛び立つことを余儀なくされた烏の大群が、遠くから捲し立ててくる。烏は、ある種のイメージ通りに知能が高い。良いことをされたと感じたら、彼らなりの方法で報おうとする。反対に、恨みを買えば厄介なことになるそうだ。
 だが、ジョシュアには、明日の自分の頭上を心配している余裕などなかった。
 生い茂る草の上、横たわる姿と見つめ合う。焦げた虹彩の縁には、水分の名残は既になかった。急いで携帯電話を取り出し、縺れる指で発信者を指定した。『もしもし、若様?』眠たげな青年が定型文で応答する前に、捲し立てる。
「ガブ、殺人事件だ」眼下に拡がる茶色い血のカーペット、中央に横たわる女性は天を見上げていた。「ザンブレク地区、オリフレムの懺悔の門前で、女性が殺されている」
 電話口の調子が変わる。同時に、柱の向こうから暢気な心配性が駆けてくるのが見えた。そうして、クライヴが血相を変えるまで、そんなに時間は掛からなかった。