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2026-04-15 23:59:52
26414文字
Public 轟飯
 

1.輪郭にのこる熱

こちらのシリーズ、やっとお話が始まりました。
https://privatter.me/page/66e865074286c



「わぁ……すっかり復興されているね」

山間から大きく吹く風に髪を煽られ、思わず立ち止まって辺りを見回す。
あの第二次決戦以来──初めてこの地に足を踏み入れた。
記憶にある惨状の残骸はほぼ無く、そこには冬の澄んだ空気に包まれた、静かな景色が広がっている。

「素敵な場所ですわね」
……えぇ、のどかで好きだわ」

蛙吹と麗日、そして飯田。それぞれにとって、忘れようとしても忘れられない場所だった。

「もう、この景色を失くさないようにしたいね」
「あぁ」

麗日の小さな呟やかれた願いに、飯田は同意する。
──これが日常ならば、決戦後、この街に戻った人々は、何を思ったのだろう。

あの時、喉や皮膚を切るような風圧と冷気、それらから護る氷の装甲。
共に限界を越え、互いの命を預け合ったあの熱い感触が、今も腕の奥底に微かな痺れとして残っている。
今の群訝を包む冬の冷気に、かつて自分たちを護った氷の、穏やかで透き通った匂いを感じた。

荼毘の元へ走る轟を見送り、エンジンは限界だった。あの時の飯田は、ただ戦況を見守ることしか出来なかった。
もはや一歩も動かぬ脚を呪いながらも、託した背中に祈りを込めた……あの時の焦燥。
視界には、倒れた建物、捲り上がるコンクリート。割れたガラス片には、真っ黒な空が映っていた。
終わりが見えない絶望の中で、トガの変身したトゥワイスの群れの手が、あと少しで届くところで、その姿は霧散した。
この時、麗日とトガが対峙していたと後に知る。

「実はね、ここの復興には、私の父ちゃんの会社が関わってるんだ」
……そうか、それは……!」

飯田は息を飲む。麗日は後ろ姿で、表情は見えなかった。
かつて、「両親を楽にさせたい」と語っていた彼女の夢が、この瓦礫の山だった場所を、人々が再び笑い合える日常へと塗り替えている。
瓦礫の山だった場所に、確かに根を張った街の姿に、飯田は心の底からの敬意を抱いた。

「人を救うのは、ヒーローだけじゃないね」

振り返る麗日の笑顔は眩しかった。
初めて出会った入学試験のあどけなさから、ヴィランであるトガヒミコという一人の少女の心さえ救おうとした。その壮絶な経験を経て、彼女の笑顔には、何者にも負けない芯の強さが宿っている。

「うむ、素晴らしいご職業だ」

飯田は安心する。彼女にはその名の通り、いつまでも麗らかであって欲しい。
それぞれが見るヒーロー像。そのひとつひとつが重なって、確かな強さになる。
プロとなって、それを実感する。

「ウラビティ!遠くまでお越しいただいて、ありがとうございます」

後ろから声が掛かる。振り返ると、年配の男性が立っていた。その人物は、今回お世話になる小学校の教頭だと名乗った。
最近、事務所を構えたウラビティが提案した今回のチームアップミッションは『個性カウンセリング』だった。

──個性の歴史は、まだ浅い。
解明されていることより、分からないことの方が多い。しかも、年々個性の能力は強くなっていっている。
生まれてから感情や言葉を理解するだけでも大変だというのに、個性をコントロールするのは大人だって難しい。
小さな頃からコントロールを含め、自身の力と向き合うためのメンタルサポートという発想は、とても素晴らしいと飯田は感心した。

自分自身、子供の頃にエンジンのコントロールは難しかった。
兄や両親のサポートが無ければ、ここまで使い切ることはできなかったと断言する。
幼い頃、自分の個性は恐ろしかった。制御不能なエンジンの咆哮に、曲がることすらできず、力の奔流に振り回される日々。
だが、そんな自分に『乗り物の歴史』や『足が速い動物の習性』という知識から能力を理解させ、楽しく教えてくれたのは兄だった。
知識にのめり込むあまり、早くに視力が落ちた。だが、両親も本から得られる情報に興味を持つことを褒めてくれていた。
家族や雄英で過ごした時間、その全てが今の自分の糧になっているのは確かで、悩む子供たちのサポートに携われるのは、自分も兄と並び立てるのだと思うと、とても光栄であった。

「──まだ、この計画は施策段階です。若輩の私たちに、是非これからお力添えいただけますと幸いです!」

市民ホールの舞台の上で、麗日のスピーチが終わる。その場にいた教育関係者は全員が大きく拍手を鳴らす。壇上に並ぶ飯田や蛙吹らも立ち上がり、頭を深く下げた。
市長含め、関係者への挨拶を交わし、再び出迎えてくれた教頭と共に、小学校へと向かう。
すでに校庭には、子供たちが集まっていた。

「今日は、君たちとお友達になりたくて来ました!」
「ケロッ。私たちとお話ししましょう」

ヒーロースーツに着替えたウラビティとフロッピーの朗らかな声掛けに、子供たちの歓声が上がる。

「一緒に個性の使い方を覚えよう!」
「ご相談などもあれば、お気軽にお申し付けください」

元委員長コンビも、子供たちの勢いに押されぬように声掛けをする。
子供たちは皆、目を輝かせて喜んでくれている。それだけで、胸の奥が満たされた。

「インゲニウム!見て!僕、インゲニウムのスニーカーだよ!!」

手から風を出せる少年が、ジェットの勢いで誰よりも早く飯田の元へ辿り着き、自分の靴を自慢げに見せた。

「おぉ、インゲニウムスニーカーだね!よく似合うよ」
「これ履いたら、すごく速く走れるようになったんだよ!!」

飯田が褒めると少年は興奮気味に、その場で飛び跳ねて見せる。
少年にはそばかすがあり、木の葉のような髪色が、どこか既視感を呼んだ。
親友の面影が重なり、思わず顔が綻ぶ。

「なぁ、お前もこっち来いよ!」
「やだぁ!お兄ちゃん、こっち来てぇ」
「何でだよ、インゲニウムだぞ!お前も知ってるだろ」

少し離れた遊具に隠れて、そばかすの少年によく似たおかっぱの少女がこちらを伺っているのが見えた。

……やだぁ、おっきくて怖い……
「すまない、これでどうだろうか」

飯田はしゃがんで少女へ目線を下げるも、少女は遊具に隠れたまま、顔を横に振る。

「女の子だし、家族に背が高い人がいないと、最初はビックリしちゃうのかも」
「そうか、怖がらせて申し訳ない……フロッピー、お願いできるだろうか?」

一緒に覗き込んだ蛙吹が、そっと耳打ちする。
飯田は少女に声を掛け、立ち上がると無意識に背筋を伸ばしかけて、すぐに止めた。
自分の影が、怯える少女を覆っている事に気付いたからだ。

「大丈夫よ、飯田ちゃん。子供たちが慣れるまで時間が掛かるものだわ」
「インゲニウム!僕たちの個性教えてあげる!」

蛙吹に少女を任せるも、飯田は僅かに口惜しさを噛み締めた。

だが、自分を求めてくれる少年の期待に応えることも、今の自分にできる役目の一つだ。飯田は込み上げる不甲斐なさを飲み込み、子供たちに全力の疾走を見せ、校庭に笑顔の渦を広げた。



「今日は皆どうだった?」

滞在先のホテルのレストランで夕食を囲みながら、ミーティングが始まった。

「そうですわね、お一人一人の個性については、先生方より頂いた資料と相違ない確認はできましたが……
「悩みを聞くまでに至らなかったな」

あまり子供に慣れていない八百万と飯田は、子供たちのパワフルさに振り回されていた。

「大丈夫、しばらくは遊ぶだけでいいよ。今回は一週間しかいられないし、焦らないで」

麗日には計画通りだったらしいが、成果を感じられないことに、飯田の胸に焦燥が生まれる。

「子供たちはシャイだから、ゆっくりいきましょう」
「だが、俺は女児に怖がられてしまった……足手まといになりたくは無いのだが……

昼間の出来事を思い出し、飯田は再び落ち込んでしまう。

……眼鏡を変えてみるのも、一つの手ですわ」

そう言うと八百万は、手の平から眼鏡を創造して見せた。

「お顔の印象で、かなり雰囲気は変わりますわ。こちらのウェリントン型ですと、柔らかな印象になるかと」

差し出されたのは、黒縁の眼鏡だった。
飯田はすぐに自分の眼鏡を外し、胸ポケットへ仕舞うと八百万の創造した眼鏡を掛け直す。

「どうだろうか?」

飯田は、おずおずと皆へ向き直す。
驚いた事に、それはちゃんと度数まで合わせてあり、視界ははっきりとしていた。

「お~いいね、飯田くん似合うよ!」
「確かに、雰囲気が変わるわ。素敵よ」

今まで視界を邪魔しないよう、長年ハーフリムを使用していたが、今や個性を使う際にはヒーロースーツで視界は矯正されている。
眼鏡一つで子供たちの安心が得られるなら、それでいい。

「八百万くん、ありがとう。明日また挑戦してみるよ」
「いえ、今後も一緒に対応を考えましょう」

チームアップミッションでは、協力し合える事が助けになる。
仲間の頼もしさを感じながら、飯田は新しい眼鏡の縁を指で押し上げた。

「こんにちは……

昨日の少女は、そばかすの少年の背に隠れつつも、挨拶をした。

「やぁ、こんにちは」

飯田はその場にしゃがみ込んだ。新しいフレーム越しに見える少女の顔は、まだ緊張を残している。

「今日は、怖くないだろうか?」

ほんの少し身体が強張るも、飯田は温和な表情を崩さぬように努めた。

……それ、おじいちゃんの眼鏡と似てる」

屈む飯田の顔の傍まで来て、少女は覗き込むようにして笑顔を見せた。
屈託の無い子供の笑顔に、飯田は胸を撫で下ろす。強固な装甲や音速の脚よりも、今、この瞬間の穏やかな眼差しこそが、目の前の少女を救うのだと確信した。

「君たち、個性の使い方に悩みはないかい?」
……あたし、風、出せるよ」

少女は手のひらを合わせて、手の中に小さな旋風を生み出す。

「僕たちね!手から風が出るんだけど、こいつのは真っ直ぐじゃなくって、回転してるんだ」

兄は妹の手の中に落ち葉を入れて、回る様を見せる。彼女の手で作られた小さな輪の中で、葉は小さく踊る。

……うん、お兄ちゃんみたいに真っ直ぐ出せないの」
「風の強さが均等でないのかもしれませんわね。力の掛かり方に差があるのかも」

少女がしゅんとしていると、八百万は素早く分析する。

「よし、じゃあ今日は個性を思いっ切り使ってみよう!」
「いいの?」
「大丈夫さ、ちゃんと俺達がサポートするから安心したまえ」

飯田は誰も居ない空間を指示して、少女に最大出力を指示した。
校庭の砂が巻き上がり、渦を巻いていた風が、徐々に風力を上げると共に、ふっと軌道を揃える。空気がまっすぐに伸びた。

少女は飯田と顔を見合せる。晴れやかな表情に、飯田も力強く頷いた。
少女が弱い力でも安定させる訓練を続けていると、興味を持った子供たちが増え、委員長コンビの周りに、個性指導の輪が広がっていく。

「すごいすごい!君たちコントロールが上手だぞ!!」
「個性を使うには、こちらを目標にして精度を高めましょう!そう、素晴らしいですわ!」

飯田は肉体的なアプローチを行い、八百万は個性の使い方からロジックを読み解き、特性を見出し、それに応じた課題を与える。
次々に個性訓練が始まり、翌日も同じように個性を使うのに興味を持った子供たちは一目散に駆け寄ってきた。


「いいね、二人とも!子供たちの心、掴めてるね」

毎日のミーティング兼夕食が始まり、麗日は飯田と八百万へ笑顔を向ける。

「皆のお陰さ。子供たちも向上心があるから、こうして積極的に関わってくれて……だが、数人は個性に対して拒絶や違和感を持った子がいるように感じた。その子たちと上手く会話ができるといいのだが……
「お話は私たちに任せて。飯田ちゃんたちは個性を使う子たちをリードして欲しいわ」
「今回は運良く個性訓練ができましたが、個性の使い方に関しても、目線合わせの為にも、事前にレクリエーションやアンケートを行えますと良いですわね」

食事の手を止め、ミーティングは白熱する。
気になる子供の共有や対応について、そして今後のチームアップに向けた改善点を話し合う。
実際に子供たちと触れ合ったことで、計画がより具体性を帯びてきたように感じられる。
これからは、各所へ向けての協力者も必要になってくるだろう。
本格的な始動には時間が掛かるかも知れないが、前進する喜びをチームで分かち合えた。

──あっという間に、最終日が訪れる。


「インゲニウム……帰っちゃうの?」

別れを惜しむ声を出すそばかすの少年を見て、飯田も胸を痛めた。
彼が随分懐いてくれたからこそ、ここまでスムーズに輪に入れたと思う。
子供と長く触れ合うのは初めてのことで、少年に対しては感謝の気持ちが尽きない。

「俺も皆と仲良くなれたから、離れがたいよ。もし、困った事があったら友達や先生にちゃんと相談するんだよ」
「うん!……ほら、お前も言えよ」

飯田が少年の頭に手を置く。
憧れのヒーローにそう言われ、少年は照れ臭そうに歯を見せて微笑む。そして、背に隠れた妹へと声を掛けた。

……あのね、クリエイティとインゲニウムが教えてくれたからね、お兄ちゃんみたいに、まっすぐ風出せるようになったからね」

たどたどしくも、少女は一生懸命に言葉を紡ぐ。飯田と八百万はあたたかな目で見守った。

……ありがとう」

兄の服をぎゅっと握りしめたまま、精一杯の勇気で押し出されたその言葉は、どんな勲章よりも重く、飯田の胸に響いた。
かつて、自分が兄の背中を見て、暴走する個性の恐怖を克服したように、今、この少女の小さな世界は前進した。ヒーローとして、一人の先達として、その場に立ち会えたことが、何より誇らしかった。

「あら、あらあら……
「こちらこそ!役に立てて嬉しいよ!」

八百万は頬を染め、目を潤ませつつ、少女の愛らしさに胸を打たれる。
飯田は、新しい眼鏡の縁をそっと押し上げた。四角いフレームに切り取られた視界は、昨日までよりもずっと鮮明に、そして優しくこの世界を捉えている。


子供たちに別れを告げると、飯田たちは帰路を大きく外れる。
借りた車両で、険しい山道を越えて出た先には、冬枯れの芝が広がる。大規模な公園があった。

寒空の下でも元気に頬を染めてはしゃぐ子供たちの声が、風に混じってこちらまで届く。
──ここは、決戦時にトガヒミコが最期を迎えた群訝山荘跡地だった。
あの時の捲れ上がった岩肌には、少しずつ植物や木が植えられ、冬の静寂があの頃を思い出させるように横たわっている。
景色が変わっていても、トガと向き合ったあの場所が、麗日の視界に飛び込んでくる。
今回行った『個性カウンセリング』では、将来的に全国を廻る計画だ。
その始まりを、この群訝にしたのは麗日の希望だった。

「ヒミコちゃん……

麗日は、用意していた山茶花の花束を公園の一角に添えた。
悴んだ指先で土の冷たさに触れる。その凍てつく感覚とは裏腹に、胸の奥では、あの子が最期に渡してくれたあの熱が、未だに消えぬ鼓動として刻まれている。

色褪せたその場所に、赤い色が鮮血のようにやけに鮮やかに映える。
彼女の微笑みが、声が、頭の奥から顔を出す。手を合わせようとした瞬間、呼吸が浅く崩れ、胸がうまく上下しなくなる。

「お茶子ちゃん……!!」

すぐに蛙吹は麗日の異変に気が付き、前のめりになった身体を抱き留める。

……ッ、大丈夫……

まだトガのことになると、身体が反応してしまう。呼吸は荒いまま、指先と唇が、痺れるように冷えていく。

「こちらを口に当てて、呼吸してください」

紙袋を手にした八百万は、自分の羽織っていたショールを被せ、冷静に応急処置をする。

……ごめんね、みんな」
「いいのよ、私たちを誘ってくれて良かったわ」

涙目になった蛙吹に手を握られて、麗日はハッと気が付く──あの子の手の感触は、もう覚えていなかった。
こうやって冷たくなる身体には、脈動が思い返されるのに、握り締めた手はどうだったろうか。ぼんやりと、自分の手の感触すら曖昧になる。
揺れる視線が動く方につられ、遠くで遊ぶ子供たちに向かう。あの中に、小さなトガヒミコがいる気がした。

輪の外で、彼女は一人で佇んでいる。
愛らしい姿は、徐々に刃物を持った枯れ木の化物へと変貌する。
早く、もっと早く彼女と出会えていたら、自分の血をあげてお友達になれていたら──そう思って、ここに来た。

「後悔だけは、してられないもんね……
「大丈夫かい?」

辛そうな麗日に、飯田が顔を覗かせる。
こんな風に心配される顔を、あの子も向けられていたのだろうか。
自分が一人でトガヒミコのことを抱え込もうとした時、デクやクラスの皆が駆け付けてくれた。
あの頃は、皆の気持ちとは裏腹に、心配される度に自分がどこか異物のように感じられてしまった。
皆と自分の見る世界の違い……そう、あの違和感こそが、トガをヴィランに変えてしまった種だと思った。
あの子の個性を受け止めきれなかった環境。それが、大きな一因だった。

(自分の力が嫌になった事ぐらい、私にだってある……

能力を使う度に込み上げる吐き気。人前で吐いてしまい、そのあと片付けをして貰う情けなさ。
こんなみっともない醜態を晒しながら、人を救えるのかと、何度も思った。
自分の個性に戸惑い、精神的に苦痛を受けた人は、いくらでもいるだろう。
トガは、麗日の能力で人を殺めたこともある。自分では、そんな恐ろしいことを考えもしなかったが、使い方を変えるだけでどんな力も人を救う事も、傷つける事もできるのだ。
トガヒミコの個性だって、人をすぐ好きになれる彼女のそれは、本来、誰かを救える優しさだったはずだ。
個性の危うさは、環境や人の心で変わってしまう。

「皆とここに来れて良かった……今回、やる事がちゃんとわかったよ。付き合ってくれて、ありがとう」

ゆっくりと息を整え、皆に礼を言いながら起き上がると、涙がつぅっと頬を流れていった。
冷えつく身体があの時を思い出させて、心臓の音はやけに大きくこだまする。あの時、受け取った温度が、まだ胸の奥で脈打っている。
彼女に生かされた身体だからこそ、今出来る事は何かを再確認出来る。脈打つ音だけが、自分がまだ生きていると告げていた。

「頑張るから、見ててね………ヒミコちゃん」

麗日が空を見上げると、山間から鋭い風が吹き抜ける。枯れ草がカサカサと鳴り、やけに寂しく響いた。
この広い草原が、いつかまた青々と輝くように――もう一度あの子の笑顔で満たせたなら、と願ってしまう。

空の向こうで、小さな鳥の羽音が、澄んで響いていた。