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2026-04-15 23:59:52
26414文字
Public 轟飯
 

1.輪郭にのこる熱

こちらのシリーズ、やっとお話が始まりました。
https://privatter.me/page/66e865074286c



「飯田ちゃん、表情が柔らかいわね。何か良い事でもあった?」

不意に飛んできた蛙吹の言葉に、心臓を直接指先で弾かれたような錯覚に陥る。瞬間、乗り慣れた新幹線の重力が、やけに強く伸し掛る。
用心をして重ね着をした薄手のハイネックの襟元が、今の自分にはあまりに心許ない防壁に思えてならない。

……轟くんが誕生日だったので、君たちに聞いていた砂藤くん監修のお店に行ったんだ」
「あそこ行ったんだ!どうだった?」

座席を向かい合わせにし、対面に座る麗日は、資料作りで寝坊したと駅で購入した弁当を頬張りながら声を上げた。

飯田の隣には八百万が座っている。
彼女の横顔が視界に入った瞬間、広告で見たショーケースと、あの指輪が脳裏を掠めた。
同時に、今はまだ口に出せない事実が喉元で引っ掛かる。
一瞬だけ思考が逸れ、すぐに引き戻す。
跳ねる心臓を押し込めるように、飯田は軽く息を整えた。

「流石だったよ。特にメインディッシュの煮込みがお勧めだよ」
「えーいいなぁ!梅雨ちゃん、今度行こうよ」
「いいわね」

隣同士の麗日と蛙吹は、仲良く顔を見合せて話し合う。学生の頃と変わらぬ姿に、飯田は自分たちの思い出を反射的に重ねる。

「飯田さんは轟さんと、仲がよろしいですものね」
「うん……丁度彼も東京方面で仕事があったから、予定を合わせられたんだ」

隣に座る八百万の言葉に、飯田は服の下を隠すように襟元を正す。
昨日の彼の顔が脳裏を過り、吐息が皮膚を掠めた感覚が不意に蘇る。
肌に残る熱を押し込めるように、姿勢を整えた。

「お元気でした?」
……そうだね。今日は広報の仕事らしいから、緊張しているみたいだったね」

朝コーヒーを飲みながらそう零していたのを思い返しながら、飯田は苦笑する。
現場の仕事以外はいつもどうしていいのか分からないそうだ。

「そう!轟くんこの前、メンズノンノの表紙やっててビックリした!!」
「轟ちゃんは目立つものね」

広報の場に立つ轟は、まるでアイドル同然のように扱われる。
彼の美貌も、能力のひとつだ。
致し方ないと思う。
いつも自分と過ごす彼とは違う姿を見るのも、新鮮なこともある。

ただ、それでも彼に注がれる質問は、時折あまりに私的で、返答に悩むと話していた。
飯田はデビューをしてから、特別授業が設けられていた意味を実感する事が増えた──流石、雄英である。

「私も、たまにグラビアのようなご依頼をいただきますが……お断りしておりますわ。轟さんは、お断りする事はないのでしょうか?」

ふぅと気苦労が篭った溜め息が、八百万から漏れる。彼女も轟同様、何かと注目を集める存在であり、本人が意識していないこの悩ましげな姿もどこか色気が漂う。
向かいで小さく「流石や……」と麗日は頬に米粒を付けたまま、自分の胸を抑え、無遠慮に八百万の胸元を凝視していた。

……確かに、あまり断ったと言う話は聞かないな」

単純に話してくれていないだけかも知れない。だが、思い返して見ても、昔から轟は頼まれたことを断るタイプではなかった。

「彼は、希望されればこなしてしまうから」

そう言った瞬間、自分の中の言葉に、微かな違和感が刺さる。
それが仕事としての合理性だと、理解はしている。

女性向けの雑誌の表紙を飾る彼を、何度も見た。
半ば露出した艶かしい姿で、こちらへ視線を受ける轟。表情は崩れていないのに、どこか見られることを前提にした顔付き。
整った光の中で、過剰に整えられた構図の中に置かれた身体。

……あれは、必要だからやっているだけだ)

そう結論づけることでしか、自分の内側のざわつきを処理できない。
断らないというより、選ばないのだ。
必要とされれば応える。それが彼の筋なのだと、今は分かる。
そうやって、理解しているはずなのに。
胸の奥に残るざらつきだけが、うまく言語化できないまま沈殿していく。

……私も、お断りするのは控えるべきでしょうか……
「アカン!八百万さんはそういうのと違うよ!!」
「そうよ、ヤオモモちゃんの判断は間違っていないわ」

即座に否定が飛ぶ。
そこは飯田も同意であったが、ナイーブな話題の為、下手に口を出さず見守った。

「耳郎さんにご相談した時も、同じように注意されましたわ」
「悩むようなお仕事があったら、私たちにも相談してね」
「ありがとうございます」

話題に決着がつくと、飯田のスマートフォンに通知が届く。
反射的に表示をタップした瞬間、指が止まった。

「なっ……?!」

息が詰まるより先に、画面を覆い隠した。

「どうかしたの?」
「すまない、少しデッキで電話をしてくる!!」

直立で立ち上がり、そのまま足早に席を離れる。
残された女性陣は、不思議そうに顔を見合せた。

「轟くん?!さっきの画像はッ……

デッキに出ると、すぐに履歴から発信する。
コール音が途切れた瞬間、相手が口を開くより先に、飯田は潜めつつも声を荒げた。

「あぁ、今日はこういった仕事だと思ってなくって……

申し訳なさそうな轟の声を聞きながら、飯田は先程の画像を思い返す──

スタジオに土煙を模したスモークの中、ヒーロースーツの上半身を脱がされ、無機質な照明の下で晒された轟の肢体。
その白皙の肌に巻かれた包帯の位置が、先刻、自分が唇を置いた場所と重なっていた。
公の場で、自分の行った痕跡が晒されている。画面を見た瞬間、背筋がぞくりと冷えた。

「一応、包帯はサイドキックに頼んでやって貰った。関係者には戦闘で受けた傷って事にしたけど……お前には、ちゃんと伝えておくべきかと思って」
……そうだな、報告ありがとう」

きっと何も知らされずにこの画像を見たら、抑えは利かなかっただろう。
事前に報告を受けた事で、飯田は何とか沸き上がる感情を抑え、溜飲を下げる努力をする。

「現場で急に希望されたんだ」

クライアントの急な要望が入ることもあると分かってはいるが、言い訳めいた発言と、こうも何も断らない姿勢に、飯田は僅かな怒りが、胸の奥で引っかかった。
先程の沈殿していたざらつきが、棘へと変わり、言葉の端に滲んだ。

………今後、俺にも露出がある仕事がない事を祈っててくれよ」

飯田は、通話を切った。
この怒りは簡単に抑え込めそうにない。
それでも、今月のスケジュールを確認し、無理やり押し込めるしかなかった。