ねぶくろ
2026-04-01 08:00:00
13884文字
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「お前はいつになったら日の下に歩き出す勇気を持つんだ」
 呆れたような叱責に、クロウ・ニン=ソウは思わず目を逸らした。小さな体躯に見合わぬ豪奢な椅子に座り、偉そうに脚を組んだ主人──クドラク・キュリオソラス・フェアリーレンは、クロウの反応を見てため息を吐く。彼はクロウへ尖った視線を寄越すとともに、「……待っていても埒が明かなそうだな」と呟いた。
「折角我輩の眷属として生まれ直したというのに……、デイウォーカーとしての素質を無駄にするなんて、許されん愚行だぞ」
……はい」
 返す言葉もなく肩を縮めて頷けば、主人はため息を吐いて、「予行演習でもすれば覚悟も定まるだろう」と言葉を続けた。不穏な物言いに、「予行演習、ですか……?」と問い返す。まさか、このままどこかに連れ出されて、陽光の下に突き飛ばされでもするのだろうか。
 クロウが不安を覚えてクドラクの顔色を窺っていれば、彼はモノクル越しの眼差しをかすかにやわらげた。──あるいは、クロウの肝の小ささを馬鹿にして、哀れむように目を細めた。傲岸不遜な彼のことだ、おそらくは馬鹿にされたのだろう。そう思いながら、指摘はせずに彼を見る。クドラクは尊大に腕を組んで、「そうだ。要するに、恐怖を克服できればいいのだろう?」と頷いた。
「日を浴びても傷を負わない。そのイメージを確かに抱くことが出来れば、いくらお前でもデイウォーカーとしての力が目覚めるはずだ」
……イメージ」
 吸血鬼は陽光に弱い。──クドラクの眷属として目覚めて以来、強固に刻みこまれた弱点の印象。それを覆し、『自分はそうではない』と認識を上書きすることが出来れば、光の下に踏み出す勇気を持つことも可能だろう。なぜならクロウは、死の瞬間まで陽の下で生きて来た。光に対するうっすらとした忌避感は、それこそ『自分は吸血鬼だ』という認識からくる印象──単なる刷り込みに過ぎない。
 たまには筋の通ったことも言うんだな、と決して口には出せない失礼なことを考えながら、慎重に頷く。
……して、その『演習』はどのように行うのですか?」
 クロウが前向きな姿勢を見せたことに気をよくしてか、クドラクはふふんと口角を持ち上げると、もったいぶって指を鳴らした。ず、と視界が一段暗くなる。元より薄暗い一室に深い霧が立ち込めて、クロウは目を瞬いた。温度を失ったはずの肌が冷気を感知し、ないはずの体温が下がる錯覚に襲われる。視界が霞みがかって、白くぼやけた数メートル先からクドラクの声が響いた。
「春だしな。……それに、少しは生前に覚えのある景色の方が、良いだろう」
 意味深な言葉に小首を傾げていれば、地面が揺れた。思わず石造りの床に膝をつく。なんだ、と警戒して周囲を見回していれば、クドラクの座っていたあたりに巨大な影がそびえ立った。そして、前触れなく室内に吹き荒れた突風が、立ち込めていた霧を晴らす。
 霧が晴れた瞬間、眩しさを感じて咄嗟に目を瞑った。太陽だ、と緊張に瞼を硬く閉ざして、身を守るように腕で顔を覆う。一度見た、冥土さんの焼け爛れた皮膚。その悲惨な傷跡が瞼の裏に浮かんで、恐怖に奥歯を噛みしめた。体を硬くして、数秒。──一向に訪れない痛みに、疑問を覚えて顔を上げる。
 見れば、そこには立派に花を咲かせた大樹が生えていた。樹の奥から差しこむ陽の光が、ガラス細工のように薄い花弁を透かして、花そのものが光っているように見える。桜色の美しい樹を見上げ、クロウは思わず感嘆の息を零した。美しくて、懐かしい。どこかで見たことのある、馴染み深い植物だ。
 もはや光に対する恐怖も緊張も忘れ去り、幻想的な情景に見入る。クロウが様変わりした部屋の中央に立ち尽くしていれば、いつの間にそこにいたのか、クドラクが「どうだ?」とこちらを見上げた。常から優越を漂わせている両の瞳に自信ありげな色を乗せ、彼が腕を組んで大樹へと視線を放った。
「我輩が生み出した幻影だ。いい出来だろう。少しは陽光への恐怖が薄れたか?」
 自慢げな声音に、素直に頷く。クロウは眩しさに目を細めて、ゆっくりと一歩、光の強い方へと足を踏み出した。
「なんとなく、〝懐かしい〟。そんな気がします。……この樹は一体?」
 クロウが尋ねれば、彼は「さぁな」と興味の薄そうな声を返した。
「名前は知らん。人間どもがありがたがっている樹だ。春の訪れの象徴とされている」
「そうですか……
 春の訪れの象徴。人間どもがありがたがっている樹。──だとすれば、自分も、生前に何度となく目にしてきたのかもしれない。
 こんなに美しいものがこの世に存在するのなら、いつか実物を見てみたい。いずれは陽光を克服し、この世に存在する、生前には目にすることの叶わなかった情景の数々を観に行こう。
 クロウがそんな、ささやかな決意を固めていれば、クドラクは大樹へと向けていた目をこちらに寄越して、口を開いた。
「大丈夫そうだな。明日にでも『本物』を試してみるか?」
 場所はそうだなぁ、と考え始めた主人を見返し、クロウは「え、あの、」と戸惑いながら口を開いた。
「展開が速すぎませんか?」
 問いかけに、彼が呆れたように息を吐く。「貴様、何のための予行演習だと……」と、彼が不満を零す。小言の勢いに肩を縮めつつ、クロウは咲き誇る桜色の花を見遣った。いつか、実物を観に行こう。──勇気が持てたら。そのうち。必ず。
 内心で言い訳を連ねて、不満げな主人を宥める。クロウが一歩を踏み出すのは、まだ先のことになりそうだった。



【あとがきのようなもの】
 この度は企画にご参加くださりありがとうございました!
 折角の機会をいただいたので、これまで書いたことのないペアを書かせていただきました。クドラクさんの不遜な感じを書くのが大変楽しかったです。
 クドラクさんの能力に、『霧を生み出して(略)空間をも捻じ曲げる』と書いてあったので、拡大解釈をして霧を用いて幻影を生み出せるという事にさせていただきました。(相手の認識を歪めることが出来るのはロマン)
 吸血鬼が、しかも根城が荒廃した地にある吸血鬼が、お花見をするためにはるばる遠方まで出かけるのも違和感あるかな……と思い、またこれまで一度も触れていない『デイウォーカー』というカッコいい設定を拾いたくて、そんな感じで書きました。楽しんでいただければ幸いです。
 重ねてになりますが、この度はリクエストをくださりありがとうございました!