レゾン・デートル|CASE.04 青き血の賓

全種族に輸血可能な血液と、世界を変えた天才の一撃。神秘を明かす者の功罪とは?

雁桐右京。その名は心臓外科医──嘴馬遼士郎にとって浅からぬ縁を持つ物理学者の名である。
そんな右京が突然嘴馬の元を訪れた。右京が日本へ戻ってきた理由には五年前に発生した連続殺人事件が関係しているという。しかし問題を調べようとした矢先、ある人物が不可解な死を遂げる。『この紐とルーシュチャ方程式を用いて求められる最大の素数を求めよ。ヒント…5年前に発生した八人連続殺人事件』。真実を知るため嘴馬らは捜査を開始するが……?

さらに同時に発生した脳外科手術の術中死。誰にでも輸血可能な血液製剤──〈メディウム〉がその死因に挙げられ、四宮椿は独自の調査を開始する。
背後で蠢く希少血を巡る陰謀。市民団体〈きぼうの庭〉と繋がる歪んだ神秘への祈り。
椿は父・沖田蒼司と共に因果の渦へ──。

物語は十二年前の惨劇、その真実へ指をかける。(CASE FILE.02 収録予定)


CASE.03 - 超弦の遺恨 https://privatter.me/page/69847b7c23ec6

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 ――数刻後
 いとしま医学特区(中央行政区・三番街)


 その遺体は一撃で背後から撃たれて絶命していた。唇の端から零れる血は赤黒く染まり、地面に流れたそれもまた酸化が始まっている。
 カッターシャツはすっかり赤くなってもとの色をとどめていない。白だったのか、薄い青色だったのかもわからない。俺は遺体の傍に膝をついて様子を確認する。俺の横に立つ椿が静かに「即死だな」と呟いた。俺も同意見だった。
 男――小林主真は、恐怖を覚える暇もなく殺されていた。
「銃の口径はそう大きくはない。五ミリから七ミリといったところだろう。……しかし……周辺に痕跡が無さ過ぎるな」
「やっぱりそうよね」秋津は肩を落とした。「ねえ、何か知ってるでしょ」
「ああ。こやつは北九州市にある心療内科クリニックの院長、小林主真。野々花、『きぼうの庭』という団体は知っているな?」
 秋津はええ、と頷いて応じた。椿はそれを見て続ける。
「この男はきぼうの庭と深いつながりがある。加えてメディウム被害者救済の勉強会とやらともずぶずぶどころか、それの主催に近い位置にいるようだった。先日咲良が覆面捜査をしたが、もしかすると」
 椿の視線が僅かに俺の方を向く。
……すみません。俺が螺旋捜査官やってバレたかもしれません。それでこいつよりももっと上の、きぼうの庭と勉強会を仕切っとるような連中が、捜査の手が伸びてくることを恐れて小林を消したんかもしれん」
「最悪じゃない!」秋津は叫ぶ。「っていうかちょっと待って。椿あなた、一体何を調べてるわけ? 何でそんなことになってるのよ」
「こればかりは話せん。譬えお前であってもな。カレン、そっちはどうだ」
 近場のビルの屋上にいる大河は、椿の電話越しに「はーい」と軽やかな返事をした。
「ん~……神秘汚染は確認できませんねェ。魔術師は関与してないと思います。ただちょーっと、気になるンですけどォ」
「あとで仔細を聞かせろ」椿は簡潔に指示して秋津に向き直った。「最悪の想定だが、きぼうの庭が希少血のビジネスをアングラで展開している可能性がある」
「椿……、椿。市ノ瀬さんも」
 秋津は規制線を抜けて、現場から外に出た。そしてパトカーの傍に俺と椿を連れて行き、ごにょごにょと言葉を濁しつつ、
「それ、今まさに。捜査一課と四課が合同で追っかけてる話なの」
「何だと」椿は声を張り上げた。「警察は連中が希少血の持ち主を狙った犯罪を起こしている、その情報を掴んでいるのか?」
「ええ。ねえ、栄生会って知ってる?」
 椿は一瞬息を飲み、ゆっくり言った。「嘴馬はしま家が一族で運営している医療法人だが」
 秋津は厳しい表情を崩さないまま言葉を続ける。
「実はこっそり私と私の周りの数人でちょっと洗ってたの。そしたら裏できぼうの庭と関わってる可能性が出てきたのよ!」
 秋津は警察手帳にペンをバシバシと叩きつけながら小声で叫んだ。
 嘴馬遼士郎の実家が、きぼうの庭と関わっている? 単なる陰謀論者の寄合だと思っていたこの組織は、どうやら本当に大規模に──組織的に希少血ビジネスを展開し、医療法人まで巻き込んでいるというのか? 俺は内心青ざめる。
 きぼうの庭を、希少血の輸血を手に入れる手段の一つとして見做していたのだろうか。いや、そんなわけがない。血液製剤は日赤日本赤十字から手に入れるか、臨床医療にブレイクスルーを起こしたメディウムか。その二択になっているのは、最早常識に近い。ましてや栄生会は遡れば、慶応元年から続く医者の一族だ。
 頭に嘴馬遼士郎の後姿が過る。彼はこのことを把握しているのだろうか? それとも全く無関係なのだろうか。無関係だと思いたかった。それは椿も同じなのか、口元を覆うように手をあてがい、深く考え込んでいる。
「栄生会は総合病院だ。合法的に患者から血液を採取する機会がいくらでもあった。血液型を調べる機会も」
……こいつら全員グルか?」
「素晴らしい理解だ、咲良。お前今までで一番冴えてるぞ」
 椿は目を見開き、顎に手を当てて体を左右に揺らしながらそう言った。俺は続ける。
「要は、東医の内部に希少血の持ち主がいるっつう情報を掴んだやつがおった。けど誰なのかは分からんかった。やけメディウムを使って問題をデカくして、確実に東医を不利な状況に追い込む。その上で」
 沖田蒼司を捕らえる。そういう算段なのか? 俺は背筋が冷えていく感覚に、思わず生唾を飲み込む。
 だがそこまでしてメディウムを悪者にして、その背後で希少血の持ち主を探す理由は一体何だ? そこまで考えて俺は思い至る。メディウムは万能の血液だ。希少血を売りさばいて利益を得ていた連中からすれば、致命的な市場破壊兵器に他ならない。つまり。
……どうやら私たちがこれから相手にするのは、希少血のブローカー集団らしい。それも極めて危険で、反社会的な」
 秋津は唇を真一文字に結び、わなわなと拳にした両手を震わせた。
「絶対に全員捕まえてやるわ。……ありがとう、椿。市ノ瀬さんも」
 そして深く息を吸い込み、吐き出す。
「あなたたちは自分の身を守ることを考えて。巻き込んでごめんなさい……もう遅いかもしれないけど」
「気にするな。いざとなれば咲良を盾にして逃げる」
「お前な!」
 さっきまでの信頼をドブに捨てられた。やっぱりこいつはこういう奴だったと燻る怒りのままに、
「どいつもこいつも。俺に全部おっ被せようとしやがって」
「まーまー大丈夫ですってェ。いざとなったらその時は、私が椿のことも、咲良さんのこともちゃーんと守ってあげますから、ねっ?」
 いつの間にか屋上の調査を終え、戻ってきた大河は軽々しくそんなことを言った。ちっとも信用ならない。いざとなったら俺を置き去りに逃げていそうな感じがする。こいつが腕のいい魔術師であることは否定できないが。
「ああそれと、野々花」
 椿は印刷された写真を取り出して、秋津に手渡す。それは先程きぼうの庭の代表とされていた人物の合成写真から分離した、詳細不明の人物の顔である。彫の深い老人だ。
「これは?」
「わからぬ。だがきぼうの庭と深い繋がりがあることは確実だ。洗ってくれるな?」
「任せて。何かわかったら連絡するから」

諸注意
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本作品はフィクションです。実在の団体・名称とは一切関係ありません。
一部猟奇的な表現や犯罪に関する表現がありますが、これを助長する意図は持ちません。

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