レゾン・デートル|CASE.04 青き血の賓

全種族に輸血可能な血液と、世界を変えた天才の一撃。神秘を明かす者の功罪とは?

雁桐右京。その名は心臓外科医──嘴馬遼士郎にとって浅からぬ縁を持つ物理学者の名である。
そんな右京が突然嘴馬の元を訪れた。右京が日本へ戻ってきた理由には五年前に発生した連続殺人事件が関係しているという。しかし問題を調べようとした矢先、ある人物が不可解な死を遂げる。『この紐とルーシュチャ方程式を用いて求められる最大の素数を求めよ。ヒント…5年前に発生した八人連続殺人事件』。真実を知るため嘴馬らは捜査を開始するが……?

さらに同時に発生した脳外科手術の術中死。誰にでも輸血可能な血液製剤──〈メディウム〉がその死因に挙げられ、四宮椿は独自の調査を開始する。
背後で蠢く希少血を巡る陰謀。市民団体〈きぼうの庭〉と繋がる歪んだ神秘への祈り。
椿は父・沖田蒼司と共に因果の渦へ──。

物語は十二年前の惨劇、その真実へ指をかける。(CASE FILE.02 収録予定)


CASE.03 - 超弦の遺恨 https://privatter.me/page/69847b7c23ec6

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 3

 沖田蒼司が四宮研究室を再び訪れたのは、午後四時半をまわろうかというところだった。
 部屋に流れる険悪な空気に耐えかねて飛び出して行った大河は、かれこれ二時間ほど失踪している。椿も椿で、俺に「私は調べることがある。何かあれば呼べ」と言い残し、隣の居室に引きこもっていた。
 沖田はその話を全部ゲロった俺に苦笑して、「ごめんね」とどこか空虚なことを言った。俺は、この人は娘に随分甘く、彼女の唯我独尊な気質を放置して、別に何もする気がないのかもしれないと思い始めていた。いわゆる、叱らないタイプの親というか――或いは、頭の良すぎる椿にいつも言い負かされているとか。俺は随分失礼なことを考えつつ、隣の席から事務椅子を引いて腰かけた沖田に視線を送った。
「色々あるんだけど、これは先に言っておこうと思って。予想外ではあったけれど」
「何かあったんですか」
「若槻泰さんの病理解剖を、ご遺族が了承した」
「本当ですか!?」
 俄かには信じ難かった。沖田も「そう思うよね」と静かに言って、手に持っていた解剖同意書を俺に手渡す。確かに若槻俊三の名前がサインされており、赤い朱肉で押印されていた。
「嬉々として普段なら僕を追い出すネタを手に入れたって、寧ろ調査の邪魔してきそうなのに」
「メディウムに潰れてもらっては困る……輸血確保以外の理由が、副院長にあるという事でしょうか」
「かもしれない。ねえ、椿はこの事件が殺人事件かもしれないって疑っているんでしょう」
「そのようです」俺は事務的に応じた。「でも正直信じ難いというか、考えにくいというか。確かにきぼうの庭がヤバい団体やっちゅうのは理解できます。けどそこからこの件を殺人やって断じるには、乱暴すぎますよ」
 沖田は顎に手をやって曖昧に頷く。どうせ俺の言うことはあの天才がひっくり返していくんだろうが。
「そうだね……だとしたら、そう思ってるのは椿ではなくて綾島先生の方なのかも」
「綾島先生が? それこそ何でです」俺は歩く白い巨塔のような男を思い浮かべる。「きぼうの庭を気にする理由があの人にありますかね」
「正直よく分からない。あの人は患者よりもお金派だし、外科手術の研鑽よりも権力闘争に精を出すタイプだから」
 沖田は綾島をそう評した。しかしすべて事実であるから、誰もなんの擁護もできないだろう。
「でも、考えられるとしたら……きぼうの庭の表層ではない部分を、あの人が知っている可能性、かな」
「実態がただの陰謀論団体ではないと?」
「それこそ反社とか」沖田は言った。「割と多い話でしょう」
 俺は先日の事件を思い返す。嫌な汗が背中を伝い、ノートパソコンできぼうの庭のホームページ、そして警察から提供された資料と螺旋捜査部の資料をもう一度見返す。
「代表が医者やっちゅうのは、椿も言っとりましたが」
 薄気味悪い笑顔を貼り付けた中年男性の写真が、代表挨拶ページに掲載されている。俺は試しに厚生労働省の医師検索ページで、その写真の下に書かれていた名前──笠松正かさまつただしの名を調べてみる。
……出ませんね」
「架空の人物の可能性って、あると思う?」沖田は画面を覗き込みながら言った。「だってこの写真なんかおかしくないかな、ほらここ」
 沖田が指さした箇所には、被写界深度でぼやけた壺が映っている。が、奇妙に歪曲しており、何となく無理やりあとからぼかしをかけたような形跡が見て取れた。
「ちょっと待ってください。もしかしたらこれ、」
「生成AIのディープフェイクだ」
 ぽすぽすと、スリッポンが間の抜けた音を立てる。椿は俺にそう言ってタブレットの画面を突きつけた。
「全く骨が折れたぞ。三人の人間の特徴を混ぜ合わせ、架空の人間を作り出したのだ。特徴抽出で分離するのに本当に苦労した」
 別に聞いていないが、実際に出されてみれば確かに三人分の特徴が上手い具合に反映され、混ぜ合わされている。三枚の写真のうち、ひとりは見覚えがあった。草埜啓明くさのはるあき――若槻泰に誹謗中傷をしていたという人物。そしてもう二人は誰だ? どちらも中年男性だが、少なくとも俺の記憶にはない。
「咲良。この真ん中の男だが」椿は画像を指さす。「こやつは、鰍が言っていたクリニックの院長だ」
「ちょっと待て。ならその、こばやし心療内科ってきぼうの庭と繋がっとるんか?」
「これを見る限りずぶずぶであろうよ」
 椿はタブレットの電源を落とす。「あと一人だが、いとしま医学特区の範囲では存在を確認できなかった。鳥を百二十羽も使って探したのに、だ」
「医学特区のほぼ全域で探したんか」
 椿はこのいとしま医学特区の内部に、魔術的な監視網を作り上げている。鳥類を魔術ウイルスに感染させ、その視界を乗っ取って監視カメラのように映像や画像を閲覧する、というとんでもない方法だ。
「ああ。といっても完全ではない。港湾部の極めて治安の悪い地区にいる可能性も否定はできんが、きぼうの庭は日本全国で流行っているからな。そもそも福岡におらぬ可能性もある。団体の本部は関東であろう?」
「ああ。神奈川県横浜市」
 俺は団体のホームページを再びにらんだ。割と繁華街に近い場所にある雑居ビルが所在地になっている。代表の写真がディープフェイクな時点で、この住所も虚偽の可能性が高いだろうが。
「まずは小林主真だ。こやつのクリニックだが、調べたところ北九州にある」
「待てや。まさか今から行く気か? 着くころには閉まるぞ。どんなに頑張っても一時間半はかかる」
「まさか。それはもっとあとに切るカードだ。便利な事にこの病院はオンライン診療枠を設けている」
 椿はにやりと笑った。「五時半が空いていたから、お前の名前で予約しておいた」
「ハァ!? お前何勝手なことしとるんかちゃ! それ俺が金払うことになるやねえか」
 俺の怒りはどこ吹く風と受け流し、椿は続ける。「私がいきなり相対してどうする。まずは人畜無害そうな奴を差し向けて、奴について知らねばどうにもなるまい」
 俺は背もたれに身体を預け、頭を抱える。心療内科? 何を診てもらえと? 俺は内心剣山のようにささくれ立つ気持ちを押し殺し、「……わかった」と一言だけ絞り出す。
 ずっと引っ掛かりだけが喉元に残っている。名状しがたい何かが、ずっと。
 こっちは任せて、と沖田が解剖同意書のバインダーを軽く掲げる。彼が去っていく背中を視線で追うが、それでも答えはわからないままだった。


諸注意
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本作品はフィクションです。実在の団体・名称とは一切関係ありません。
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