マエバ・セイボスキー
2026-02-21 19:42:40
16143文字
Public パーバソ
 

眠りの海の船長

眠りパロのパーバソ。
Dの眠りをとてもオマージュしています。
なんのひねりもなく、タイトルままです。
二人はしあわせにくらしましためでたしめでたし、です。



 パーシヴァルは、愛馬に跨がり風のように森を駆け抜けた。門番が驚くのも無視をして、城内に飛び込む。慌ててやってきた召使いにクントリーの手綱を投げるように渡して、一目散に父王の部屋を目指す。低い段差がいくつも重なる鬱陶しい階段を3段飛ばしで駆け上がり、目的の場所へ辿り着いた。

「父上! お話がっ」

「おお、我が息子、探していた」

「え?」

「やあパーシヴァル、久しぶりだね」

 息災でなによりだ、と花を飛ばしているのはお抱えの魔術師である。王は、大きな決断をするときには彼を頼るし、何か重大なことが起きる時には、魔術師はかならずそれを伝えにやってくる。逆にいうと、そういった大事が無い限り彼はここには来ないのだ。パーシヴァルが前回彼にあったのは、正式に王の後継者となる式典のときだ。もう数年前になる。
 彼は周囲に桃色の花をとばしながら立っていた。その隣には、見覚えのない男がいる。青いローブを被り、魔術師と同じような大きな杖を持っていた。細工は随分と違うものの、歩行を助けるためでないことは明らかだった。

「さあパーシヴァルこれを」

 魔術師は花の中から長大な槍を取り出した。白く荘厳に輝いている。

「大丈夫わかっているさ、何故君がここに駆け込んできたのか」

 次に堅牢な盾。まるで白亜の城壁のようだ。

「彼が助けを求めてきたのも、君と同じ理由だよ」

 彼、と言われた青いローブの男は、ひょいと肩をすくめた。

「森で男に会っただろう、王子様」

「あ、」

「うちのかわいい坊やを攫ってくれてね、縁ある男の息子なんだ、助けてやりたい」

「あ、ああ彼」

「さあ息子、おまえの愛を救うんだ」

 パーシヴァルを見つめる父の小さな瞳が、心なしか輝いているように見える。そういえば、父は英雄譚が好きだった。

「頼んだよ」

パーシヴァルは三人に大きく礼をし、来た時と同じように階段を駆け下りた。


 『彼は海にいるはずだ、男は嵐、きっと海上に船を出し悪さをするに違いない』

 森の中を、ただまっすぐ海に向かって馬を駆った。抜けた先、光が飛び込んでくるようにして開けた視界の向こうには、大海原が広がっている。彼の瞳の色に輝く海に、まるで大きなシミのように、黒い雲がかかっている。

「あれだ」

 糸の巻きついた針のような形をした暗雲が、海と空をつないでいた。ときおりカッと稲光が走り、その内側にあるもののシルエットを浮かび上がらせる。

「船だ、おおきな」

クントリーがぶるると首を振る。あそこまでは駆けて行けないと訴えるかのようだった。

「確かに、あそこに行くには同じく船がいる」

 どうしたものか。
 海岸を見渡しても、たどりつけそうな船は見当たらない。城に戻って、魔術師に知恵を借りるべきかと手綱を握りしめたその時、空から星が降ってきた。

「やあ、こんにちは」

 星は、きらきらと瞬きをまきちらしながら、パーシヴァルのすぐ足元へやってくる。

「こまっているだろう? ぼくも、こまっているんだ」

「すまない、私は今とても急いでいて」

 できることならば助けてやりたい。けれど、この瞬間にも彼が連れ去られてしまうかもしれなかった。

「ちがうちがう、ぼくがね、いそいでいるんだ」

「ああ、こまったなそうでは」

「ぼくがいそいでいて、きみもいそいでいる。おんなじなんだ」

 空の色をしたガラス玉のような瞳が、パーシヴァルを映し、そして海を向く。小さな指が暗雲を指さし、子犬のような足がぱたぱたと地面を打った。

「船長さんをたすけないといけないんだ」

「船長さんといういうのは」

「きみもだいじな船長さんをさがしているんだろう? ぼくのたいせつなかわいいこがわるい嵐にさらわれたんだよ」

 たすけておくれ、と。

「ああ! 助けましょう、私も彼を助けにきました」 

「じゃあこんなところにいてもだめさ! はやくはやく」

「ええですが、あの船にたどり着くための船がないんだ」

「そんなこと!」

 星がぱちんと瞬くと、そこには大きな乗り物があった。幌も馬もいない、大きな馬車のような乗り物だ。星の手元には丸い車輪のようなものがついていて、舵のようにも見え、その乗り物は陸をはしる船なのかもしれない。

「さあいこう」

 御者となった星の少年は、まるで天の川のように星の道を海にかけながら、あっというまに黒々とした嵐の船へと辿り着いた。

「ぼくがいけるのはここまで」

 すぐ、目の前に嵐にまかれ、黒々とした船がある。波が勢いよく船の腹を打ち、弾けた飛沫がまるで黒い茨の森のように船を取り囲んでいた。
 パーシヴァルは、はっと力強く声を掛け、少年の船から勢いよく飛び出した。愛馬の蹄からは不思議と、帚星のような煌めきが宙に舞っていた。
 打ち付けるような激しさで、蹄が甲板に着地する。巨大な船は、パーシヴァルの勢いに怯えたかのように、ぐわんとおおきく揺れた。ぴかぴかと瞬きながら手を振る星に応え、槍を持った腕を上げる。

「王子様のお出ましだな」

 もう星は見えない。渦巻く嵐の中、奇妙な髭ヅラの男が、歯茎をむき出すようにして笑っている。

「やっぱり手を組む気になったか?」

「いいえ、彼を取り戻しに」

 嵐はおおきく、まさしく何もかもをなぎ倒すような力強さだったが、クントリーに跨がるパーシヴァルの方がいくぶんかおおきかった。
 パーシヴァルには怯える気持ちはない。どんな大きな相手であろうと、力の及ばないものであろうと、パーシヴァルは怯まない。大切なひとつのものを求めること、ただそれだけが、パーシヴァルの背中にまっすぐと突き刺さっているのだった。

「返して貰おう」

「そうないかねえなあ」

 嵐は頭上で炸裂する花火のように笑い声をあげたかと思うと、その身体は黒い雷雲に囲まれ、渦を巻き天をついた。かと思えば、渦巻く雲を割くようにして真っ黒い竜が現れたのだ。鱗の一枚一枚に稲光を閉じ込め、目はそれとわからないほどに黒く、ぽかりとあいた左右の鼻と鋭利な口からは、ちぎれて飛ぶ黒い雲のような色をした炎が吹き出していた。
轟く声がパーシヴァルを貶し、パーシヴァルは愛馬の蹄で星を散らしながら嵐の竜に立ち向かった。
 戦いは険しく、パーシヴァルはなんども寸前で鋭い雷を交わしながら、船の上を跳んだ。時にひとりで、時に相棒の力をかり。稲妻がなんども甲板を刺し貫き、あちこちで炎が舌を伸ばしていた。
 一歩、パーシヴァルが間違えば黒い海に真っ逆さま。
 波が激しくぶち当たり、辺りは水の中と変わらないほどに濡れている。パーシヴァルは髪からしたたる海水を振り散らしながら、縦横無尽に駆け回った。
 嵐はおおきく風を吹かせ、船は左右にぐんぐんと揺れる。そのうちに大粒の雨がシャワーのように降り、パーシヴァルと愛馬の身体をしたたかに打ち付けるようになった。
 海水が焼けるように目に痛い。けれど一時でも目を離せば、そこでパーシヴァルは、そしてとらわれたままの彼は、どうなってしまうのか。彼を連れて帰る、その一心でパーシヴァルは槍をふるう。
 輝く白の盾で雷を弾き飛ばし、槍で向かってくる竜の尾を振りはらった。

「おいおいしつっこいやつだ!」

 嵐が叫ぶ。おおきく首を擡げ、いまにパーシヴァルにとどめをささんと凶悪な爪を振りかぶっていた。そのときだった。頭上にうずまいていた暗雲が微かに割れ、その隙間からまるで白光の弓矢のような閃光が差し込んだのだった。
 その強い強い光は竜の目をさした。

「ぐあ!!」

 竜はうめき声を上げて、短い両腕で顔を覆った。
 パーシヴァルは、肩や腕や胸の筋肉がぐうっと唸るのを感じた。授けられた槍は、手を離れ、まるで先ほどの閃光に倣うようにまっすぐに、竜に向かって放たれた。
 重く激しい一撃は、みごと、竜の胸に突き刺さったのだった。
 花火のようだと思った音は、嵐の断末魔であった。嵐の竜は大きく身体をくねらせ、苦しそうに震えると、真っ黒い海の中へと落ちていったのだった。
 雷は止み、黒い雲は先ほどの閃光を切っ掛けにするようにすうっと千切れ、空に霧散する。
 凪いだ海原に、ぽつんと船が浮かんでいるだけになった。それは船と呼ぶにはぼろぼろで、やっとのことで浮かんでいる大きな木切れのようだった。
 嵐は去った。
 パーシヴァルが退けたのだ。
 けれども、探していた姿は船の何処にも見当たらない。

「いったい……

 もしや既に船を出されてしまったあとなのかもしれないと、あたりを見回すパーシヴァルの視界に一閃の光が見えた。それは先ほど嵐を射ったものと同じ色で、黒い水面に差し込んでいた。先ほどまでの苛烈さがうそのようにさわやかな風がふき、船の上にあった潮くささが飛ばされていく。その風にのって、桃色の花が舞っていた。
 どこからきたのか、その花弁は陽の差し込んだ海面に着地する。
 パーシヴァルは、迷わず鎧を脱ぎ捨てた。そして、船縁に立ったかとおもうと、そのまままっすぐに光のさす海に飛び込んだ。
 嵐の染みこんだ海は黒く、何も見えない。陽射しだけが、まっすぐ一直線に海面に突き刺さっていた。光によって丸く切り抜かれた海底は、白く波打っている。
 パーシヴァルは陽射しの命綱をたぐるようにして、そこを目指して水を蹴った。
 海底には何もない。積み重なる砂は骨のように白い。まるで、海で死したものの骨が砂になって、積もっているかのようだった。
 パーシヴァルは、そのまま陽射しに導かれて歩いた。
不思議と苦しくはなかった。魔術師が何かしてくれたのかもしれなかった。あるいは星の奇跡か。海がパーシヴァルを許しているかのようだ。けれど、苦しくはなくとも、水の中ではうまく動くことは出来ず、ゆっくりと水を掻き分けていく。
 すぐに、足元の明るい丸が欠けた。真っ赤な色の海藻が、波に身を任せ踊るように揺れている。
 海藻はベッドだった。ベッドであり、鎖だった。真っ赤な中に、パーシヴァルの探し求めた男が眠っている。
 パーシヴァルは、夢中で赤い鎖を引きちぎった。ぬるぬるとすべる海の草は、パーシヴァルをあざ笑うかのように揺れている。
 赤い色が手のひらにこびりつき、辺りの水を染める。のたうつような気泡がごぼごぼと海面に向かって逃げていく。やっとのことで、パーシヴァルの腕は彼の身体を抱いた。ふわりと軽く、パーシヴァルの腕に納まる。
 芸術家が、瑪瑙から掘り出したかのようだった。つるりとなめらかな頬は、健康な色をしているはずなのに青白く感じられた。黒々として長い睫毛は、しっかりと閉じられている。
 パーシヴァルは、彼の首をいましめる最後の赤を引きちぎった。被っていた帽子が海流に攫われるのも構わず、その小さな頭を胸に抱く。腕の中で、彼はじっとしていた。ふっくらとした薄い唇も、今はなにも語らない。
 パーシヴァルの口端からつぷりと小さな気泡が湧き、きらきらと日の光を纏いながら上へとのぼっていく。
 パーシヴァルは、膝を突いた。そうして滑らかな頬を撫で、そっと、物言わぬ唇にくちづけたのだった。
 二人の間から、つぷりつぷりと湧いた空気が、波打ち際のように柔らかに泡だって舞い上がっていく。すると、まるく盛り上がった瞼の下が動いた。睫毛が小鳥のように震えたかと思うと、唇が薄く開き桃色の吐息が泡になって沸き上がった。石細工のようだった顔はたちまち色づいて、血の色ののぼった唇がゆっくりと弧を描く。
 長い睫毛が持ち上がって、瞬きを繰り返す。
 彼は、その海をかためた瞳を覗かせ、パーシヴァルににっこりと笑いかけたのだった。喜びと安堵が、パーシヴァルの瞳を潤ませる。けれどここは海の中だから、泣いたってきっとわからないだろう。
 パーシヴァルは、彼の身体を抱きしめ、その身体をけして放さないようにしながら太陽の梯子を辿った。


 海が彼を引き留めようとするのを振り切って、海面に顔を出す。海底は次第に浅瀬へと繋がっていく。ずるずると滑る砂を踏みしめ、パーシヴァルはやっと砂浜へと辿り着いた。
 まるで奪われるのを恐れるように、抱いたままだった身体をそっと下ろす。
 暫く黙ったまま、見つめ合った。
 濡れた身体を寄せ合い、額を合わせる。
 冷たい水が頬を流れ、首筋を伝い、胸元へと落ちていく。それはふたりの間に溜まり、熱に温められた。
 パーシヴァルの胸の中は、彼を取り戻した歓喜に満ちていた。強く勇ましい心は小鹿のようにふるえ、雄弁な口から言葉を奪っている。ただとりもどした輝きをしかと抱いて、その晴れた海を見つめる。彼は何を思うのか、うっとりとまばたきをするとパーシヴァルの背に伸ばした手をそっと肩にまわす。
 嵐を退けた空は青く、黄色く透き通った陽射しがふたりの形をふちどっていた。海が足元に忍び寄っても、もう攫われることはない。額を寄せ、互いの色を混ぜるようにみつめあった。
 それはどちらが先だったのか。
 徐々に瞼が下がっていく。
 睫毛の先が触れあって、高い鼻先を避けるように首を傾けた。
 吐息が薄い皮膚に触れる。
 濡れた唇は温かく、海の味がした。