マエバ・セイボスキー
2026-02-21 19:42:40
16143文字
Public パーバソ
 

眠りの海の船長

眠りパロのパーバソ。
Dの眠りをとてもオマージュしています。
なんのひねりもなく、タイトルままです。
二人はしあわせにくらしましためでたしめでたし、です。



 巨大な玉座に、小さな王が座っていた。
 小さい身体はあったが、マメで堅実な政治を行うと民からの信は篤く、人を見る目のある良い王であった。彼には右腕がおり、王の不足をよく補う忠臣であった。

「サンチョ……息子が全然嫁を決めないんだが、どうしよう」

 王の最近の大きな悩みは、息子がいつまでも独りでいること。王の息子は王に似ずとても大きく立派な体つきの青年だったが、心は王に似て優しく穏やかだった。いつ王位を譲っても心配はないと思っていたが、とうの王子に結婚をする気配がない。
近隣の王国から姫君を娶ろうかと提案しても、どんな美女であっても息子は首を縦にふらなかった。『父上! 親の決めた結婚に愛はありましょうか!』と晴れた五月のように笑うばかりだった。

「そんなこといったって……なあサンチョ」

「はい、王様」

 顔を見合わせて出るため息は、虚しく玉座をすべるのだった。

 王様が城でうんうん唸っている頃、王の息子──パーシヴァルは愛馬に跨がって森を散策していた。パーシヴァルは王の息子でありながら、城の中でじっとしているのはあまり好きではなかったのだ。市井を知り民の様子を自分の目でみたかった。そして何より己を鍛える事が好きで、それは王族よりももはや騎士のようだった。とくに槍術と盾に優れ、馬術も並ならぬものがある。
 そして、森や自然を愛していた。それは向こうにも伝わっているようで、こうやって森を行けば、森の動物たちがそろそろと様子を見にやってくる。たとえ弓や剣を携えているときであっても、狩られる不安が彼らにはないようだ。そもそも、パーシヴァルも必要に迫られたりしなければ無益な殺生は好まない。丸くふとった鶉だったとしても、パーシヴァルにとっては獲物ではなく森の仲間である。

「やあこんにちは」

 馬上のパーシヴァルより少しだけ高い位置から、小さな栗鼠がこっそりと様子をみている。挨拶に帽子を持ち上げてみせると、栗鼠は恥じらうように肩をすくめ、ながい尾っぽを枝に巻き付けながら樹を駆け下りていった。
 鳥が木々を飛びまわり軽やかに歌声を響かせ、兎が草むらを跳ね、早起きの梟が巣穴から顔を覗かせる。森の中はさながら春の宴の様相だ。パーシヴァルは歓迎を表してくれる彼らに感謝しながら、森の奥へと向かった。
 背の高い木々から漏れる陽射しは、緑の大地を斑に染めている。愛馬が歩みを進める度に、緑の匂いがたちのぼる。
 パーシヴァルは笑みを深め、愛馬のたてがみをぽんぽんと撫でた。

「おや?」

 そこに、一頭の若い牡鹿がやってきた。パーシヴァルの愛馬を見、ことりと首を傾げたかと思うとたーんと高く飛び上がり、跳ね去って行く。

「ん? おい、クントリー!」
 
 それに触発されたのは愛馬だった。
 愛馬は、消えた牡鹿にむかって駆けだした。彼女は非常に負けず嫌いだった。

「クントリー! 止まりなさい!」

 振り落とされる程ではない、強く手綱を引けばとまるだろう。パーシヴァルの馬術は優れている。彼女はパーシヴァルを害するようなことは絶対にしない。ここは多少好きにさせて……と思ったのが失敗だった。

「わあ!」

 彼女は鹿を追い、木の根元にあった小さな池ほどの水たまりを跳んだ。
 木の根元ということは、そのすぐ上には枝が茂っているのである。
 重たい男の身体を受け止めて、激しい水しぶきが上がる。パーシヴァルは太い枝に通せんぼの要領でひっかかり、見事、水たまりの中に落下したのだった。
 じわりじわりとマントが水を吸い、夕暮れのように色を変え始める頃、やっと背中が軽い事に気がついた愛馬が、そろり、と戻ってきた。
 気まずげな彼女は、パーシヴァルの視界を奪う帽子を持ち上げる。濡れて垂れた羽根飾りが、慰めるようにパーシヴァルの頬をぴとりと撫でた。

「今夜のにんじんは抜きだよ」
 
 クントリーは申し訳なさそうにヒンとないた。


 火を焚いて、濡れたマントと帽子を乾かす。
 天気も良いからすぐに乾くだろう。
 パーシヴァルは、それまで一休みしようと焚き火の横にごろりと寝転がった。午後の陽射しが緑葉に遮られ、柔らかく額を覆う。土と緑の匂いの染みた空気が、穏やかに肺を充たす。早朝から鍛錬に励んでいたパーシヴァルの瞼は、あっというまにとろりと重たくなるのだった。

 愛馬の嘶きで目を覚ました。
 はっとして身体を起こすと、結ばれた手綱を振るようにして愛馬が何かを訴えている。焚き火は消えかかり、ぐずぐずと燻っていた。

「クントリー? いったい、あっ」

 マントと帽子がない。焚き火のすぐ側に掛けてあった服がなくなってた。

「ああ、クントリー、君は良い奴だ。泥棒はどっちへ?」

 すると、頭上で小鳥が三羽囀った。

「ありがとう、お願いするよ」

 三羽は隊列を崩すことなく、水先案内となって飛んだ。


 木々の間、異質な白がひるがえった。白い背中は右へ左へ、機嫌良くゆれる。その上には、白い帽子と黄色い羽根飾りがひょこひょこしていた。
 柔らかな歌声。楽しげで、軽快な歌詞。それはいつかどこかの旅の途中で聞いた、船乗りの歌に似ていた。鼻歌ほどの不明瞭さだが、刻まれるメロディは美しい。
 パーシヴァルのマントと帽子を盗んだ泥棒はどういうつもりなのか、湖畔でパーシヴァルを待っていた。
 否、待ってなどいない。けれど、パーシヴァルにはまるでそのように思えたのだった。
 そうっと近づく。顔はまだ見えないが、恐らく男性だ。彼は、パーシヴァルより少しだけ背が低い。マントの隙間から細い手首が覗いた。彼の鼻歌にかぶせるようにして、はし、とその手首を取る。

……!!」

泥棒は、目を見開いて顔を上げた。大きな瞳が、転がり落ちそうだった。

「やあ、泥棒さん」

 弾みで帽子がふわりと落ちる。彼の小さな頭に、それは少し大きすぎた。

「あっ」

 泥棒は、美しい青年だった。
 後ろで、鳥が枝を飛び立つ音がした。
 鞣した革のような美しい肌、薄く形の良い唇は驚きに開かれ、小さな白い歯が覗いている。マリンブルーの碧を、長い睫が囲んでいた。
 美しい。
 パーシヴァルは、彼の手首を掴んだまま、まるで時が止まってしまったかのように動けなかった。
 心を奪われる、とはこのことを言うのだ。

「あ……

 青年の濡れたような唇が震える。
 パーシヴァルははっとして、手を離した。後になって思えば、盗人と思われる男の手だ、離すべきではなかったのだろう。けれど、このときのパーシヴァルは犯人を捕まえたというよりも、不躾な事をしてしまった、という気持ちの方が大きかったのだ。

「失礼を」

 青年が、掴まれていた手首をさする。
 
「ああ、その……

 マントと帽子を盗んだか、とそう尋ねるべきだ。そのために、パーシヴァルはここまでやってきた。けれど、じっと見上げてくる宝石のような瞳に、言葉が出なかった。

「その、どこかで」

 いつかどこかで、その碧をみたような気がした。深い碧。木漏れ日が差し込み無数のきらめきとなって輝いている。まるで彼の瞳そのものが輝いているようだった。彼の瞬きにあわせ、それは魔法のように飛び散っている。睫のさきに、まなじりに、血管のすける薄いまぶたに、その輝きは宿っていた。

「どこかでお会いしたでしょうか……?」

 青年は首を振る。波打つ髪がぱさぱさと揺れた。

「いいや、初めてだよ、私はここを出たことが、ない、から……

 青年はわずかにその海色の瞳を曇らせ、背を屈めた。拾い上げた帽子をぱたぱたとはたき、さしだしてくる。

「すまなかった、出来心なんだ、返すよ」

 そんなことはもはやどうでもよかった。パーシヴァルの心臓は、春の鳥たちのようにかしましく騒ぎ立てていた。差し出された手首を掴み、その深い碧から目が離せない。

「今夜、」

掴んだ手首は思っていたよりも細くはなかった。けれどパーシヴァルの手で掴めるほどで、その筋張って浮いた骨の感触に心臓が跳ねた。

「月があの湖面に落ちる頃、取りにまいります」

 脱ぎかけていたマントを、再び彼の肩にかける。

「また夜に、うつくしい人」

 きっと月に照らされた彼の瞳は、冬の夜空にもまけないことだろう。